ー天性の才ー
―天性の才―
コトコト音が聞こえる。それに、暖かい。あれからどうなったのか。自分の置かれている状況はどうなっているのか。寝起きで働かない頭を覚醒させるため、寝かされていたベットから立ち上がろうとする。
「これ、人形?」
起き上がろうと上体を起こすと、自分のお腹あたりに綺麗な人形が置いてあるのが見えた。持って見てみるとその細部はどこかあの人形師、アリスの姿に似ているような気がする。
「可愛いなぁ。」
思わず口から溢れたその言葉。返すものはいないと思われたが。
「シャンハーイ!」
「おわあ!?」
突如言葉を発したその人形に思わず驚きの声をあげ人形から手を離してしまう。そのまま落下するかと思われた人形は地面に落ちず、浮遊してそのまま部屋の外へと向かってしまう。
「人形が、喋った?」
驚きの連続で硬直していると人形と、入れ違いである人物が入ってくる。
「目が覚めたようね。」
姿を現したのはアリス。その顔には安堵と翳りが伺える。
「アリスさん……」
「なんで魔法の森に入ったかは今は置いておくわ。身体に異常はないかしら。杏理沙。」
言われて自分の状態を確認する杏理沙。森の中で急に倒れたのだ。その記憶はある杏理沙は痛みなどが無いことを認識する。
「はい。痛みとかは無いです。……どっちかというと今まで身体が軽いような?」
「そのようね。意識もはっきりしてるし、外傷は見当たらなかったわ。倒れているところを発見したのが妖怪じゃなくてよかったわね。」
言われて杏理沙は身震いする。人を襲う妖怪が倒れている人間を見つけていたら、たしかに杏理沙は無事では済まなかっただろう。
「その通りです……。アリスさん、助けてくれてありがとうございました。」
「私じゃ無いわ。あなたを見つけて来たのは。」
「え?そうなんですか?」
それなら一体誰が、と続けようとした時、二人の耳に響く声。
「アリスー!このお鍋この後どうしたらいいのー!?」
慌ててアリスへと助けを求める声。
「……ふう。おちおち会話もできないわね。」
タイミングが悪い、とアリスはため息混じりにその指を動かす。
「あ、この火を止めればいいんだね!ありがとー!」
また声が聞こえるとパタパタと足音がなる。何かしらの作業の続きをしているようだ。
「今、アリスさんは何も言ってなかったのに……」
「知りたい?何で向こうの相手に意思が伝わったのか。」
金の髪が揺れ、振り返ったその顔には妖しい笑み。魔性の誘い。思わず杏理沙は答えを口にするのを躊躇う。
「ふふ。そんなに怖がらなくてもいいわ。でも、この答えを聞くのは待って頂戴。貴女の身体のことも踏まえて、一緒に説明したいから。」
「僕の、体……?」
たしかにいつもより何故か調子は良さそうな感じがすると杏理沙は思う。倒れたのに何故、と思っていると部屋の外から一人、なにかを持ってやってくる。
「はい、アリス。お鍋持ってきたよ。」
鍋を持ってやってきたのはその長い黒髪を二つおさげにし、灰色のロングコートを着ている少女。特徴的なのは、その耳。かなり目立つ福耳だ。
「ありがとう成美。貴女の意見も聞きたいから、一緒に話をしてもらっていいかしら?」
「わかった。一応助けた人間のことは気になるからね。」
アリスに成美と呼ばれた少女。どうやらこの少女が杏理沙のことを助けたようだ。持ってきた鍋を机に置きながらベットの杏理沙の方へ向き直る。
「私は矢田寺成美。森の入り口付近で貴女が倒れてたから、アリスなら何とかしてくれるだろうってここに運んだの。」
「あ、ありがとうございます。お陰で助かりました。」
優しそうな人だ、と助けてくれた礼を言いながら杏理沙は思う。自分を助けてくれた人だ。失礼のないようにしなければと。
「いいのいいの。私もアリスの家に行くついでだったし。」
「とりあえず杏理沙、貴女はこれを食べなさい。貴女は今体の方は調子がいいと思っているでしょうけど、実際は急に倒れて疲れているはずよ。」
「そう……なんでしょうか。あ、でもたしかにお腹は空いてるのでいただいちゃいます。」
鍋から取り分けて渡された小皿の中身はお粥。暖かくて食べやすそうだ。
「美味しいです。これ、アリスさんが?」
「ええ、成美と一緒にね。お米料理は私より成美の方が知ってるから教えてもらったの。」
「私は知識として知ってるだけで実際にはあんまり作ったことないんだけどね。食べる必要もないし。アリスもそうなのによく作るよね。」
「まだ抜けきらないのよ。仕方がないでしょ。」
アリス・マーガトロイドと矢田寺成美は魔法使いという種族。魔法使いは基本的に食事を必須としない。嗜好品としての意味合いが大きい。無論、そのことを杏理沙が知るはずもなく。
「あの、食べる必要がないってどういう……」
当然、この質問がやってくる。
「あ。」
問われたことでアリスは気づいたようで、一瞬呆けた後、慌てて弁明しようとするが。
「あれ?アリスまだ言ってなかったの?私たちが魔法使いだって。」
沈黙。成美が言葉を発した後、アリスはやってしまったという風に顔を下げ、杏理沙は目を見開き、成美は首を横に傾げている。
「あ、えっと……もしかしてまずかった?」
成美は自分が何かやってしまったのかと思い緊張気味にアリスへ顔を向ける。
「……はあ。いいえ、ちょうど杏理沙には話そうと思っていたからよかったわ。段階はかなり飛ばされたけど。」
「……これで理解しました。アリスさんがあの時私に言った、姉妹はいるかって質問にも、さっき指を少し動かしただけで成美さんに意思が伝わったのかも。」
杏理沙は確信を持って答える。自分がここにいることも含め、全ての点が繋がったと理解した。
「どういうことかしら杏理沙。」
「さっきアリスさんが遠くにいる成美さんに意思を伝えられたのは魔法の力ですね?そして、僕がここにいる理由は……これを見ればわかりますね?」
杏理沙が懐から取り出したのは手紙。それは、アリスが道具屋の店主に渡したもの。
「あなた、それ……!」
「お父さんが読んで、そのままにしてあったのを見ました。気が動転した僕は、アリスさんなら何か知っている筈だと思い、無我夢中で探していたらなぜか魔法の森に迷い込んで、そのあと……」
「倒れていたところを成美が発見して、今に至るってことね。」
完全に誤算だったわ、とアリスはため息をつく。
「教えてください。霧雨魔理沙っていうのは……僕の……」
「姉、でしょうね。まず間違いなく。」
「魔力の波長も似てるからまさかと思ってたけど、魔理沙に妹がいたなんてね。」
アリスはため息混じりに、成美は単純に驚いている。
「私があの時、姉妹はいるかと聞いた時、貴女はいないと答えた。知らないままでも問題ないとは思っていたけど、こんなに早く伝えることになるなんてね。」
アリスは一呼吸置くと改めて杏理沙に向き直る。
「それで、それを知った貴女は一体どうしたいのかしら?」
「……僕に知らない姉がいた事は驚きです。まずはお父さんに話を聞くべきなんでしょう。」
「そうね。それが妥当よ。」
「でも、多分お父さんは話してくれないと思います。今まで僕と生活してきた中で、欠けらほどもそんな話を聞いたことはありません。」
杏理沙は今、一種の疑心暗鬼状態だ。自分のしらなかった姉の存在。そしてその姉のことを隠していた家族の状態。
「だから僕は、この手紙を持ってきたであろうアリスさんの元を目指しました。ですから、教えてください。僕の姉、霧雨魔理沙のことを……!」
頭を下げる。今杏理沙にできるのはそれくらいだ。成美とアリスは顔を見合わせたあと、杏理沙へ向く。
「ねえ、アリス。魔理沙はこの子のこと知っているの?」
「いえ、多分知らないでしょう。だから、勝手に魔理沙のことを教えるわけにはいかないわ。」
「そんな……」
杏理沙の表情が崩れる。縋り付いた手がかり。手を伸ばしても届かないのかと。しかしアリスは言葉を続ける。
「私たちから勝手に話すわけにはいかない。だから、直接会って見なさい。魔理沙に。それまでの手伝いならしてあげる。」
「え……」
アリスは椅子から立ち上がり、窓から外を眺めつつ言う。
「今まで会ったことないとはいえ、姉妹なんだから。余計な先入観を与えたくないし、直接会った方が早いわ。と言いたいんだけどね。」
「今魔理沙、幻想郷にいないんだよね。しばらく帰ってくる見込みも無いのよ。」
霧雨魔理沙は今幻想郷にいない。消えた博麗の巫女、博麗霊夢を探しに魔界へと旅立っている。その辺りの事情を話すのは長くなりそうだし、今彼女に伝えるべきでは無いと感じたアリスは続けて言葉を出す。
「だから、それまでにまず貴女の家族から話を聞いてみなさい。怖いでしょうけど、気になるのならまずそれが第一よ。」
下を向いている杏理沙の頭に手を置きながら言葉を出すアリス。その表情は柔らかい。
「アリスがそんな顔するなんてね。いいもの見れたわ。」
「……からかわないで頂戴成美。なんとなく、ほっとけないのよ。」
成美が微笑み、アリスは赤面しながら答える。そんな二人の気遣いを受けた杏理沙は自分のためを思ってくれた二人に感謝する。
「ありがとう……ございます。アリスさん、成美さん。」
この二人はきっと自分の力になってくれると感じた杏理沙。成美とアリスもその顔は柔らかい。
「じゃあお姉ちゃんのことは僕自身も家族に聞いてみます。けど、それ以外に聞きたいことが一つあります。」
「何かしら?」
「僕の身体のことです。妙にいつもより調子のいい感じですが、お二人は何か知っているのでしょう?」
普段の杏理沙なら長時間走ってきた上に倒れたと会ってはしばらく寝込むような身体だ。それが目覚めた後は調子が良く、おそらく今なら運動をしてもいつものように息が切れることもないだろうと言うことも杏理沙は感じていた。
「目星はついているわ。成美、どう?」
「うん。話している間にも流れをたどっていたけど、多分アリスの予想通り。」
アリスと成美は杏理沙の身体の変異について目星をつけていた。と言うよりは、アリスが気づき、成美が確証を得た、という感じだ。
「杏理沙、おそらく貴女はこの森の魔力に当てられて身体の調子が良くなっているわ。」
「魔法の森の……魔力?」
杏理沙にとっては聞きなれない言葉。普通に暮らしていたら魔力なんて触れもしないし、言葉にもしないだろう。
「そう。私も元々森の魔力によって命を授かった存在だから、魔力と生命については敏感なの。」
矢田寺成美は元々魔法の森にあったお地蔵さんが、森の魔力によって命を得た生命体。使役する魔法も、生命に関するものが多い。
「命を……授かった……」
「うん。まあその話はまた今度ね。話を戻すと、森の魔力は基本的に人間には有害なの。簡単に言うと、強すぎる魔力が身体の中に入って耐えられなくなるって言うのが一般的だね。」
「通常なら迷い込んだ人間は気持ち悪くなったり倒れて数時間は起きないんだけど。貴女は違う。」
アリスと成美。二人の魔法使いはその問いに答える。
「貴女は、森の魔力を糧に、自分の力に変えている。」
「天性のものね。魔力が馴染んで、無意識に自分の力にしているの。きちんと鍛えれば、魔法も使えるように……」
ここまで言ってアリスは口を止めた。
「……とは言っても、魔法を習うなんてことは考えないようにしなさい。貴女の人生に関わるから。」
アリスは魔理沙が魔法を習得するようになった起源を知っている。知っているからこそ、強く勧めない。魔法使いとしてはこの天性の才ある人間に魔法を教えてみたい気持ちはある。しかし、彼女は人間。下手にこの道へ引き摺り込むのをためらってしまう。
「僕が、魔法を……」
杏理沙はその言葉に好奇心をくすぐられる。自分の身体の調子が良くなった原因である魔力、そして未だ見たことない姉が家から飛び出してでも習得してみたいと習っていた魔法。今までの自分からは考えられない、未知の衝動。それが杏理沙の身体を動かす。
「アリスさん、成美さん、ありがとうございます!僕にも、可能性があることがわかりました!早速お父さんのところに行って聞いてきます!」
言うなり杏理沙は布団から飛び出し、駆け出していく。
「ごちそうさまでしたー!」
その素早い行動に魔法使い二人はぽかんと口を開ける。
「ちょ、ちょっと待ちなさい杏理沙!まだ一応安静にしてないと……!」
言った時にはすでに時遅し。アリスの家から飛び出して行ってしまっていた杏理沙。
「好奇心満々だったね、あれ。ああ言うところ、魔理沙そっくりだよ。」
「ほんと、変な所は似てるんだから……!成美、私が追うからお留守番お願い!」
「わかったよ。気をつけてね、アリス。」
先程まで寝込んでいたのだ。また倒れられたりでもしたら困る。そう思いつつアリスも家を飛び出していく。
「さて、どうなるかぁ。でも、魔理沙の妹なら多分……」
呟きながら鍋に入ったお粥を口へ運ぶ成美。無論、彼女は食事を必須としないのだが。
「うん、美味しい。アリスが帰ってきた時用にすぐ温められるようにしておこう。」
鍋を持ち、今いた部屋から出て行く成美。その瞳にはこれからの楽しみが映し出されているようだった。