―魔の図書館―
―魔の図書館―
「あれは杏理沙と……多分、氷の妖精のチルノだったかな。」
ルーミアと別れ紅魔館の方向へ空を駆けていた霊那。湖を眼下に見据えた頃、離れた場所で杏理沙とチルノの弾幕戦が行われていた。
「アリスさんも一緒にいるし、危険なことはないよね。それに、これは勝負。どっちが先にこの異変を解決するか。」
ルーミア以外には特に障害もなく進んできたが、館の内部に入ってからも安全とは限らない。余計な消耗を避けたいとかんがえた霊那は杏理沙達の方へ向かうことなく、紅魔館へ進み、その正面へと降り立つ。
「門はやっぱり閉じてる。」
門を開こうとその手を伸ばすその前に、霊那は手を引っ込める。
「……結界が張ってある?」
触れていたらおそらく霊那の手はダメージを受けていただろう。霊那はその位置から半歩下がり、そのまま館の上空へと飛んでいく。
「これはおそらく魔法の結界。力づくで結界を突破するより、縫い目の部分を『渡れば』。」
瞬間、霊那の姿が消える。瞬きをする一瞬だが、その姿は一度消え、再び現れたときには、元いた位置よりも数メートル館の内部へと近づいていた。
「……ふう。うまくいった。この結界は外部からの干渉には攻撃的だけど、内部へ入ってしまえば特に問題無いですね。」
宙から降り立ち、そのまま館の内へと進む。
「それにしても、この広さは……」
あきらかに外からみた大きさよりも広い館内。周囲に警戒しながら、霊那はこの紅魔館に住む住人を、聞いていた記憶から整理していく。
(時間を止められるって言う、この紅魔館のメイド、十六夜咲夜。確か空間も操作できるって言ってたから、多分その人の力かな。そして、あの雨に最も疑いがある人物。)
暗い館を進みながら思案する。しかし入ってから今のところ誰とも合わないし見かけない。
(おかしい。それに門の外に、門番をしているって言う妖怪の紅美鈴も見かけなかった。それに紅魔館には妖精メイドもいるって聞いてたけどそんな気配もないなんて。)
音一つしない。足音をたてないように霊那が浮きながら進んでいることもある。しかしそれを差し引いても、異常なほど。
(……館の上階にはほかに気配はない。ということは、地下?)
その足を地下へと向け、地下へと進むことに決める。こちらでも障害はなく、簡単に進むことができた。
(……ここが、紅魔館の大図書館。確かここには吸血鬼レミリア・スカーレットの友人、パチュリー・ノーレッジとその使い魔がいるらしいけど。)
眼前にひしめく図書の量に、どこか懐かしい本の香りを感じながらも進んでいく霊那。そのまま歩みを進めようとした時、霊那の耳に声が響く。
「……間の悪いことね。こんな時に来客なんて。」
霊那のいる位置より上部。図書館の上階部分にその姿はある。紫色の長髪に、三日月の装飾がついた帽子が特徴的な少女。
「いえ、来客ではなさそう。しかも見たことあるような紅白。」
「図書館の主、パチュリー・ノーレッジですね。」
「そういう貴女は?」
「博麗の巫女、霊那です。外で起きている異変は、貴女達が起こしていることですか?」
「……そう。外に漏れ出てしまっているのね。急がなくちゃ。」
「やはり何か知っていますね。あの雨、降らせているのは貴女ですか。」
「これは私たち紅魔館の問題。貴女にはかんけいないわ。怪我したくなかっったら今すぐ帰りなさい。」
刺す眼光は鋭く。霊那の身体は一瞬、固まる。
「そういう訳にはいきません。異変解決は、私の役目ですから。」
懐から札を取り出し、持っていた御幣を構える。パチュリーは階下のその姿を一瞥、さらに目を閉じ一息。
「私が弾幕戦に付き合う道理は無いのだけれど。……でも、館に入った侵入者をそのまま返すわけにもいかないかしら。」
パチュリーの身体が宙へ浮く。同時に、蔵書してある書物が数冊、彼女の周囲へ廻る。
「今日は 調子もいいし。相手してあげる。新しい紅白の巫女。レミィもきっと話を聞きたがるでしょうし。」
それを皮切りに二人は動き出す。霊那はパチュリーに接近しながら札を飛ばし、パチュリーはさらに上空へ。
霊那の札の弾幕はパチュリーの魔法弾幕によって打ち落とされる。背後に回ってさらに弾幕を放つも、これも打ち落とされる。
「さすがにそう上手くは行かないですか。悪魔の館の魔女さんはさすがですね。」
「……あなた、まだそんなに弾幕戦に慣れていないわね。まあ私には関係ないけど。」
「っつ……!」
この数回の弾幕のやり取りで見透かされた。今の自分には弾幕戦の経験値が圧倒的に足りないと。
「動きにムラがありすぎる。加えてパターンが一定。同じ相手としか弾幕戦をしてきていないわね。まあ私には関係ないけど。」
この数回のやり取りで自分の未熟さを指摘される。確かにパチュリーの言う通り、霊那の弾幕戦の経験値はまだ浅い。先ほどのルーミア戦を除けば八雲紫との修行、そして彼女の先代、博麗霊夢と数回のやり取りをしたのみ。
「そうですね。確かに私の経験は浅いです。そして確かにあなたには関係ない。私に退治される貴女には。」
「……そういうところは似ているわね。霊夢に。」
魔法使いの少女は微笑む。しかしそれも一瞬。その顔は引き締まる。
「でも、それは確かな実力を持った者のみが言える言葉。まだまだ貴女には早いようね。」
その言葉と同時に霊那の背後から魔法弾が迫る。会話を聞いていた彼女は直撃は避けるも、躱しきれずに魔法弾に当たってしまう。
「っくぅ……!」
「直撃を避けたのは褒めてあげるけど、本当にまだまだね。貴女に構っている時間も惜しいし、これでおしまい。」
「日符『ロイヤルフレア』」
炎。生物が無意識に安心を与えると同時に、恐れをなす者。パチュリーのそのスペル宣言と同時に、霊那の周囲に炎の柱が噴き出す。ダメージを負っていた霊那は反応が遅れ、炎に囲まれる。
「っ……!夢符『二重結界』!」
躱しきれない。攻撃を受けたということもあるが、それよりも一瞬、パチュリーの炎の魔法に見惚れてしまった。そのせいで数瞬反応が遅れ、躱せないと悟った霊那は防御に回る。
「っくう!?強烈です……!」
「いつまで持つかしら?未熟な貴女の結界で。」
未熟……そう。自分はまだまだ未熟だ。経験も浅い。この状況を打ち破る術もすぐ思いつかない。八雲紫の元で修行をし、ある程度力をつけたと思っていたが、それは自分の先代の霊夢の前では足元にも及ばない。でも、それでも、自分は幻想郷に足を踏み入れた。覚悟を持って。
霊那は考える。自分は天才じゃない。ここで都合良く自分の力が強くなったりはしない。脱出の術、目の前の相手を倒す術。なんとかしなくてはならない。あの博麗の巫女を継いだのだから。
「もういいかしら?さっきも言ったけど、こちらは忙しいの。お帰りいただくわ。」
手を挙げ、周囲に浮いていた本の二つがパチュリーの目の前へ動き、開く。同時に、霊那の周囲の火柱から炎が別れていく。
「火&土符『ラーヴァクロムレク』」
スペル宣言。火柱は完全に炎の玉となり、さらに火柱を発生させていた地面から土の弾幕が発生、炎の弾幕とともに霊那へと迫る。
「結界が……!」
数の暴力。押し寄せる炎と土の弾幕に、霊那の結界は、破られる。そして。
「……掃除はおしまい。久々にすると時間がかかるわね。やっぱり咲夜に任せるべきだったかしら。」
結界は破られていた。あの弾幕の密集度合いから、躱すこともできなかっただろう。死にはしないだろうが、立ち向かってくることもできないはず。
「さて、じゃあ目的の本を探さないと。」
放って置いても問題ないだろうと、パチュリーは身を翻す。
「危なかったわね霊那。ちょっと下がってなさい。次は私が戦うから。」
この声が聞こえたと同時にパチュリーはため息を吐き、霊那よりも後方へ視線を向ける。
「貴女まで来たの。……アリス。」
霊那の後方。そこには不安そうに見守る杏理沙と、人形を操るように腕を動かしているアリスの姿があった。