―魔法使いという種族―
―魔法使いという種族―
自分が魔法に憧れたのはいつだったか。ただ、強く焦がれるようになったきっかけはやはり、お母さんだろう。魔界を統べ、そしてその魔界の生物の母、神綺様。
あの頃は魔界の魔法を覚え尽くし、敵なんてないと思っていた。今考えれば幼い考えだ。グリモワールを持って、魔法を見てもらって。母や姉に褒められるのが嬉しかった。
しかしある日現れた巫女、人間の魔法使い、悪霊と妖怪に敗れ、散々な目に合わされた。負けた私を母や姉は怒らずにいてくれたが、そこから今まで学んでいた魔法とは違うジャンルの魔法を追求するようになった。「勝つ」ためではない。自分の目標を「識る」ために、この魔法を極めようと、考えが変わった。
自分は変わらなければならない。漠然と、そう思ったから。だから私は魔界を出て、この地「幻想郷」で人形魔法を研究することを決めた。
月日は流れ、色んなことが起きた。紅の霧に春の雪、明けない夜に三日置きの宴会。他にもたくさん、たくさん。そしてそのすべての出来事の中心にいたのは自分を散々な目に合わせた巫女と人間の魔法使い。恨んでいないわけじゃないけど、それ以上に彼女たちと過ごす時は心地よかった。
お互い憎まれ口を叩く時はあっても、一度良いものだと感じてしまうと抜け出せない。願わくばそんな時が続けばいいのだと思う時もある。
しかし、彼女たちと自分は既に生きる「時」が違う。自分は選んだ。「魔法使い」でいることを。彼女たちは「人間」だ。そして多分、彼女たちは「そこ」から抜け出すことをしないだろう。なら、どうするか。
「人間」の寿命は短い。けど、だからこそ、「次」に残す。「技術」を、「意志」を。だからこそ、「人間」は面白い。その「次」を、導きたくなった。見てみたくなった。彼女たちの「思い」を受け継ぐ彼女たちを、杏理沙と霊那を、守りたくなっていた。
「意外ねアリス。貴女が来るなんて。」
「自分でも驚いているわよ。でも、彼女たちはこれからの幻想郷にきっと必要なのよ。悪いけどこの異変について話してもらうわ。」
パチュリーとアリスが話している中、杏理沙は霊那のもとへ寄り添い話しかける。
「霊那、大丈夫?怪我とかしてない?」
「……杏理沙。……ええ、無事です。」
身体の方は問題ない。被弾は最小限、スペルカードも、先ほどアリスが防いでくれた。しかし。
(最初の弾幕で一瞬でも見惚れてしまいました。この時点で……もう、既に負けてましたね。)
心は、落ち込み気味だ。博麗の巫女として、博麗霊夢の後継として異変解決をしなければならない。その使命感でここまできた。それが霊那の支えであり強みでもあった。
「霊那、本当に大丈夫?顔色悪いけど……」
「大丈夫です。アリスさん、助けてくれたところ悪いですけれど、私、まだやれます……!」
強がりだ。杏理沙もアリスも見てそう思う。このまま戦えば、どこかで致命的なミスをするだろう。
「……悪いけど、そこで見てなさい。霊那。見ることも大事よ。杏理沙もよく見てなさい。私の魔法、魅せてあげるわ。」
アリスはそのままパチュリーに目を向ける。
「パチュリー。貴女と霊那が戦っていたということは引くつもりはないんでしょう?なら、いつも通りでいいわね?」
「貴女相手にすると余計疲れるんだけど。外の雨はそのうち晴れるから、放っといてくれない?」
「そういう訳にもいかないのよ。さっきも行った通り、この娘たちがこれからの幻想郷に必要な存在になるの。その前に歩く私たちは、見本にならなくてはならいわ。」
「ほんと、その二人に入れ込んでるのね。巫女はともかく、そこの人間は何なのかしら。」
パチュリーの目線は霊那から杏理沙へ。その視線に、杏理沙は少し身じろぐ。
「どこかで見たような格好をしているけれど。加えてその箒。……魔理沙の真似かしら?」
「あ、その、えっと……」
急に話しかけられ、杏理沙は言葉が出ない。期待していた魔法使いとの邂逅と、少なからず感じる敵意に当てられてしまう。
「話を進めないでください。私はまだ納得していませんよ……」
パチュリーの意識が杏理沙に向かっている間に、アリスの隣に立ち、御幣と札を構えている霊那。
「……無理はしないでいいわ。さっきも言ったけど、杏理沙と一緒に少し下がっていなさい。」
「でも、私は……!」
「じゃあはっきり言いましょうか。今の震えてる貴女じゃ、足手まといだわ。」
「……え?」
御幣を握る手へ視線を落とす。その視界には震える腕。さらに足元を覗くと、震える足。
「わ、私……何で、震えて……?」
「恐怖を感じることは悪いことじゃないわ。ただ、自覚した恐怖を飼い慣らすことができないようじゃ、危険なの。だから見ていなさい。杏理沙と一緒に。」
その言葉を皮切りにアリスは宙へ向かう。パチュリーのいる高度へ。
「貴女と弾幕戦をするのは久しぶりだけど……今日は負けないわ。」
「いつも本気を出さないで貴女が勝手に降参するんじゃない。誰を相手にしてもそう、貴女は、勝つためじゃない。負けないための弾幕戦をするから。」
「そうね。今まではそう。でも、今日は、この一戦はちょっと違うわね。」
「……貴女の本気、いつか見てみたいとは思っていたわ。人形を操る魔法……それ以外にも見せてくれるのかしら?」
今日は負けない、と言ったアリスの言葉に、パチュリーは少なからず期待する。アリスの魔法は人形を操作する魔法。しかしそれ以外の魔法も使用出来ることは以前から時たま開くお茶会で耳にしたことがあった。その時は確か、あの白黒の魔法使いがお茶会を開こうと言った時だったか。
七色の人形遣いと呼ばれるアリス。なぜ七色なのか、彼女の人形のバリエーションが七色だからかとも考えていたが、そんなこともなく。アリスの作る人形の造形は似通っている。細かく分ければ違うかもしれないが、パッと見ただけではそこまで印象的に分けられているわけでもない。これは人形を操る魔法を使う以前の彼女の呼び名なのだと、当時の話を聞いて思ったのをパチュリーは思い出していた。その魔法も、見てみたいと。
「残念だけど、貴女が思っているようなことは期待しないで頂戴。私はこの地に、幻想郷に足を踏み入れた時から、昔の魔法は使わないと決めているの。」
「それは残念ね。……なら、それを引きずり出せたら、私の勝利になるのかしら?」
「ええ。その時は貴女の勝ちよパチュリー。そんなことはありえないけれど。」
言葉が切れるのと同時に、両腕を広げ、指を広げる。そして相対する七曜の魔女もまた、一冊の本を片手に、腕を人形師へと向ける。
「「スペルカード!」」
図書館の上空で魔法使いが弾幕戦をしている中、杏理沙は霊那の隣で上を見上げていた。
「すごい……!アリスさんの人形魔法も、パチュリーさんの七曜の魔法も……!」
アリスの魔法については研究し、見てきたつもりだった杏理沙。しかし実際に今行われている弾幕戦の魔法を見ていると、いかに自分相手にレベルを落としていてくれていたのかがわかる。ただ単に人形を操るだけじゃない。相手と自分の何手先をも読み、かつ乱れのない弾幕。そしてアリスという魔法使いを表すような、綺麗な弾幕だ。
対してパチュリーの弾幕。アリスからは七曜の魔法使い、そして五行を象った魔法も使用する、強力な魔法使いと聞いていた。しかし身体の調子が良くないと魔法の詠唱がうまくできないこともあると聞いて、どこか自分と重ねていたが、そんなことはおこがましい。自分なんかとは天地の差だと実感させられる。魔法や、自分の知識に対する絶対的な自信がわかる。ぜひこの異変が終わったら魔法の勉強をさせてもらおうと意気込む。
二人の弾幕戦を見上げて感動している杏理沙に対して、霊那は下を向き俯いている。パチュリーの弾幕に魅せられ、そしてさらに恐怖し、足手まといだと言われ動けずに傍観するしかない。博麗の巫女として、紫や霊夢に手ほどきを受け、『向こう』との決別も覚悟してきたというのに。
「……霊那、上を向いて。」
そんな思いでいると、横から声がかけられた。言わずもがな、杏理沙だ。
「今の僕たちは、全力のあの人たちには敵わない。これはしょうがないよ。でも、だからって下を見続けるのはダメだよ。よく見て、上を向いて、進まなきゃ。下を向いてると、進まないといけない道も見失っちゃう。」
先ほどまで二人の弾幕を見て興奮していた姿はなく。自分の力を確認し、見つめ直す杏理沙の姿。彼女も少なからず、力量の差に憂いているのだろう。
「霊那が何で博麗の巫女になったかはまだ知らない。力不足もあるかも知れない。けど、異変を解決したい、博麗の巫女になったっていうのは、最終的には霊那の意志だよね。なら、下を向いちゃダメだよ。」
「……わかっています。私は、私の意思でここまで来ました。後悔はないですし、ここで立ち止まっているわけにもいきません……!」
力はまだ未熟、恐怖もある。けれど、後悔はない。幻想郷まできて、博麗の巫女という役割を与えられた。けど、これは全て自分が決定し、意思を通してきた産物。そう考え、霊那は上を向く。見ることも大事だ。少しでも、自分が強くなるために。
そんな霊那を見て、杏理沙も一緒に上を向く。少しでも、尊敬する人たちの魔法を見るために。
「火符『アグニシャイン』」
炎の弾幕。パチュリーを中心にし、炎の弾炎を描きいくつもアリスへ向かって迫る。炎は大きいが、スキマはある。連なってくる連弾を躱しながら、アリスは考える。
(炎の弾幕。人形なら燃やせばいいってことだろうけど、私の人形はそんな単純にはできてないわ。むしろ……)
腕を動かし、人形を操作。四体ほどパチュリーの元へと向かわせる。弾幕に被弾するも、燃え尽きたりはしない。
「燃えない?」
「防火対策もしてるわ。しかもそれだけじゃないわよ。」
指を動かし、細かい位置を調整、パチュリーを囲うように配置する。
「魔符『アーティフルサクリファイス』」
アリスがスペルを宣言した瞬間、パチュリーを囲っていた人形が爆発する。小規模ではあるが、その爆発を見ていたものは感じる。
「……綺麗。」
呟いたのは、霊那。杏理沙は以前見たことがあるのか、相変わらずアリスさんはすごいなぁとこぼしていた。
「こんなものじゃないでしょパチュリー?」
爆発が収まる前にその場を移動しながらさらに弾幕を撃つ。次の一手を切るために。
煙が腫れたその先には、魔法障壁を展開しながら、詠唱をしているパチュリーの姿。
「火は土を生む……土符『レイジィトリリトン』」
土の弾幕。周囲に発生したそれは広範囲に広がり、徐々に尖った土は石のようになり漂う。鋭利な刃を持つそれは、少しずつアリスへと向かう。
「また厄介な設置魔法ね……。なら、次はこれよ。」
刃のような土を目にしたアリスは、人形をさらに操り、宣言する。
「偵符『シーカードールズ』」
アリスの操作する人形が今度は六体、バラバラに散開していく、そして止まり、人形からレーザーが放たれる。それは一見、周囲の土を払うために見えたが、レーザーの延長線上にはパチュリーもいる。それを予感したパチュリーはすでにその場から移動している。が、移動先すら読んでいたのか、別の人形がその地点へとレーザーを放ってくる。
「全く……休む暇も与えてくれない……!」
避けきれないと感じたパチュリーは魔力障壁を展開、受けきれずに被弾してしまう。
「つう……!さすがねアリス……!」
被弾は覚悟していたとはいえ、予想よりもダメージが大きい。普段のアリスの弾幕よりも威力が高い。本気というのは伊達じゃないようだと、パチュリーは警戒心を上げる。
「止まっている暇はないわよパチュリー。偵察のあとは、攻め込むもの。戦符『リトルレギオン』」
レーザーを撃っていた人形たちが一変。その手には刃を持ち、独楽のように回転しながら弾幕を放ちつつパチュリーへと向かう。その隊列は乱れることなく、凶器を持っているのにも関わらず美しさを魅せていた。
(スペルの切り替えが早い。一糸乱れぬ人形の弾幕……。人形魔法だけでこれなら、やはりアリスのほかの魔法も見てみたいわね。)
魔法使いは研究の徒。いついかなる時も自信の魔法の向上を考える。弾幕戦の最中だが、パチュリーはそんなことを考える。
アリスとの茶会は有意義であると思ったのは、いつからだったか。あの白黒の魔法使いが無理やりこの図書館にアリスを連れてきて、気まぐれにある魔法の理論を訪ねて見たところ、すらすらと答えて見せたアリス。まだ『魔法使い』としての生は自分の方が長いはずだが、アリスはそれに劣らずの魔法への熱量を持っている。
だからこそ、不思議だった。彼女が人形の魔法に重きを置いていることに。他にも多くの魔法を扱えるはずの彼女の魔法をいつか見てみたいと、感じるようにもなった。今回の異変は全くの偶然だが、こんな機会が巡って来たことは運がいいのかも知れないと、パチュリーは考える。
「そんな物騒なもの振り回さないで。刃なら、通してしまわなければいい。……そして土は金を生む。金符『メタルファティーグ』」
周囲にまだ残っていた土の弾幕が固まり、土から金属へと変わっていく。先ほどの『レイジィトリリトン』よりは数は少ないものの、より強固に、大きくなったその弾幕は、アリスの人形の前に立ちはだかり攻撃を通さずにはじき返す。
「刃が通らない……金属性の魔法は厄介ね。レーザーも反射して跳ね返されてしまうし、ここは……。」
「思案している隙なんてないわよアリス。金より生まれし水よ……!水符『ベリーインレイク』」
漂っていた金属の弾幕が、溶けるように形を液状へと変える。その変化が起こるのと同時にパチュリーの後方にいつのまにか展開されていた魔法陣より、水流の弾幕がレーザーのように発射、アリスへと向かう。
「休ませてくれないのはどっちよ……!」
水流のレーザーを避けながらぼやく。しかし『ベリーインレイク』はそれだけではない。先ほどの液状化した塊の弾幕が弾け、さらにアリスを追い込んでいく。人形が数体、そのはじけた弾幕に被弾し、濡れながら落下していく。水属性のその弾幕は魔力を帯びており、被弾した人形に回っていたアリスの魔力と混じり、制御不能にされたためだ。まだ人形のストックはあるが、悪戯に減らすわけにもいかない。
(次の魔法はおそらくパチュリーの五行の魔法順的に木属性魔法。なら……)
今までのパチュリーのスペルは五行思想からなるもの。万物は火・土・金・水・木の元素からなるという思想のもと、それを魔法としてスペルカードに落とし込んだものをパチュリーは使用する。その順番から、アリスは次のパチュリーのスペルを予想した。
「貴女の考えている通り、次のスペルはこれよ。生命の水より成長せし樹木よ。木符『シルフィホルン』」
アリスの表情を見て、自分の次の一手を読まれていることを承知で次のスペルを宣言する。
それは、滴る水より生まれ出し樹木。その葉は鋭く、その枝は細くもしなやかに。そして幹は太く、根はそれらを支えるために複雑に絡まる。その樹木を中心に葉が散っていき、それは弾幕となってアリスへと向かっていく。
「予想を当てておきながらそのまま撃ってくるなんて、余裕ねパチュリー。でも、いらない木は伐採しないとね。……さあ、人形たちの争いよ巻き込まれないようにしなさい!戦操『ドールズウォー』」
アリスの操る十二体の人形。それぞれが刃を持ちアリスの腕によって操作される。二対にて行動されるその動きは、さながら人形同士の戦を見ているような危なっかしさと、統一された動きの中に美しさがある。
両者とも自身は動くことなく。アリスはその人形の操作の緻密性から。パチュリーは魔力の操作に集中するため。つまり。
((このスペルを先に捌き切った方が先に隙をつける……!))
ここが正念場だ。二人ともその意思を感じ取り力を込める。相手に、自分の意思を貫き通すため。