セイレーンの歌 Ⅰ
パチパチと弾ける篝火の音が、夜の闇に消えていく。
飛び出した室内よりも、野晒しのバルコニーの方が明るいというのは有り難いが、もしかしたらこの場所も魔力の目を持つ者の目で見れば、別の景色が映っているのかも知れない。
「ああ、その噂は聞いたことがある・・・」
鉄の国ライハルトの王、悪魔王は魔力の目を持たない。
それが真実なのかどうかは分からないが、ライハルトが他国へ広げている戦火の原因は、魔法の使用を巡ってのものがほとんどだった。
その最たるものが、草原の国グラステップの持つ「草刈りの魔導書」を巡る争いで、それは最終的にグラステップ王家の滅亡にまで発展した。
悪魔王の身分けという意味は分からないが、同じ魔力の目を持たない同士で一つに括られていることは解る。
俺は今まで、俺と同じように魔力の目を持たない人のことを見たことも聞いたこともない。
それはもちろん、離宮に住む俺の耳に入らないように管理されていたのだろうが、先程の周囲の話し声から考えると、そのことは思ったより広く知れ渡っているのかも知れない。
「アゼルにはどう見える?」
「はい、まるで昼間の様です」
「そうか・・・。何か聞こえたか?」
「いえ、特に何も・・・」
短いやり取りで俺が全てを悟ったことが伝わったのか、アゼルは一言「申し訳ありません」と、つぶやいた。
しかし、謝るべきなのは彼ではないことを、俺はよく知っている。
不意に、舞踏会場の方から大きな拍手が沸き起こった。
目を向けても暗くて見えないが、おそらく主賓、つまりヴィンストラルド王家の者が入場したのだろう。
よく見るとテラスの入り口に、こちらを伺う影が見える。
あれはおそらくイザベラとその警護の者だろう。
「ユケイ様、戻れますか?イザベラ様をあのままにする訳にはいきません」
「わかってる・・・」
俺はそう答えるのがやっとで、死体のように重くなった体を、引きずるように歩き出した。
俺はイザベラと合流し、舞踏会場の端に陣取る。
開会の口上も終わり程なく音楽の演奏が始まると、辺りには明るい話し声が充満し始める。
俺に見えるのは蝋燭に照らされただけの彼女だが、それでも十分に美しく思えた。
おそらく初めの相手さえ俺が繋げば、きっと1人で舞踏会を渡っていけるだろう。
「やあ、ユケイ。楽しんでいるかい?」
暗闇の中から、急に声をかけられた。
声と微かな明かりに浮かび上がる姿を照合すると、おそらくイルクナーゼだろう。
「いや、楽しんでいるようには見えないな。紹介しよう。ランデンブル辺境伯の嫡男だ」
紹介された男は軽く挨拶を交わすと、イザベラを連れて踊りの輪へと姿を消した。
「数は少ないがこれでも燭台を用意させたのは俺なんだ。こぞってファージンゲールをつけたがる女がいる所で、篝火を炊く訳にはいかないだろう」
「イルクナーゼ様はこうなると分かって私を舞踏会へ招待したのですね」
ファージンゲールで張り出したスカートに火が燃え移るという事故は、割とよく聞く話だ。
そういえば、ミコリーナがいつも張り出しの少ないスカートを履いていたのは、そういうことだったのかも知れない。
それでも、少しの燭台が用意されていなければ、全くの闇の中であっただろう。
「本来なら、ユケイを大々的に紹介したいくらいなんだ。刻死病の件だけじゃなくって、キミの頭脳はヴィンストラルドの宝になるかも知れない。少しは他の貴族達と顔を繋いで欲しいと思ってるんだが・・・」
「顔が見えないのですから、繋ぎようがありません。それに私の頭脳が宝だというならば、ヴィンストラルドの宝ではなくアルナーグの宝です」
「キミを捨てたアルナーグのかい?」
「捨てられたのではないと、今解りました・・・」
確かに数刻前まではそう思っていたかも知れない。
しかし、今はそうではないことが判っている。
結果的に俺が今賢者の塔にいるのも、俺のことを思う多くの人が望んでくれた結果なのかも知れない。
なぜなら、俺の知識を活かせる場所はここである可能性が高く、そして俺の現状を改善させる場所があるとしたらここ以外にないのだから。
そうだ、イルクナーゼに言われて思い至るのは癪だが、みんなの想いに答える為には、腐っている場合ではないのだ。
それにしても俺がショックを受ける可能性について、誰か一言くらい言っておいてくれても良かったのに。
「で、イルクナーゼ様は私を舞踏会へ招待して何をやらせたかったのですか?まさか暗闇で踊れない私を見たかったという訳ではないのでしょう?」
「察しがいいね」
暗闇の中、イルクナーゼの端正な顔立ちの、口角が微かに上がったのがわかった。
「キミは貴族の中で、自分がなんて呼ばれているか知っているかい?」
「・・・悪魔王の身分けとかですか?先程知りました」
「それを知っていると言うことは、奴らの声が聞こえたということだ」
「どういう意味ですか?」
イルクナーゼはさらに俺に近づき、肩にポンと手を置いた。
アゼルが一瞬、緊張するのが分かる。
「・・・この会話はキミが会話を聞き取れなくなるよう、『密話の魔法』がかかっているのだが、キミには効果がないようだ」
「・・・つまり、誰かの盗み聞きをしろということですか?」




