魔力の目 Ⅰ(後半)
謁見の後のビュッセルからの聞き取りで、ついに消えた羊皮紙の文字についての話題になり、謎の解明まであと一歩のところまで進んでいたことを話した。
「つまり、消える文字のカラクリにはたどり着いたが、文字を読む前に盗まれてしまったということですか?」
ビュッセルは明らかに訝しむ表情を見せる。
疑いたくなる気持ちもわかる。
この場合、俺たちには2種類の疑惑の目がかけられることになるだろう。
1つは、実は謎は解けていないが解けていることにして、承認を獲ようとしている疑惑、俗にいう「宿題やったけど家に忘れた」疑惑。
そしてもう1つは、本当は羊皮紙の情報は確認したが、それを見せないために盗まれたと言っているのではないかという疑惑だ。
当然両方とも誤解なのだが、それを証明する方法は無く、よってビュッセルが次に言った言葉は否定のしようがないものだった・・・。
「これから賢者の塔の一室に移りますが、室外へお出になるのは禁止させて頂きます。教会の目からユケイ王子を隠さなければなりませんし、警備上の問題もあります。それに、イルクナーゼ王子の庇護があるとはいえ、イザベラ様の件、羊皮紙の件、全ての疑惑が解けたとは決して思わぬよう願います。助手を付けさせて頂きますので、妙な気は起こさぬように・・・」
助手といっても、要するに監視役ということだろう。
アゼルが今にも怒鳴りそうな気配を発していたが、以前のやり取りで高位の貴族だということがわかっているためか、なんとか自重しているようだった。
その結果、俺たちを案内する為に現れたのが彼女だった。
腰まで伸びた髪は赤く、マリーのそれよりはだいぶ落ち着いた色だった。
小柄で丸顔、大きな瞳がくりくりと動く表情は幼く感じるが、実際は20才をゆうに超えているだろう。
案内された部屋は以前の部屋と比べて窓が小さいせいか薄暗く感じる。
壁には一応壁紙が貼られているが、所々石の柱が剥き出しになっていた。
床は板貼りで以前の部屋のように、絨毯に類する物は一切ない。
「だいぶ牢屋に近づきましたな。王子が暮らすべき部屋ではありません」
「うるさいよ」
とはいえ平民が普段暮らす家と比べれば大豪邸だろう。
しかし、カインが言うことももっともだ。しかしながら、これは俺が望んで選んだ部屋なのである。
「ああ・・・、やっと工房が手に入った・・・!」
きっと俺の目は輝いていただろう。
大きな石造りの板が乗せられた作業台に、煮炊きができる窯が2つ、見慣れた工具や、初めて見る工具が壁に備え付けられた棚に並んでいる。
見方によっては単なるキッチン付きの部屋にも見えなくもないが、ようは使い方である。
案内の女性が色々と説明しているが、それはうんうんとウィロットが聞いていてくれている。
俺は手に入れた工房の隅々を見て回った。
「・・・以上ですわ。よろしいでしょうか?」
「あ、はい。ありがとうございました」
女性の問いかけに、つい返事を返してしまった。
彼女は奇妙な表情で、こちらを見てくる。
「あと、研究の際はわたしが助手を務めることになりますわ。・・・わたしはエインラッド様の配下になります。もう1人、イルクナーゼ王子からオッゴという学生が派遣されることとなりますので、2人に平等に情報を開示していただけることを望みますわ」
わざわざ自分がエインラッドからの監視員だと伝えてくれるらしい。
決して悪い人ではないのだろうが、なんというか言葉の端々に棘を感じるのはなぜだろうか。
魔力の目を持たない俺のことを見下しているのか、それとも貴族が嫌いなのか。
彼女も賢者の塔で研究する身分だ、おそらくどこかの貴族の娘なのだろうが、若草色の質素なローブを腰紐で留めただけの姿は、大仰な言葉使いとは違い、普通の町娘にも見える。
「わかりました、約束します。ところで、お名前を伺ってよろしいですか?」
女性はハッとし、まだ名乗っていなかったことに気づいていなかったようだ。
「申し訳ありません、失礼しました。わたしはティファニーと申しますわ」
彼女はぺこりと頭を下げた。




