―青黒の魔法使い、発つ―
―青黒の魔法使い、発つ―
博麗霊夢が失踪してから四ヶ月。追って霧雨魔理沙が幻想郷から魔界へ向かってから一ヶ月。そして、霧雨杏理沙がアリス・マーガトロイドの元で魔法を習得するために住み込みで生活を始めて二週間ほどが経った。
杏理沙はその天性の才能でアリス、そして時々アリスの家にやってくる矢田寺成美の二人から出る魔法の課題をこなし、日々を過ごしていた。
春らしい天候の下。魔法の森、アリスの家の前。
「アリスさん!今日は何をするんです?」
「昨日やった魔力制御のおさらいね。毎回も言ってるけど、あなたの身体は……」
「はい。魔力があるから元気でいられる。僕の中の魔力が尽きちゃうと、途端に身体が言うことを聞いてくれなくなる、ですよね。あの後何回も体験しましたから嫌でも覚えちゃいましたよ。」
もともと杏理沙は身体が強い方ではない。偶然魔法の森に入り、森の魔力を得て自分の身体を補助する効果を無意識にやってのけ、今に至る。
その後何度か練習で魔力の枯渇を起こす度、動けなくなるほどになってしまっていた杏理沙は苦々しい顔でアリスに答えたのだ。
「あ、でも今日はちょっと出かけようかと思うのよ。貴女の飛行魔法の訓練も兼ねてね。」
「飛行魔法ですか……でも僕、アリスさんや成美さんみたいに一人で飛ぶことできませんよ?」
アリスと成美が杏理沙に魔法の基礎を教えるに当たり、彼女たちがそれぞれ得意とする魔法も教わってきた。しかし、二人に教わっても未だ飛行魔法ができずにいた。
「ええ、だから訓練よ。それに、今日はちょっと手法を変えてみるわ。」
「手法を変える?」
「そう。まあそれは午後からね。午前中はさっき言った魔力操作の練習。それが終わったらご昼食を作って頂戴。私は午後に備えて一回出かけるけど、お昼に戻ってくるから。」
「わかりました。気をつけてください。」
「ええ、杏理沙も私がいないからってサボっちゃダメよ?」
「そんなことしませんよー!そんなことするように見えます?」
頰を膨らませながらアリスを小さく睨む杏理沙。アリスは微笑みながら答える。
「ふふ。冗談よ。貴女は一生懸命やってるもの。あ、蓬莱を置いて行くから何かあったら触れながら魔力を通してね。私の上海に繋がるから、これで会話できるわ。」
蓬莱、とはアリスの作った人形の一つ。上海によく似た人形だが、上海が青い服装をしているのに対して、赤い服装を催しているのが特徴だ。
「はい、わかりました。蓬莱ちゃんと一緒に待ってます。」
「楽しみ午後を楽しみにしておきなさい。あ、あと昼食はサンドウィッチにしてね。」
言うなりアリスは飛び去って行ってしまった。残された杏理沙は一人呟く。
「よし、それじゃあ始めようかな。」
目を閉じ集中する。自分の中にある魔力、周囲に散っている魔力を感じながら杏理沙は鍛錬を積んでいく。
一方、アリスが向かった先は魔法の森、霧雨魔法店。魔理沙の家だ。
(あの子が上手く飛べない理由は多分、『人間は単体で空を飛べない』っていう固定概念が邪魔をしているから。それなら……)
眼下に目的地が見えたことで考えを一旦止め、高度を下げ地に立つアリス。
「全く。魔理沙もそろそろ一回帰ってきてもいいと思うけど。……霊夢も戻ってきていないし、これからどうなるのかしら。」
戸を開く。アリスが最後に掃除をしてから綺麗なまま。つまり、未だこの家の主は帰ってきていない証拠だ。
「うん、綺麗なままね。ほんと、いつになったら帰ってくるのよ。」
こぼしながら家の中を進むアリス。目的のものを発見し、手に取り確認する。
「これね。後は、あれも必要かしら。」
必要なものを選び手に取って行く。
(それにしても、一緒に杏理沙と生活してわかったけどあの子、しっかりしてるのよね。掃除もちゃんとするし、料理も美味しい。……欠点は集中しすぎると周りが見えなくなって一人先行しちゃうところ、かしらね。魔法の習得も早いし、コツを掴めば飛行魔法もすぐ覚えるでしょうね。)
「シャンハーイ」
考えながら部屋を探していたアリスだが、同時に上海人形を動かして探し物をしていたたアリス。上海が探し物を見つけたのだろう、声をだしながら近づいてきた。
「ありがとう上海。うん、この二つがあればいいかしらね。」
よし、と一呼吸いれ、アリスは魔理沙の家を後にする。
「……次来る時は杏理沙も一緒にこれるといいわね。」
脳裏に白黒の魔法使いと自分の弟子を思い浮かべながら、その地を発つ。きっとその時は霊夢も一緒にと、友人達のことを考えながら空へと向かって行った。
アリスが自宅へ戻ると、杏理沙は昼食の準備をしている様子だった。
「あ、アリスさんお帰りなさい。」
「ええ、ただいま。準備ありがとうね。あ、今日は外で食べるからカゴに入れて頂戴。」
「ああ、だからサンドウィッチだったんですね。他のものだと持ち運びしづらいから。」
「そういうこと。私がいない間大丈夫だった?」
「はい。鍛錬もちゃんとしてましたよ。そういえば今日は成美さんはこないんですか?」
普段アリスとともに成美にも魔法を教わっていた杏理沙はアリスに問う。アリスが得意とする操作系の魔法とは別に、生命に関する魔法を扱う成美の魔法は、杏理沙の自分の身体に関する魔法を少し教わっていた。
「さっきも言ったけど、今日は外へ行くからね。成美も誘ったけど気が乗らないって断られたわ。」
「そうですか……残念です。ちょっと聞きたいこともあったんですけど。」
「また今度聞きなさい。いつでも会えるから。」
「……はい。そうします。あ、サンドウィッチ、バスケットに入れましたよ。」
両手でアリスの前にバスケットを突き出す杏理沙。アリスの元で魔法を習得するに当たり、基本的にアリスの家周辺でしかそれを行なってこなかったため、久々に出かけるということで高揚しているのだろう。
「ありがとう。それじゃあそれは私が持つから、外に行きましょうか。」
「はい。でもアリスさん、一体今日はどこに行くんですか?」
「それは秘密。まずは外に出ましょう。」
杏理沙が持っていたバスケットを受け取り、外へと足を進めるアリス。その後を杏理沙も続く。
「はい、じゃあ飛行魔法の件だけど杏理沙。あなた、今まで上手く飛べないのはなんでかしら?」
「うーん……魔力の練りは悪くないと思うんですけど、どうしても僕が上手く飛ぶイメージが浮かばないっていうか。」
アリスの懸念していた通り、飛行魔法を使用し自分が飛ぶイメージがつかめていない様子だ。ここでアリスが考え付いたのが、この手法。
「うん。そうだろうと思ったわ。ということで、はいこれ。」
「……箒?」
アリスから手渡されたのは妙に年季の入った箒。しかしちゃんと手入れはされているのか、折れている様子などはない。
「自分が飛ぶイメージができないのなら、何かに乗って飛ぶ。そんなイメージなら飛行魔法もうまく行きそうじゃない?」
「確かに……。僕一人でなんとかするよりもその方がイメージつきやすいです。でも、なんで箒なんですか?」
「……実はそれ、昔魔理沙が使ってたのよ。だから貴女にもしっくり来ると思って。」
「お姉ちゃんが、この箒で……」
かつて友人が使っていたが、その友人も成長に合わせて箒のサイズを変えていた。今杏理沙の手にあるそれは、魔理沙がちょうど今の杏理沙くらいの歳の頃に使っていたものだ。アリスはそれを魔理沙の家を整理している時に見つけ、杏理沙に渡そうと持ってきたのだ。
「アリスさん、ありがとうございます。僕もこれで飛んで見せます。」
箒にまたがり早速飛行魔法を唱える。
「お、おお?できた!できた!」
今まで苦労していた飛行魔法が簡単に行使することができた。空へと飛び立つその姿を目にしたアリスは思わず呟く。
「……ほんと、姉妹でそっくりな飛び方するわね。」
飛行できたことに喜んでいる杏理沙は上空で動き回っている。その姿は、彼女の友人である彼女にそっくりだ。
「これが空……!いつもアリスさんや成美さん、そして、お姉ちゃんが見ていた景色……!」
今まで自分がこの景色を拝めると思っていなかった彼女は感激のあまり夢中で飛び回る。
「気持ちいいなぁ……。なんだか、このまま空に吸い込まれそう。」
空を飛ぶに当たり、落ちるかもという恐怖よりも風を感じる気持ちや高揚感が多くを占めている杏理沙は、そんなことを呟く。初の飛行魔法でも動きに乱れはない。これも彼女の才能ゆえか。
「杏理沙―!一回戻ってきなさいー!」
眼下で杏理沙を呼ぶ声。聞こえた杏理沙はアリスの元へと降りていく。
「アリスさん!僕、飛べました!」
きっと尻尾が付いてたらものすごく振っているんだろうなとアリスは思う。アリスが杏理沙に魔法を教え、成功するたびにこの笑顔と言葉をかけてくる。そんな杏理沙に微笑みながら返す。
「ええ。見てたわ。初めて飛ぶのに悪いところはなかった。むしろ一回飛んだだけでコツを掴むのはさすがね。」
「はい!なんかこの箒もしっくりくるし、本当にありがとうございますアリスさん!」
「ええ、魔理沙に会えたらきちんと魔理沙にも言ってあげなさい。じゃあ飛行魔法がちゃんと使えたプレゼントとして、これもあげるわ。」
アリスが手渡したのは帽子。つばが広く、黒を基調とした三角帽子。青い大きなリボンが付いているのが特徴だ。
「アリスさん、これ……」
「前ちょっと魔理沙の写真を見せたら、帽子のことを言ってたからね。あなたに合わせて青いリボンをつけてみたの。これで魔法使いっぽくなるでしょ?」
サプライズが成功した子供のようにウィンクをしながら答えるアリス。その可憐さに思わず杏理沙は固まってしまうが、やがてアリスにもらった帽子ということで嬉しさが溢れた様子で。
「お、おおー……!あ、あり、ありがとうございます……!」
と、帽子を抱きしめつつ答える。そして、勢いよく帽子をかぶる。
「ど、どうですか?」
「ええ、似合ってるわ。やっぱり青いリボンで正解ね。」
褒められて嬉しいのだろう、頰を少し染めつつ笑みをうかべる杏理沙。
「さて、それじゃあ練習を兼ねて飛んで行きましょうか。杏理沙、私に付いてきなさい。」
「あ、はい!でも、一体どこへ行くんです?」
「そうね、別に隠すほどでもないし。」
アリスは一呼吸置き、宙へ発ちながら振り返り答える。
「行き先は、博麗神社よ。」