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双頭の蛇 Ⅲ

 取り敢えず、ティナードには羊皮紙の謎が解けていることは黙っておいた方がいいだろうか。

 それなりに苦労して解いた謎ではあるが、在らぬ疑いをかけられたらたまったものではない。


 しかし、そこまでしなければいけないことが、そこに隠されていたのだろうか?

 マリーの動機は分からないが、俺の推理が当たっていれば少なくとも危険を犯し、そして俺たちの信頼を裏切ってまで盗み出さなければいけないことが書いてあったはずだ。

 もしかしたら、マリーに対してある種の連帯感を感じていたのはこちらだけだったのかも知れないが。

 それに、疑問に思うところもある。


「あの時マリーは羊皮紙に気を取られてたのはほんの一瞬だったはずだ。遠見の魔法がかかってたとはいえ、近くでもなかったはずなのに、何を見て羊皮紙を盗まなければいけないって思ったのかな?遠見の魔法で視界がぐちゃぐちゃだ、みたいなことを言ってたと思うが・・・。しかし、金は勘弁して欲しかったな。アルナーグに金の無心をしなきゃいけないが、盗まれたなんて言ったらどう思われるか・・・」


 部屋の代金はかからないし、食事もある程度の日用品もヴィンストラルド国から提供してもらっている。

 しかし、それでも買わなければいけない物はいっぱいあるのだ。

 事情を知らない者に説明した場合、どう説明したとしても俺たちは油断して怪しい使用人にお金を持ち逃げされた間抜けどもだ。


 とんとん


 不意に扉をノックする音が聞こえた。

 カインが持ち場に着き、ウィロットが出迎える。

 おそらくミコリーナだろう。


「ユケイ様、失礼いたします」


 そう言いながら、ミコリーナは笑顔で現れた。

 見慣れたドレスだが、今日は心なしか華やかにみえるのは、いつもより少し張り出しの大きいファージンゲールをつけているからだろう。


「・・・どうされたのですか?」


 俺たちの浮かない顔に何かを察知したミコリーナが、申し訳なさそうに聞いてきた。

 まあ、隠してもいずれ知られることだろう。

 俺は羊皮紙のことは伏せ、シンプルにマリーが金品を持って消えたとだけ説明をした。


「まあ、それは気の毒に・・・」


 気の毒・・・と言うのは、俺がということだろう。

 確かに気の毒は持ち逃げされた俺の方だ。

 なぜか知りもしないマリーの事情に同情していた自分に、つくづく前世でも現世でも、俺は温室育ちなんだなと思い至る。


「使用人が盗みを働くということはほんとによく聞きますけど、マリーはユケイ様にとても良くして頂いてたはずなのに・・・。わたし許せません!」


 ぷりぷりと怒るミコリーナに、今までに無い一面を見たようだ。

 マリーとずっと一緒にいた俺たちとはやはり感覚が違うのだろうが、この場合はミコリーナがいうことが一般的だろう。


「・・・マリーがいなくなったということは、ユケイ様もしかして身の回りのお手伝いをする者が足りないのでは?」


 まあ、それも大きな問題ではあるが。

 マリーが来る前に逆戻りしたわけだから。

 なんとなくミコリーナが言いたいことはわかるが、彼女も自分がやらなければいけないことがあるはずだ。

 俺は軽く咳払いをし、ミコリーナに尋ねる。


「それよりミコリーナ、今日は約束もせずにどうしたのですか?何か急な用事でも?」


 身分が上の人と面会をする場合は、あらかじめ約束を取り付けてからというのが鉄則だ。

 もちろんそんなことでミコリーナに罰を与えるなどとは考えないが、封建制度にほぼ等しいこの世界で、あまりなあなあにするのはお互いに良くない。


「ティナード様から何も聞いていませんか?」

「ティナード殿から?」

「はい。明日、バイゼル王様とユケイ様が謁見される時に、わたしも立ち合うよう言われました。それで、刻死病のことをユケイ様のお力を借りて纏めておくようにと・・・」


 もちろんティナードからはそんな話は聞いていない。

 朝の彼の様子を見る限り、そんなことに気を回しておく余裕が無かったのだろうが。

 まあ、その余裕のなさのおかげで、今回の件をただの窃盗と結論づけたのかも知れないが。


「ああ、急に謁見が決まったからどうしたのかと思っていたが、その件が関係してたのか。昨日今日で、随分と話が回るのが早いな」

「とうぜんです!」


 ミコリーナは食い気味に、まるで机に乗り出さんとする勢いで答えた。


「もう、お城中その話題で溢れております!わたしと同じ境遇でお城で働いている方もたくさんいらっしゃいますし、お貴族様の中にも刻死病にかかられている方もいると聞きます。わたしの上司は、『ヴィンストラルド過去600年の呪いを解き、未来1000年の希望の光だ』なんておっしゃってます!」


 そう言うと、ミコリーナは嬉しそうに微笑む。

 部屋からずっと出ることのない俺は、そんなことになっているなんて知るよしもなかった。

 そもそもアルナーグには刻死病など無いのだ。

 自分がしたことが、どれほどインパクトのあることなのか分かっていなかった。

 まさしく、「俺なんかやっちゃいました?」状態だ。


「そんな気の早い・・・。ミコリーナだって、まだ刻死病が治ったわけでは無いのですよ?」

「ええ。ですから、明日の謁見でそのお話しを頂くことになるとおっしゃってました。わたくしもユケイ様も、賢者の塔へ移ることになるだろうと思います」


 魔力の目を持たない俺が、ヴィンストラルド・・・、いや、ディストランデにおける魔法の最高研究機関である賢者の塔へ入る?

 それは悪い冗談にしか聞こえなかった。


ブクマ、評価、誤字報告ありがとうございます

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