国境の街リセッシュ Ⅲ
「こうなってしまっては残念だが...... アセリア、行くべき道はわかっているな?」
「ええ...... もちろんです」
アセリアは深い憂いを含んだ笑顔で、アゼルと俺を見た。
「旅程の責任者はわたくしなので、わたくしが全て決定します。まず本日は移動の準備と休息に当てます。明後日、準備と安全が確保できましたら、予定通り春を寿ぐ街道でヴィンストラルドへ向かいます」
「え?英雄の街道じゃなくて?」
俺は驚いた。
確かに春を寿ぐ街道を強行軍で進めば、期日までに間に合うかもしれないが......
「警護を強化する必要があります。できれば砦の兵を同行させていきたいですが、許可の取っていないアルナーグ兵をヴィンストラルド国内へ入れることはできません。ウィロットは直ちに砦の兵を連れ、冒険者ギルドの支部へ向かって下さい。なるべく等級の高い身元のしっかりした者を、今日の九の刻に砦へ来るように手配を。面接を行います。報酬はギルドの支部長に任せます。時間がないので、冒険者の旅支度はこちらですると伝えて下さい」
「はい、直ちに」
そうアセリアに答えると、ウィロットはパタパタと部屋から出て行った。
「冒険者を使うのか?」
責任者であるアセリアの判断に異を唱えるべきではないのだが、俺は思わず聞いてしまった。
最初は冒険者に対してならず者的なイメージがあったが、ギルドにしっかりと管理されている冒険者は、十分に信頼できる。
等級がある程度の者であれば尚更で、貴族や商会のお抱えになっている者も多い。
しかし、冒険者達は基本的に徒歩の移動になるし、生業によってその歩もまちまちだ。
「冒険者を入れるのはいいが、それではますます間に合わなくなる。だったら距離の短い英雄の街道で行くべきじゃないか?」
「いえ、ここはアセリアの言う通り、警護を強化した上で春を寿ぐ街道で行くべきでしょう。もしかしたら賊は、ユケイ様を英雄の街道へ誘導するのが目的なのかも知れません。目的がはっきりしない以上、英雄の街道は使うべきではありません」
「しかしそれでは期日に間に合わなく......」
俺の言葉をアセリアは微かに微笑んで遮った。
「それでいいのです、ユケイ様。わたくしは責任を取るために同行しています。まずは予定から遅れても、無事に辿り着くことを考えるべきでしょう」
「しかしそれでは、アセリアに咎がかけられることになるではないか......」
それでもアセリアは、頑なに首を縦には振らなかった。
「咎がかけられるでしょうが、いくらヴィンストラルド王とはいえ、アルナーグの貴族の命を差し出せとまでは言いますまい。それに、ユケイ様に何かあった時は、弟君のノッセ第四王子がヴィンストラルドへ向かわねばならなくなるのですぞ?」
ハッとして、俺も口を噤む。
確かにノッセにヴィンストラルドの生活を課すことはできない。だからといって、長年ずっと俺に付いていてくれたアセリアを、処罰の対象にすることもできない。
「では、今日中に放火の犯人が捕まるか、俺の旅に危険がないということが証明できればいいのだな?そうすればわざわざ冒険者を雇う必要もないし、冒険者を連れずに春を寿ぐ街道を急げば、ギリギリ間に合う筈だ」
「ユケイ様はお優しいですね。わたくしの失態を庇い、そんな声までかけていただいて...... 王族でしたらわたくしに責任を被せて、難を逃れようとするものなのに......」
そもそも俺には、これがアセリアの失態だというところから理解できない。
明らかに無茶振りをしてきた、ヴィンストラルドが悪いではないか。
ろくでもないクライアントに振り回されるのは、現代日本もこの異世界、ディストランデも全く変わらない。
そしてこの世界では、どんな無茶振りであっても上の者が振りかざす権力は、罰も含めて容赦がないのだ。
俺の言葉を聞いて、アセリアはより一層決意を深めたような表情を見せる。
これはきっと、例え犯人を今日中に見つけたとしても、アセリアが決断を覆すことはない。長い年月を共にした俺の勘が、そう言っている。
「ユケイ様、どちらにしても賊を野放しにする訳にはいきません。何か心あたりはおありですか?」
「現場の検証や聞き込みはどうなっている?とりあえずもう一度倉庫の様子を確認してみよう」
そう言って俺は椅子から立ちあがろうとするが・・・
「お待ち下さい。ユケイ様をこの状況で、部屋から出すことはできません」
「......えぇ!?」
確かにそうだ。よく考えたら俺自身が狙われている可能性がある以上、あれこれ捜査するなんて決して許可がおりるわけがないのだ。
ここでもまた、現代とのギャップに阻まれる。
だからと言って、このまま何もせずに時間が過ぎるのを待つなど、到底耐えられない。
「......わかった。それでは、何か情報を得た者はここで報告をするように。聞き取りは俺の前で行い、証拠品なども有れば全て俺も確認する」
アゼルが明らかに眉間へ皺をよせる。
「警備上、それはいいとは言えません」
「いや、これは命令だ。俺が絶対に犯人を探し出す!真実はいつも一つなのだ」
アゼルとアセリアは顔を見合わせた。