ー天才の片鱗ー
―天才の片鱗―
霊那とルーミアが弾幕勝負をしている最中、杏理沙とアリスは別ルートで紅魔館を目指していた。
「アリスさん。見えてきましたよ!」
「ええ、霧の立ち込める湖。あれね。」
アリスと並び空をかける杏理沙。目的地が視界に入ったことでより実感が湧いてきたのか、ややその顔には緊張が伺えた。
「魔力の流れはやっぱりこっちからね。湖の方から魔力の流れが来ていて、よそはしていたけれど、これはやっぱり……」
「あの紅い館から、ですね。この魔力の源は。」
二人が視線の先に見据えるのは湖の中心にそびえる紅い館、紅魔館。かつて博麗霊夢や霧雨魔理沙も異変解決のためにこの館へ向かっていった。そして今、魔理沙の妹である杏理沙、そして霊那もおそらく、同じようにあの紅の館に向かっているであろう。アリスは隣にいる杏理沙を見ながら思案する。
(考えてみると、不思議な巡り合わせね。これも運命……なのかしら。)
アリスは考える。霊夢がいなくなり、魔理沙も合わせて幻想郷にいない時期にこの異変。そして霊那の出現と杏理沙の存在の発覚。タイミングが合いすぎている、と。
「アリスさん!聞いてますか?アリスさん?」
「え?ああ、ごめんんさい。ちょっと考え事してたわ。」
考えている間に杏理沙が質問をしていたようだ。
「何かしら杏理沙。」
「このままあの館に行って大丈夫かどうかってことですよ。こんなことをしてるくらいですし、裏手から回った方がいいですかね?」
「……いえ。正面からいきましょう。一応知り合いの魔法使いもいるし、彼女なら落ち着いて話してくれると思うわ。」
紅魔館には魔法使い、パチュリー・ノーレッジがいる。魔法使いということで交流もあるアリスは彼女のことは信用している。
「え?魔法使いの人がいるんですか?」
「ええ。名前はパチュリー・ノーレッジ。七曜の属性魔法を操る魔法使いよ。あなたにもいつか紹介しようとは思っていたけど、こんなに早くなるなんてね。」
もう少し杏理沙が成長したらと考えていたアリスだったが、予想外の出来事ということはいつだって起こり得る。アリスはこの後、それをさらに実感することになる。
「楽しみです!七曜ってことは、いろんな魔法がみれそうだなぁ……?」
喜びを口にした杏理沙だったが、眼前の景色に驚き、それ以上の言葉を発することができなかった。
「な、何これ……?」
「……氷?まさかこれは?」
湖の上空を飛行していた二人。もう少しで紅魔館、というところで眼前には大量の氷が『ゆっくり』と動き回っていた。
「見てみて大ちゃん!コレ!面白いわ!」
「すごいねチルノちゃん!ゆっくりゆっくり!」
氷の先に二つの影が見える。姿は少女のようだが、そのふたちには背中に羽のようなものが見えた。一人は氷の結晶のような羽。もう一人は半透明な羽を持っている。
「アリスさん、あの子たちは?」
「妖精ね。この氷を作っているのはあの青い子、チルノね。隣にいるのは大妖精。いつも二人で遊んでるみたいだけど、この時の雨のせいでちょっとハイになってそうね。」
「誰がハイになってるって?」
アリスと杏理沙が話していると、いつのまにかチルノと大妖精が近くまで来ていた。
「妖精は自然の具現。だから不自然な状況にある今貴方達もなんらかの影響を受けていると思っただけよ。」
「確かにいつもより調子はいいわね!氷がいつもより多く出せるわ!」
「やっぱり、早くこの雨を止めないといけませんね。」
チルノの様子を見てやはり早くこの異変を終わらせないといけないと感じた二人は紅魔館へ向かおうとする。
「おっと待った!このあたいを無視しようなんてどういう了見かしら!」
しかしそれをチルノが妨害してくる。二人の行先に氷を出現させ、進路を妨害してきた。
「貴方達と遊んでいる暇はないのよ。邪魔しないでくれるかしら?」
「いーや、もう二度と陸には上がらせないよ!みんな氷漬けにしてやるー!」
雨が降っているので、氷の元になる水がどこからでも生み出せるチルノは攻撃を仕掛けてくる。大妖精はいつのまにか避難しているようで、すでに離れた場所にいた。
「まったく。困ったものね。」
口にし、アリスはそのまま迎撃に移ろうとする、が。
「待ってくださいアリスさん、僕がやります。」
杏理沙がそれを止め、自分がやると言う。
「さっき霊那との決着もつかなかったし、不完全燃焼なんです。それに、アリスさんに僕のスペルも見てもらいたいですから。」
「……わかったわ。気をつけなさい。」
アリスはその案に乗ることにした。確かに先ほど霊那と弾幕戦をした時はあまりみることが出来なかった杏理沙の魔法。それを見ておきたかったのだ。
「あら?一人下がっちゃったけどいいの?」
「君のお友達も下がったでしょ?これで同等だよ。」
「ふふふ……いいわ。あたいはチルノ。あたいに倒される名前くらい聞いといてあげる!」
「それはどうも。僕は霧雨杏理沙。新米の魔法使いさ。」
「きりさめ?どっかで聞いたことあるような?……まあいいわ!目の前の強敵に震えるがいい!」
「……標的?どっちにしろ雨の中進んできて冷えてるんだ。寒いやつなんかに負けてられないんだよね。」
「なんかいろいろ間違ってるわよ!そう言う奴は、こう!」
向かってきた氷の弾幕を躱し、杏理沙はさらに上空へと逃れる。ついでに置き土産として魔力弾を打ち込みながら。
「雨も降ってるし、あのチルノって妖精は氷を操る。氷なら熱をぶつければいいんだけど、僕熱の魔法苦手なんだよなぁ。」
後方に迫っている氷の弾幕を避けながら呟く。そして合間合間に反撃をするも、通常の魔力弾ではチルノに届く前に凍らされてしまい、届かない。
「えらそうなこと言ってたけど逃げるだけじゃない!やっぱりあたいの方が強いわね!」
逃げることしかしてこない杏理沙に向かって毒づく。
「このまま一気に決めてやるぞー!あたい必殺!」
チルノが叫び、両手を上方へ掲げる。次第に氷が精製され、段々と大きくなっていく。
「氷符『アイシクルフォール』!」
宣言をすると当時に両手を振り下ろす。今までの弾幕とは違い、かなりの質量と速さ。その氷に杏理沙の体は吸い込まれ、押し潰されてしまった。
「……杏理沙!?」
チルノの弾幕の範囲外で見守っていたアリス。あの氷塊に飲み込まれていった杏理沙を見つめ、自身の対応の遅さに苛立つ。
「どんなもんだい!なんか調子もいいし、このままあんたもやっつけてやるー!」
チルノがアリスを見据えて言う。アリスがチルノに向かって怒りをあらわにしようとした瞬間、それは訪れた。
「残念。僕はまだやられてないんだよなあ。」
「へ?」
「急いでるから、ごめんね。魔符『シャッテンボーゲン』」
「のわー!?」
突如、先ほど押し潰された場所から黒い矢のようなものが数本、チルノへ向かって発射され、被弾。チルノは落ちていき、チルノがいた場所には、杏理沙が箒の上で帽子のつばに手を触れながら笑顔を向けていた。
「……ふう。うまくいった。ありがとう妖精さん。また今度ね。」
「杏理沙、あなた無事なの?」
杏理沙の元へ向かい問いかけるアリス。間違いなくあの氷塊に潰されてしまったと思っていたが、目の前にいる銀髪の少女に答えを求める。
「はい。見ての通りですよ。怪我もありませんし魔力配分もうまくいきました!」
そう、笑顔で応える。アリスは一瞬、その笑顔にたじろいでしまうがすぐに頭を切りかえ、質問する。
「一体何をしたの?あの氷塊に押しつぶされる前に。」
「えっとですね。あの氷塊を避けようとしたんですが、どうせなら驚かせようと思いまして。多分氷塊の影で見えなかったと思うんですけど、実はスペルカードを使ったんです。」
「スペルカード?一体どんな?」
「見せますね。操影『シャッテンプッペ』」
杏理沙がそれを唱えた途端、杏理沙の隣に黒い影が集まる。そしてそれは、瞬く間に杏理沙と同じ形をした物となった。
「アリスさんの人形魔法と、成美さんの生命操作の魔法を参考にして組み合わせてみたんです。僕の影を使って、僕の分身人形を作るスペルですね。実際にあの氷塊に潰されたのはこの影で、僕はそのまま煙に紛れてあのチルノの背後に旋回。潰された影を利用して矢を作ってできたのが、あの『シャッテンボーゲン』ですね。うまくいってよかったです。」
(魔法を組み合わせた……?魔法を習い始めて二週間程度のこの子が……!?)
そんなことはまだアリスは教えていなかったし、成美も同様だろう。おそらく目の前で笑っているこの少女は、自力でここまで考え、魔法が暴発することなく使用して見せた。
「杏理沙、その魔法、いつ作ったの?」
「あ、えっと……『シャッテンプッペ』の方は成美さんとアリスさんの魔法を教わってから一週間後くらいには。『シャッテンボーゲン』の方はさっき思いついたのでぶっつけ本番でやってみました。」
「ぶっつけ本番って、貴女……」
こう言うところは姉に似ているのかと、先ほどの驚きを上回る勢いで納得してしまった。この子の才能はアリスが思っていた以上のもので、おそらくこれから研鑽していけばさらに光るだろう。これは磨き方を間違ってはいけないと、アリスは気を引き締める。
「…まあいいわ。無事だったしね。さっきの魔法も良かったわ。貴女らしい魔法をしっかり考えて使っていることも分かったしね。」
「……はい!ありがとうございます!」
アリスに褒めてもらい喜ぶ様子は年相応の少女。この少女が道を誤らないように。自分も気をつけなければならない。
「さ、チルノ達は落ち着いたみたいだし、紅魔館へ向かいましょう。あ、でも休憩がいるかしら?」
「大丈夫です!早く異変を解決しないといけないですし、急ぎましょう!」
それを皮切りに紅の館へ向かう魔法使い二人。金の雨はそんな二人を隠すように雨足を強め、周囲のものを『緩めて』いく。