国境の街リセッシュ Ⅴ
どうあがいてもこの部屋から出ることはできないのだ。
現状を整理しているうちに新しい情報も集まるだろう。
俺が部屋の椅子に腰をかけると、砦の侍従がお茶を入れてくれた。
毒味を済ませてそれが机の上に置かれるが、カインが侍従を軽く睨み、自分でも一口飲む。
「カイン、目つきが悪いぞ」
俺は苦笑を浮かべてカインを嗜めた。
しかし、この状況を鑑みて、念には念を入れて毒味を買ってくれたのだ。
態度に正されるようなところがあったとしても、その忠誠は本当にありがたい。
「とりあえず、書いてまとめるか......」
侍従にそっと目を向けると、植物紙とインクが用意され、さらにペンまでそっと握らせてくれる。
植物紙といっても、前世で使っていた紙のような物ではなく、和紙と比べても品質が悪い。 折り曲げればパキリと真っ二つに折れてしまうような物だ。
前世で見たことはないが、おそらくパピルスに近い物だと思われる。
羊皮紙という物もあるのだが、それはとてつもなく高価なので、こんな覚書のような使い方は出来ない。
「まずは......」
内容を口に出すことにより、記憶が整理されていく。
小火が起きたのは今日の早朝、2の刻半ごろだった。
扉の前には砦の兵士が2人がかりで寝ずの番に着いており、扉に近づく者はいなかった。
扉の中で木が爆ぜる異音を聞き、警備をしていた兵士が第一発見者だった。
警備中は扉は一切開けておらず、また扉が開くような事もなかった。
倉庫には扉以外に窓は無く、出入りできるような穴も一切空いていない。
火がつけられたのは車軸や車輪を乗せた荷車で、他の荷車には被害は無かった。
荷車は街に入ってすぐに倉庫に預けられ、門に入るところから誰も触っていない。
情報を書き上げると、ペンを侍従に渡して1人ぼやく。
「うーん...... まあよくある典型的な密室犯罪だな」
「密室犯罪など過去にあったのですか?」
俺の声を聞いて、カインが目を丸くした。
もちろん前世の記憶で、それもドラマや小説の中の話しだ。
ついつい前世がごっちゃになって口を出てしまう、悪い癖だ。
「魔法を使えばどうなるかな?」
俺はメモを侍従に渡し、カインへ届けさせた。
カインはメモをさっと流し読みしただけで、すぐに侍従へと返す。
「どうにもならないでしょう」
どうやら、考えるのを放棄したらしい。
そもそもそれを考えるのは、カインの仕事外だ。
「いいよ、自分で考えるさ」
俺は魔法について、自分の記憶を探る。
魔法は大きく分けて3種類。
一つは神の奇跡、次に精霊の加護、そして魔術の門だ。
細かく分けると違いはあるのだが、要するに特別な「何か」の力を借りて、不思議な現象が起こる、それだけだ。
魔法の種類は豊富で、誰もが知っている日常でも活用されるようなものもあるし、高名な賢者達が、秘密裏に受け継いでいくようなものもある。
さて、この事件の中で、魔法が使われたとしたらどこだろうか?
一つは先程も考えた転移の魔法だが、これはまずないだろう。
次は発火の魔法だ。
発火の魔法自体はそう珍しいものではなく、炎の精霊の加護が有れば誰でも使えるだろう。
しかし、炎の精霊の加護を受けるのは5人に1人くらいなので、使えるのも5人に1人ということになる。
では、建物の外から、中の荷車に正確に火を付けることができるか?
答えは、「できなくはないが難しい」だ。
倉庫の壁は土壁だった。
土の精霊の加護を受け、通り抜けることはできないだろうか?
例えば、土の精霊の加護を使い土壁を崩すことはできる。しかし、痕跡を残さずにすり抜けるというのは難しいだろう。
次の可能性は、光の精霊の加護を受け、自分の姿を消す方法。
魔法で姿を消すことはできる。しかし、姿が見えないだけで、扉が開かなければ倉庫の中には入れないし、気配も消せるわけではない。当然足跡も残る。
かつて現代チートでこの魔法を解析したことがあるが、研究の結果、これは自分を透明にしているのではなく、自分の背後の風景を屈折して前面に投影するというものだった。
なので、背景が大きく動く、もしくは自分が激しく動いた場合、透明化の精度は極端に落ちる。
「魔法ってさ、便利なようで意外とそうでもないよな」
「そうですね」
カインは気のない相槌を返す。
彼は今、俺の警護中なのだ。無駄口を叩く暇はない。
倉庫への侵入方法、もしくは火を付けた方法が解ったとしても、目的がわからない。
既に起こっていることから推察すると、旅の妨害、英雄の街道への誘導、もしくはアセリアの失脚を狙っているという線もある。
状況が一番合致しそうな気がするのは英雄の街道への誘導だ。
移動の要となる車軸や車輪を燃やす。
その為、準備に数日かかる。
期日を守る為には英雄の街道を進むしかない。
全てが英雄の街道への誘導へ繋がって行くが、俺は何故か、強い違和感を感じた。




