―巫女の帰還―
―巫女の帰還―
「……そろそろね。」
アリスの家を発ち博麗神社へと飛び立ったアリスと杏理沙。アリスは近くなった博麗神社を思いつぶやいていた。
「アリスさん、僕、博麗神社に行くのは初めてなんですけど大丈夫なんですか?よく妖怪神社とか聞くんですけど……」
「ふふ、大丈夫よ。いきなり襲ってくるようやなやつは……たまにいるけど、あそこは基本的に安全な場所よ。博麗の巫女である霊夢がみんなを平等に扱うから、物好きな妖怪とかが集まりやすいだけ。けどそれも、こ数ヶ月はない様子だけどね。」
「確か、その霊夢さんがしばらくいないってことでしたね。僕はその巫女様を見たことはないんですけど、みんなを平等に扱うって、すごいですね。」
「……まああれは、霊夢自身が妖怪だろうが神だろうが幻想郷の脅威になれば倒す、そうじゃなければ好きにしてなさい、って感じなんだけどね。いえ、だからこそその子の周りにはいつも人が集まったのよ。」
霊夢の人柄を話すアリスは楽しそうだ。霊夢と魔理沙、アリスの付き合いは長い。アリスが幻想郷に来る以前、魔界にいた時からの知り合いとして突然消えた霊夢を気にかけるのは当然だろう。
「確かに、成美さんもそんなことを言ってたような。僕も会ってみたいです。」
「ふふ、そうね。きっと驚くわ。魔理沙に妹がいたなんて、って。」
「じゃあ今日博麗神社に行くのは、その霊夢さんが帰ってきているかの確認ってところですか?」
「当たり。それにもちろん、あなたの魔法の訓練も兼ねてよ。最近家にばかりいたし、もしかしたら弾幕戦も誰かとできるかと思ってね。経験が何より一番いいわ。」
これから魔法を行使するとして、幻想郷に広がっている弾幕勝負は自分の現状を確認しやすい。魔法を扱うに当たってそれらも一緒に杏理沙に教えてきたが、まだ本気の弾幕戦を杏理沙はしたことはない。
「技の美しさを競う、スペルカードルールの勝負ですね。大丈夫です。アリスさんと成美さんの弾幕勝負をみて僕も何個か思いついた技があるんですよ!」
杏理沙自身は弾幕勝負をしてこなかったが、アリスと成美の勝負を何回か見てきた。彼女はそれを見て自分だったら、と何個かおもいついていた物があったと言う。
「あらそう?じゃあ今度私とも……っと、着いたわね。降りましょう。」
話していたら眼下に目的の博麗神社が見えたようだ。頷いた杏理沙はアリスの後を追い降下していく。
そしてここから、物語は大きく動いていく。
「さて、まずは中を調べてみましょうか。」
神社前に降り立ったアリスは早速霊夢がいるかを確認しようとする。しかし、その前に立ちはだかる人物がいた。
「あらあら。久しぶりね、アリス。」
アリスたちの前に現れたのは長い金の髪に毛先をいくつか束にし、リボンで結んでいる少女。白い帽子には赤い大きなリボン、そして大きな日傘をさしている。
「八雲……紫!」
八雲紫。幻想郷を創った賢者の一人と言われ、幻想郷を愛する大妖怪の一人。博麗の巫女とも代々関わり、幻想郷と外の世界を遮断している『博麗大結界』の管理などを行なっている。その妖怪の賢者がアリスと杏理沙の目の前にいる。
「アリスさん、その人は……」
「わたくしは八雲紫。あなたは初めてみる顔ですわね。お名前は?」
アリスに問おうとしていた杏理沙に割り込んで答える紫。突然の答えに杏理沙は困惑しながら答える。
「あ、えっと……霧雨杏理沙です。」
「霧雨……?あなた、霧雨魔理沙の……」
「妹よ。八雲紫、あなたがここにいるということは、霊夢は見つかったとみていいのかしら?」
今度はアリスが紫の問いに答える。その顔はいつも杏理沙が見ていた優しい表情ではない。相手を威嚇し、警戒する表情だ。
「あ、アリスさん……」
「ごめんなさい杏理沙。今は少し黙っていて。」
みたことのないアリスの顔に、杏理沙は言われた通り黙っているしかなかった。
「今までこの神社のことは藍に任せていたでしょう?そしてこのタイミングで姿を見せた。何かしらの進展はあったんでしょうね?」
「……ええ。『博麗の巫女』は無事この地に帰還しましたわ。タイミングに関してはわたくしも驚いています。帰還したその日に知り合いが訪ねてくるとは思いませんでした。」
紫は言う。『博麗の巫女』が帰還したと。
「……そう。じゃあ霊夢に会わせてもらうわ。どいてちょうだい。」
「どうぞ。……と言いたいですが少々お待ちなさい。もうすぐ彼女のほうから出てきますわ。」
歩を進めようとしたアリスを引き止める紫。次いでその瞳を杏理沙へ向ける。
「あなたは魔理沙の妹、でしたわね。貴女も魔法を使うのかしら?」
「うぇ?あ、はい。アリスさんに教えてもらってるので。」
先程アリスに黙っていてと言われた手前、杏理沙はあまり自分の出る幕はないと思っていたが、紫に唐突に問いを投げられ困惑するように答える。
「なるほど、貴女なら……いいかもしれませんわね。」
「えっと……?一体何が……?」
「ちょっと、杏理沙にちょっかい出さないでくれるかしら?」
「あらあら、怒られてしまいましたわ。」
ひらり、と体を回しアリスの前から一歩下がる紫。
「アリス、貴女は何故その子の面倒をみているのかしら?」
「……見てみたいからよ。この子の行く末を。」
紫は問い、アリスは答える。アリスは杏理沙が魔法をどのように行使するのか、そしてそれを教えた者としての責任もあると、期待を込めて見てみたいと、そう答える。
「本当かしら?貴女は重ねているのではなくて。……魔理沙と。」
「それでもいいですよ。アリスさんが魔法を教えてくれていることは事実です。アリスさんがどんな思いを抱えていてもこの事実は変わらない。」
アリスが反論しようと口を開く前に杏理沙が開口する。杏理沙は自分でも驚くほどすんなりと言葉を発していた。紫もアリスも二人揃って目が点になってしまう。
「ふ、ふふふ……アリス、貴女随分信頼されていますのね。貴女も変わったと言うことでしょうか。」
「この子が素直なのよ。貴女と違ってね。」
アリスの表情は柔らかい。紫の言う通り、アリス自身杏理沙と魔理沙を重ねてしまったことはある。しかし先程口に出した思いも紛れもなくアリスが感じていた事だ。それを是と、杏理沙の口から発してくれたことに喜びと感謝の心内のようだ。
「試すような真似をしたのは謝罪しましょう。杏理沙、貴女も巫女と仲良くしてあげてくださいな。」
杏理沙に向かって笑みを浮かべながら話す紫。その美しさから杏理沙はしばし放心しながらも答える。
「も、もちろんです。というか、僕が急に行って驚かれないかなと……」
「大丈夫よ。きっとあの子も気に入るでしょう。」
さて、と紫は神社の方へ片腕を指し示す。
「さあ、いい時間ですわ。来なさいな。」
「はい。わかりました。紫さん。」
神社の中から現れたのは紅白の巫女服の少女。特徴的なのは胴部分と袖部分が離れており、脇が露出している点。そして、赤を基調とした大きなリボンをそのサイドテールに結んでいる。
「あの人が、霊夢さん……?」
現れた巫女の姿に、この少女が博麗霊夢であると杏理沙は思う。しかしアリスの表情を見た杏理沙は、即座に悟る。
―ああ、この人は違うのだ、と―