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国境の街リセッシュ Ⅱ

 次の日の朝、俺は3の刻、前世でいう6時を告げる鐘で目を覚ました。

 いつもと違う寝台で寝たせいか、普段より少し寝覚めが早かった。

 かなり深く眠れたようではあったが、やはり長旅の疲れは根深く、体の重さを微かに感じる。


 しばらく横になったままでいると、誰かがこっそりと室内に入ってくる気配を感じ、俺は慌てて目を閉じる。

 一応静かにしているのつもりなのだろうが、微かにパタパタと鳴る足音は、アセリアではなく侍従見習いのウィロットだろう。

 室内をあちらこちらと駆け回り、入口付近で足音が消える。


 俺はウィロットの気配が止まっているのを確認すると、少し大袈裟に、寝返りを打ってみせた。


 これは俺からの、「そろそろ起きますよ」の、合図である。


 王子である俺は、起こされるまでは起きてはいけない。

 もし侍従の準備が出来る前に起き上がってしまうと、その者が厳しく罰せられることになる。

 前世では親に起こされても起きなかったくせに、不意に起きてしまって誰かに罰を与えることがないよう、また寝過ごして誰かに罰を与えることがないよう、決まった時間に自分で目が覚めるようになってしまった。


「ユケイ様、寝覚めの時間です」


 微かに高い女性の声は、やはりウィロットだった。

 俺はゆっくりと体を起こす。


「おはよう、ウィロット」


 返事を聞くと、ウィロットはパタパタと扉から部屋の壁側に移動し、窓を一つづつ開けていく。

 先程の部屋を動き回る気配は、おそらく窓の鍵を開け、すぐに開けるようにしていたのだろう。


 窓枠のみの簡素な窓から、冷たい風が吹き込んでくる。


 アルナーグの離宮では、朝の一連の流れは複数の侍従で行われるが、今は人手が足りないのだ、ウィロットが走り回ることになる。

 しかし、それにしても、筆頭侍従であるアセリアの姿が見えないのが少し不可解だ。

 少し不信げに周りに視線を向けると、それを見たウィロットの目が微かに泳いだ。


「どうかしたのか?」

「は、はい...... それが......」


 俺はウィロットに着替えさせられながら、今朝の出来事の報告を受け、護衛に付いていたカインを連れて、砦の倉庫へと向かった。


「何があったのだ?」


 俺は倉庫の中にいたアゼルとアセリアに声をかけるが、返事を聞く前に状況は見て取れた。


「やられましたな...... 火付けです」


 アセリアは真っ青な顔をしている。

 昨日倉庫に入れて置いた3台の荷車のうち、車軸と車輪の予備が積んであった荷車に、火をつけられたのだ。

 早朝のことらしい。

 幸い倉庫自体は土壁で燃え広がることもなく、倉庫の番をしていた者が異変に気づきすぐに消火に当たったのだが、荷車と車軸の何本かは、そのままでは十分に使えない状態になっていた。


「本当に誰も倉庫の中に入った者はいないのだな?」

「はい、間違いありません」


 アゼルが火の元を発見した兵士に問いかける。

 男達はアゼルの迫力に少し狼狽えたが、しっかりとした面持ちで答えた。

 昨日は二人体制で、寝ずに番をしていたらしい。

 王族の荷物に何かあったら、物理的に首が飛びかねない。警備に抜かりは無かったそうだ。


 倉庫を見渡す限り、入り口の大扉以外に室内に入れそうな所はない。

 大扉も荷車や馬車がそのまま入れるように作られたものだ。兵士の言葉が本当なら、見張りに気づかれず、少しだけ扉を開けて中へ入るのは難しいだろう。


「何か痕跡を探せ。その他の者は周りに怪しい人物がいなかったかの聞き込みだ!」


 アゼルがテキパキと指示を出していく。


「ユケイ様、とりあえず部屋へ戻りましょう。賊がまだ近くを彷徨いている可能性があります」


 アゼルとアセリア、そしてカインを連れ立って、俺たちは砦の部屋へ戻った。


 部屋へ戻ると、ウィロットに食堂へ行くように案内される。

 そういえば俺も含めて、全員朝食はまだだろう。


 こういう時、王侯貴族の習わしが非常に面倒に感じる。

 全員一斉に食事を取ればいいものを、必ず上の者から食事を取らなければいけないのだ。

 しかも食事中の会話は一才認められず、会話は食後のティータイムの時と決まっている。


 一同朝食を終え、お茶の配膳と毒味が終わったのを確認すると、やっと会話が始まった。


「犯人探しもですが、まず旅程を決めなければなりませんな。あの状態ではすぐに出発することもできません。荷台と予備を用意しなければならない」

「そうですね......」

 

 アセリアはの表情は暗い。


「犯人の目的もわからない。明らかに我々を狙ったものでしょうが、移動を邪魔したいのか、旅程をずらしたいのか、それともリセッシュへ足止めしたいのか、目的が不明だ」

「目的も不明ですが、どうやって火を付けたのか...... 例えば魔法で姿を隠したとしても、扉が開けば気づきます。兵士の目を盗んで中に入るには、それこそ転移の魔法を使わないと......」


 二人は顔を見合わせる。


「転移の魔法なんてありえないよ。そもそもそんなことが出来る魔法使いなら、火をつけるなんて周りくどいことをしなくても、魔法で倉庫ごと吹っ飛ばせばいいんだし」

「なるほど、確かに......」

「犯人探しには時間がかかるし、もしかしたら既に目的を達成してリセッシュを出ているかも知れない。先に旅程を考えないと」

「小火が起きたのが3の刻の前でしたので、今日はまだ門を封鎖してあります。犯人はまだ街の中でしょう。1日は無理ですが、6の刻までは門を閉めさせます。しかし、犯人探しより先に旅程を考えなければ」


王族の権力とは、改めて強いものだな。

 たった半日とはいえ、正式な手続きもなく、勝手に街の全ての出入りを止めてしまえるのだから。


 重苦しい空気が場を包む。

 旅程を練り直すと言っても、取れる選択肢は一つしかないのだ。

 期日までにヴィンストラルドへ辿り着くには、危険を承知で英雄の街道を進むしかない。

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