シベリアケーキ
姉がプレイしていた女性向けスマホゲームに転生してしまい、ループから抜け出せずやさぐれていく青年の話です。ループから抜け出すきっかけはどこに…?おやつネタに寛容な方向けです。
Twitterの #2020男子後宮BL 企画に参加させて頂きました。
いつものあれです。鈴木ファティ師匠が後ろから忍び寄ってきてて、気がついたら麻袋をかぶせられてて、目が覚めたらどこかの船室で。同じくムーンライトノベルズでご活躍中の、しささんと、貴宮あすかさんと、朝子さんに取り囲まれ、気がついたら「書きます!書きますから!おねがいです!!おうちに帰らせてください!!」って言ってました。
「………っあ」
目が覚めた瞬間に、いつもわかる。
また「1日目」の始まりだ。
俺は、豪奢なベッドから、のろのろと身体を起こした。
「1日目」の朝を迎えるのは、これで何回目だろうか。
日記を残せる訳でもなし、何度も何度も繰り返される日々に、
やがて記憶もおぼろになっていく。
ここは、女性向けスマホゲーム「スウィーツレシピ・ラブミッション」
略して「スイラブ」の舞台、
スポンジールド王宮の一室だ。
ゲームの世界へ転生する話は、
さんざんラノベやネット小説で読んだけど。
漠然と、ネットワークRPGの世界を想像していた俺にとって、
姉がプレイしていた、女性向けスマホゲーの登場人物として転生するのは
完全に想定外だった。
今の俺の名は、カステイル・スポンジールド。
名前から察しがつくだろう、この国の第二王子だ。
隣国出身の母の血が強く出て、
卵色の肌、カラメル色の髪は、すこし異国風だと言われる。
スイラブの主人公、つまり「プレイヤーキャラ」は
第一王子、シフォン・スポンジールド。
俺の異母兄にあたる。
白金の髪、白く透き通る肌、絵に描いたような王子様だ。
はちみつ色の瞳だけは、俺も兄上と同じだけれど。
スイラブはいわゆる恋愛シミュレーションゲームだ。
お菓子をモチーフにしたキャラクターが可愛らしいと
そこそこ人気があった。
プレイヤーは、王子の後宮から攻略対象を選び、
好感度を上げ、
その相手とのラブエンディングをみることを目的とする。
「そもそも後宮って、王になってから持つんじゃないの…?」と
前世で姉に聞いたときは
「自分が王だと身軽に動けないでしょ!王子だからいいのよ!」と
意味のわからん理由をまくしたてられた。
「後宮って、跡継ぎを作るためにある場所だろ?男同士でどうすんの?」と
聞いた時には「やかましい!」とゲンコツで殴られた。
転生後のこの世界でも、それについて考えると、
「世の理に逆らうな」という謎の声とともに
ひどい頭痛に襲われるので、それについて考えるのはやめている。
話を戻そう。
エンディングを見たプレイヤーは、飽きてゲームをやめるか、
別のキャラクターの攻略を始める。
そう、シフォン王子が、相愛の相手と一線を越えた日の翌朝、
世界は「1日目」に戻るのだ。
今朝は、その何十回目かの「1日目」。
他の登場人物たちは、「1日目」に戻れば、その時点での記憶に戻る。
俺だけが、繰り返されるループの記憶を、ずっと保持したまま生きている。
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城の中庭に繋がる通路を歩いていると、
「おはようございます、カステイル殿下」と声をかけられた。
穏やかなその声に、思わず笑顔になりながら振り向く。
声の主は、幼なじみの侯爵令息、コシィ・アンドールだ。
真っ直ぐな漆黒の髪、白い肌に紫の瞳。
その姿は、周りの緑や、朝の光と相まって、光がにじむ絵画のような美しさだった。
「おはようコシィ、今日はずいぶん早いな」
俺と目が合うと、彼はいつも、ふわっと穏やかに微笑んでくれて、なぜだかとても安心する。
俺にとって精神安定剤みたいな存在だ。
「はい、今朝は父と一緒に、登城するように言われておりまして。
その前に、カステイル殿下にご挨拶したいと思い、
ここにいればお会いできるかと、お待ちしておりました」
「そうなのか」
俺に会いたいと思ってくれたことに、心が弾む。
そう、俺はプレイヤーキャラじゃないから。
誰のルートにも入れない。
誰の一番にもなれない。
繰り返し、繰り返し、それを思い知らされる。
兄上の恋を、ただ横で見ているだけ。
そんな俺を見てくれる人がいる、
それが、どれほどの慰めになることか。
「それで…あの…」
何か言いづらそうにしているコシィに目を向ける。
「どうした?」
「今日の謁見なのですが…私の後宮入りの打診らしいのです」
え?
「いや…後宮入りは、お前の兄のツーヴが候補じゃなかったか」
そう、今までのループでは常に、彼の双子の兄、ツーヴ・アンドールが攻略対象だった。
コシィはシフォン兄上の攻略対象じゃなかった。
それがなぜ。
「実は…身内の恥をさらすようで申し上げにくいのですが…
兄が出奔したのです。
手をつくして捜索していますが、未だ足取りは掴めません。
ならば弟の私をと」
ツーヴ…!
あの野郎!何考えてんだ!!
彼は登場人物の中でも、一番奔放で、行動力のあるキャラだとは知っていたが、設定を破壊するほどとは…!!
「なので…私が後宮入りすることになれば、
今までのように、自由にお会いすることは出来なくなります。
そうなる前に、もう一度、カステイル殿下とお話したかった」
「コシィ…」
「カステイル殿下は、優秀で心優しい方なのに、いつも、とてもさみしげな瞳をされている。
兄上のシフォン殿下はもちろん、王家の象徴のような、非の打ち所の無い優れたお方です。
でも貴方には貴方の良さがある。もっと自信をもってください。それだけは判って頂きたくて…」
コシィはそう言って、俺の両手を包み込むようにして握ってくれた。
不覚にも、涙が出そうになる。
コシィは俺の孤独に気づいてくれていたのか。
「…どこにも行くな、コシィ」
包み込んでくれた手をそっとほどき、彼の背に手を回してぎゅっと抱き寄せた。
「カステイル殿下…」
「ツーヴの身代わりに、お前の自由が奪われるのは納得いかない。父上に直談判する。
もともとツーヴが負うべき役目だ。ヤツだけ逃げきって終わりにはさせないよ」
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「これはこれはカステイル殿下。
このような下働きの控え室に、なんの御用でございますか」
「ツーヴ、白々しい芝居はいいから。やっぱり城内にいたな」
次の日の夜半。
俺はツーヴの居場所を突き止めていた。
伊達に何十回もループしてない。
こいつが潜り込めそうな場所の見当くらいつく。
「ちぇーっ。予想より早く見つかったな」
変装のためにかぶっていた布を取りながら、ツーヴが愚痴る。
コシィとツーヴ、二人は双子なので、よく似ているが、ツーヴの黒髪は、柔らかいカーブを描く、くせ毛の短髪だ。
静かなコシィとは対照的な、活発な印象を与える。
正直、こいつはお調子者で、コシィと俺は子どもの頃から、いつも振り回されてきた(という設定だ)。
「まあ、こうなったらぶっちゃけるか。殿下、あんたも転生者だろ」
「! お前もなのか?!」
「そういうこと。そしてこのループから、抜け出したくて、あがいてる。
何度も何度も同じ日々の繰り返し、でも記憶は消されない。
こんなの生き地獄じゃないか」
ツーヴの声は低く、その目は酷く真剣だった。
「これまでのループで、オレに課された役割のなかで、出来ることは全て試した。
だけど流れは変わらない。
とにかく何か変えられないかと、逃げてみたんだよ。
おかげで、こうしてあんたとサシで話ができる。一歩前進だな」
仮にも王族に対して、「あんた」呼びには苦笑したが、確かにこれはチャンスなのだろう。
「確かに…。ツーヴはいつも、ループの最初期に後宮入りしてたからな。
このループ内に限れば、お前と直接話す機会は皆無だった。
俺とは違って、お前は何か掴んでいそうだな。話を聞こう。」
「まあ、立ち話もなんですし?お掛けください、殿下」
ツーヴは、いつものようなふざけた口調で、俺に控え室の椅子をすすめた。
「あんたは前世で、『スイラブ』をやりこんでたか?」
正面に座ったツーヴの問いに、多少困惑しつつも、正直に答える。
「いや、姉が熱心にやっていて、延々と話は聞かされてたが、俺自身は、メインの1キャラだけ、エンディングを見た程度だ。」
「そうか。オレはかなりやりこんでた。
期間限定イベント含めて、ほぼ全キャラのエンディングを見たと思う。
その前提で聞いてくれ。
そもそも『ツーヴ』は、シフォン殿下の攻略対象じゃないんだ。」
「なんだって?」
耳を疑う。
いやしかし、俺の知る全てのループで、ツーヴは後宮入りしてたじゃないか。
ツーヴは続けた。
「『スイラブ』は、お菓子がモチーフのゲームだ。
主要な登場人物は全員、お菓子の材料がベースになってる。
色んな材料といちばん合わせやすいという理由で、
プレイヤーキャラはスポンジケーキだ。
ここまではいいな。」
「ああ。」
真面目な顔で説明されると、バカバカしいことこの上ないが、
おそらく重要なことなのだろう。
頷いて、先を促した。
「オレとコシィは和菓子の材料、つぶあんと、こしあんだ。
基本的にスポンジケーキとは合わないから、通常プレイでは攻略対象ではない。いわば「にぎやかし」だな。
だが、和菓子の日に絡めた、期間限定イベントでだけ、攻略対象になったことがあるんだ。
ただし、相手はシフォン殿下じゃない。
カステイル殿下と、カンミドコロ国のシラタマ殿下だ。」
思わず噴き出しそうになったが、必死で我慢する。
今は笑っている場合ではない。
「その期間限定イベントでは、
カステイル殿下が、カンミドコロ国に交換留学に行くことになり、
事前訪問として、シラタマ殿下がこの国を訪れる。
そこでツーヴとシラタマが出会い、意気投合し、
カステイルとコシィは、留学で離れることをキッカケに、互いの気持ちに気がつくというイベントストーリーだ。
だが今、オレたちがいるこのループでは、カステイルの留学自体が発生しない。
だからものすごく中途半端に、実態とはそぐわない攻略対象のフラグがツーヴに立ってるんだろう、というのがオレの推測だ。
実際、ここまでの何十回のループで、シフォン殿下とツーヴが、そんな雰囲気になったこともないしな。」
「そういうことか…!
じゃあ、俺達二人の記憶がリセットされないのも?!」
「おそらくは同じ理由だ。
だから、カステイル殿下、あんたが交換留学のフラグを立ててくれれば、事態が動く可能性は高い。」
ツーヴは立ち上がり、
「ダメ元でもいい。やってみてくれないか、カステイル殿下」
今までみたこともないような真剣な顔で、俺を見てきた。
「わかった。一緒にこの無限ループを抜けよう」
俺はツーヴの目を見ながら、しっかりと頷いた。
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あっという間に、半年が過ぎた。
ここはカンミドコロ国へと向かう船の上。
波は穏やか、吹き抜ける風もさわやかで、初めての船旅に心も踊る。
でも、一番俺にとってうれしいのは、隣にいてくれる彼の存在だ。
俺は、シラタマ殿下との交換留学で、一人、カンミドコロ国に留学する…はずだったのだが。
「ツーヴは1年間ずっと、シラタマ殿下とご一緒するのでしょう。
ならば、私がカステイル殿下について、カンミドコロ国へ留学しても良くはないですか。」
これまで一度も「我を通す」などということをしたことがなかった、コシィの爆弾発言に、ツーヴや俺はもちろんのこと、父親のアンドール侯爵も目を丸くしていた。
とはいえ、カンミドコロ国は新進気鋭の国、シラタマ殿下もとても闊達な気性だ。
奔放なツーヴと彼は、初対面から意気投合し、アンドール家とシラタマ殿下の結びつきは、すでにかなり強固なものになりつつある。
「我が国に興味を持ってくださるのであれば是非とも。コシィ殿なら大歓迎しますよ」
一国の王子にこう言われて断るほど、アンドール侯爵も馬鹿じゃない。
かくてとんとん拍子に、コシィの留学は決まった。
俺の横で、海風に吹かれて目を細めている白い横顔に、なんともいえない安心感を覚える。
「カステイル殿下」
「…今は周りに誰もいないし、カステイルでいい」
「判りました、カステイル」
つい照れて、ぶっきらぼうになってしまう俺の返事に、気を悪くしたふうもなく、いつものように穏やかな笑みをうかべて、俺を見ているコシィ。
「カステイルは、シベリア…シベリアケーキって、ご存じですか?」
「名前くらいしか知らないんだ。カステラで餡子を挟んだお菓子…でいいのかな」
「はい。私が貴方の『攻略対象』になれた、その題材となったお菓子です」
「コシィ…?」
思いがけない言葉に、俺はコシィの瞳を見つめたまま、固まってしまった。
「私も転生者です。ツーヴがそうだったのだから、意外ではないでしょう?」
コシィは、そんな俺の頬に、ゆっくりと手を添えて、微笑む。
「なんども、なんども。繰り返すループの中で、どんどん貴方が憔悴していくのを、見ていることしか出来ない自分が、歯がゆくて、悔しくて。
こうして日差しの下で、楽しそうに笑っている貴方を見ることができて、本当に嬉しいのです」
あの、中庭の日とは逆だ。
コシィは俺の背中に手を回して、ぎゅっと抱きついてきた。
「シベリアは、ただカステラで餡をサンドしたものではありません。カステラを敷いた上に、溶けた餡を流し込んで固めます。誰かの口に入るまで、カステラと餡はけっして離れることはない。
ずっと、離さないでいてくれますか…?」
「もちろんだ。
『死が二人を分かつまで』じゃなくて、『誰かの口に入るまで』っていうのが、お笑いだけどな!」
二人して大笑いしたあと、そっと初めてのキスをした。
【おしまい】
憧れなんですけど、未だ食べたことのないシベリアケーキ。
カステラと餡子部分が一体化しているがゆえの、断面のシャープさがとても美しいですよね。
和菓子の日は6/16なので、何としてでも本日(6/16)じゅうにアップしたかった次第です。
おそまつさまでした。