魔学と化学 Ⅶ
その後、ミコリーナが持ってきた書物全てに目を通すのに、4日の時間を費やす事になった。
目を通すだけなら2日で十分だろうが、メモを取り、気にかかるところを繰り返し目を通すのに思いの外時間がかかった。
おかげで新たな知識を仕入れる事はできたのだろうが、それが今回の件に役立つかと言われれば現状ではなんとも言えない。
「まあ、それでもやっぱり読書はいいもんだな。こんな事ならもっと早くに図書の閲覧を頼んでおけばよかった」
俺は作業机に座ってうんうん唸っているウィロットへ目を向けた。
「どうだ、ウィロット?」
「はぃー・・・」
ウィロットは今にも消え入りそうな声を上げる。
せっかく書物を借りるのだから、ウィロットの読み書きの練習に利用させてもらおうとしているのだが、専門書なので難しい単語が多く、だいぶ難航しているようだ。
驚いたのは、同時に勉強をさせようと思っていたマリーの識字力が非常に高く、俺と比べても大きく変わらないレベルだった。
結果ウィロットの読めないところはマリーが面倒を見る事になり、それがウィロットにとって読書をさらに苦痛にさせていた。
その日の午後、ミコリーナが俺たちの部屋へ現れた。
間もなく本を読み終わると伝えてあった為それを引き取りに、そして次の本の準備、もしくは図書室の全ての本に目を通したという彼女の知識自体が役に立つのではないかと考えていたのだ。
「もう全て読まれたのですね。いかがでしたか?」
ミコリーナは心なしか機嫌が良さそうに見える。
この世界では、本の流通が整っていない為読書という行為は一般的ではない。
俺と同様に、読書自体をミコリーナが楽しむような人であれば、もしかしたら趣味の合う同類と、親近感を持たれているのかもしれない。
「残念ですが、今回の書物では直接的なヒントになりそうな物は見つけられませんでした」
「そうですか、残念です・・・。図書室に足を運んでいただければいろいろとご案内できるのですが」
ミコリーナは両手を合わせ、祈るような仕草で頭を左右に振った。
「・・・あれ?」
ミコリーナの右手首には、2つの小さな黒子のような物、それは以前みた2つの痣と大きさは小さいものの、場所や質感は同じもののように見えた。
「ミコリーナ殿、失礼かもしれないがそれはいったい?」
ミコリーナは俺の視線を辿ると、言葉の意味を理解したようだ。
「これですか・・・。ユケイ様はアルナーグから来られているのでご存知ないのですね。これはヴィンストラルドの地方病で、刻死病の痕です・・・」
「刻死病・・・ですか?」
刻死病という単語が黒死病、つまりペストと響きが似ていたため俺は少しぎょっとしたが、ミコリーナの様子を見る限り同じものではないのだろう。
最初に彼女の手首を見た時は、確かに小さな硬貨ほどの黒子のような痣が2つ並んでいたはずだ。
そして、次に見た時はそれは綺麗に無くなっており、そして今日は同じに思える位置に、米粒にも満たないほどの大きさではあるが、確かに最初に見た時のような痣ができている。
最初に見た時から僅か数日で、痣が消えたり大きくなったり、不可解な変化をしているように見える。
「わたしの村では、この病気で多くの人が亡くなります。わたしは縁あってここで仕事を与えられ、定期的に治療を受けることができました・・・」
ミコリーナはヴィンストラルドの西方の山間にある小さな村、ムジカ村の産まれだという。
「刻死病は西方では珍しくない病気です。人によっては全く危険がない病気なのですが、場合によっては命を落とす事もある奇病なんです・・・」
そう言いながら、ミコリーナは自分の手首の二つの痣を憎々しげに見つめた。
ミコリーナの説明を受け、それはまさしく奇病と呼ぶのに相応しいと思った。
アルナーグでも、もちろん前世の世界でも聞いた事がない。
刻死病はいくつかの段階を経て進行する病気だという。
罹る多くの人は、ある時不意に体のどこかに小さな黒子状の痣が現れ、それが徐々に大きくなり、症状の差にもよるが大きくて握り拳程の大きさになった後に痣は消える。
痣には微かな痛みと痒みは感じるが、症状は長くても1か月ほども有れば回復するらしい。その場合は特に治療の必要も無く、生活にも支障をきたす事はない。
しかし、稀に1人の人に複数の刻死病が現れる事がある。
それが離れた所に現れた場合には特に問題がないのだが、ミコリーナの様に2つが隣り合って発症し、その痣が大きくなった時に重なる程の距離の場合。
もしその痣が重なった時、痣は拡大を止めずに大きくなり続け、たちまち衰弱が始まり、ひと月を待たずに命を落とすという。




