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春を寿ぐ街道 Ⅰ

「世の中には二種類の人間がいる。それは魔法を使える人間か、使えない人間かだ......」


 俺ユケイ・アルナーグは、すっかりと日の落ちた街道を進む。


 季節は雪解けの候、旧世界でいうところの春だ。

 空には満天の星が煌めき、それは手を伸ばせば届くのではないかと思えるほど近い。

 この世界ディストランデに転生して18年、新しく覚えた見慣れない星座が、ここが異世界だということ教えてくる。


 最後に見た旧世界の星空、それは街のネオンにかき消されていた。

 もう18年も昔のことだが、昨日のことの様に思い出せる。


(あの時......、もし俺がアルバム詐欺に文句を言っていれば......)


 今思えば、アケミちゃんは明らかに30才は超えていたはずだ。

 体型もおかしかったし、もしかしたらアルバムと全くの別人だったのではないだろうか?

 鮮烈な体験だったはずなのに、アケミちゃんの顔が全く思い出せない。

 そう、あの時の俺は、おっぱいしか見ていなかった。

 もしあの時、アルバムに文句を言ってアケミちゃんと一夜(90分)の夢を見ていなければ、今頃世界を揺るがす魔法使いになっていたかもしれないのに!

 そもそもトラックに撥ねられずに、異世界にすら来ていなかったのかもしれない。


「またそういうことを仰る...... ユケイ様は魔法など使えずとも、十分得難いのです」


 筆頭守護騎士であるアゼルが、俺に語りかける。


 アゼルとの付き合いももう長い。


 風の国アルナーグの第三王子として産まれた俺を、彼はそれこそ産まれた時から見守ってくれている。

 魔力も持たない王位継承者から早々に外された俺の守護騎士など、ハズレくじ以外の何物でもない。

 それなのに一切の不満を口にせず、常に無表情で俺に付き従ってくれているのだ。

 アゼルは騎士でもあるが、領地は持たない城付きの貴族だ。俺の護衛なんかしなくても、他の道もたくさんあったはずだ。妻も子供もいる。

 そして今回、盟主国ヴィンストラルドへの人質として差し出される俺の巻き添えを喰らって、国を追い出されることになってしまった。


「アゼルは国に残ってもよかったのに......」

「私がいなければ誰がユケイ様をお守りするのですか」


 星あかりだけではアゼルの表情を見ることはできないが、僅かに表情が緩んだ気がする。

 冬の気配を如実にはらむ風が、アゼルの赤く硬い髪を微かに撫でた。


 そもそも、なんで俺はこんなところにいるのだろう。

 人質に出されたことにも文句を多少言いたいが、それ以前に異世界転生だ。


 俺もアニオタの端くれだ、異世界転生がどの様なものなのかは知っている。

 まあトラックは基本だからいいとしよう、問題はその後だ。 

 異世界へ連れて行く過程で出てくるはずのやたらフランクな神様もいなければ、超越者や宇宙人、女神様も天使も出てこない。

 異世界転生を手解きしてくれるキャラがいないのだから、当然チートスキルも授けられていないし、魔剣もスコップも、アイテムが無限に持てるアイテムバックも万能ポーションも、居酒屋も持たされていない。ステータス!と叫んでみても、得られるのは奇異な視線だけだ。

 それどころか俺は、この世界の誰もが持っている魔力の源、「魔力の目」が与えられていないときている。


「魔力の目」


 それはこの世界に産まれた生き物、人間も動物も、妖魔すら持つという、魔力を知覚する為のスキル。

 そして、自分の中の魔力を見極める為のスキルだ。

 このスキルがあることによって、才能や努力の結果、到達する場所は違えど誰もが魔法を使うことができる。


 魔力の目を持たない俺は、つまりバッドステータス「魔力感知不能」、「魔力適正ゼロ」ということだ。


「アケミちゃんとのにゃんにゃんが、こんなバステを喰らう結果になるなんて......」

「アケミちゃん?どなたですかな?」

「い、いや、いいんだ」


 アゼルは少し訝しげな顔をするが、すぐに前に向き直る。


 そもそも俺がイメージする異世界転生と、だいぶ違う。

 チート要素がないこともそうだが、今世と前世の区切りが曖昧なのだ。

 そう、一番しっくりくる表現は、「前世の記憶がしっかりある」という感じだろうか。

 ふと思い返すと、旧世界の出来事がまるで昨日の出来事の様に思い出せる。


「だいぶ遅くなってしまいましたな......」


 アゼルの声に微かな焦りを感じる。

 母国を出ての旅は今日で8日目。本来なら日が沈む前に、国境の町リセッシュへ着く予定だった。

 しかし、街道の途中で引っ越しの荷物を満載にした荷車の車軸が折れ、交換に1刻、前世の時間にすると2時間ほど立ち往生することになったのである。


 俺が異世界へ来て思い知ったこと、それは「馬車使えねー!」ってことだ。

 そもそも舗装がしっかりしている街中ですら地獄の乗り心地、さらに少しでもスピードを出すとあっという間に車軸が折れる。

 それもそうだ、サスペンションなんてものはなく、車軸のわずか1ミリの誤差でも馬車はガタガタ暴れる。

 舗装が行き届いていない街道なんて、場所によっては馬車が侵入することもできないのである。

 しかし、旅行には大量の荷物を運ばないといけない。

 そこで出てくるのが馬車より断然軽い、馬が引く荷車である。


(異世界旅行、馬まじ重要)


 車も電車も飛行機もない、もちろん転移魔法なんて使えるわけもない。

 そもそも転移魔法なんで伝説に出てくる程度の話、伝説は伝説でほいほいそこらへんに使い手はいないのである。

 長距離の移動には、車軸や車輪が満載になった荷車を、一緒に連れて行かないといけないのだ。

 そして皮肉にも、今回車軸が折れたのはその車軸を積んだ荷車だった。

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