―雨降る空―
―雨降る空―
「一体何が目的なの?」
「あら、一体何がですの?」
巫女と魔法使い、霊那と杏理沙が上空で弾幕戦を行なっている中、アリスは紫に問いかける。
「私じゃなくて杏理沙をあの子と戦わせて、何が目的なのかと聞いてるのよ。」
「何も。ただ、身一つでこの幻想郷にやってきた霊那に、『友人』を作ってあげようと考えただけですわ。弾幕戦ならよりお互いを理解出来るでしょうし。あなたも、外から見るだけでも二人の様子が判るでしょう?」
変わらず扇子で口元を隠しながら答える紫。あくまでこの戦いはあの巫女、霊那のためだと。
「……そう。随分とお優しいことね。」
絶対それだけじゃないくせに、とアリスは思いつつ、これ以上の問答ははぐらかされるだけだろうと空を見上げる。
(杏理沙の弾幕は素直ね。あの子らしいわ。まだスペルカードを使っていないけど、どんなものを作ったのか楽しみね。)
未だ二人は通常弾幕のみで勝負をしている。お互いの手の内を探っているのだろう。
(それであの子。霊那ね。不思議な飛び方。それにあの子の弾幕は……)
アリスが初手で感じ取った霊那の弾幕は、『硬い』だった。霊夢のような、自由で搦め手を使ってもするりと抜けだしてしまうようなものじゃない。自らの思考に固まり、守ろうとするような。
「……あの様子じゃ勝負は決まったようなものね。」
「そうですわね。このままだと、おそらく霊那は負けるでしょう。」
アリスと同じように空を見上げていた紫はアリスに同調し、口元を隠していた扇子を閉じる。そして目を閉じながら続ける。
「そう、『このまま』ならの話ですが。」
「うわっち!今のは危なかったなぁ。」
飛来する弾幕をかすり(グレイズ)つつ、杏理沙は霊那の方へ向き直る。初めての弾幕戦だが、始まってみれば弾幕に使う魔力、飛行魔法に扱う魔力と、配分を感覚で掴み要領よく使用することができていた。自分でもここまで上手くいくものなのかと杏理沙は感じていたが、自分のイメージ通りに事が進んでいることを内心喜んでいた。
「それにしても、霊那も人間なのに、あんなに上手く飛べるなんてなぁ。博麗の巫女っていうのはすごいんだね。」
「おしゃべりしている暇があるなんて余裕ですね。」
背後。杏理沙はその声が聞こえた瞬間、前方上空へ大きく旋回しながらその弾幕を回避する。
「危な……!この、お返し!」
旋回途中で箒の後方から弾幕を発射、カウンター気味に霊那の方へ発射する。霊那もその場を蹴るように離脱し、一度距離を取る。
「そりゃ避けるよね。じゃあ次はちょっと魔力を込めて……行け!」
先ほどの弾幕より大きめの弾幕を打ち出し、自らは少々下降し弾幕を追従する。霊那が距離をとったその先へ杏理沙の打った弾幕が向かい、被弾するかに思われた霊那。
しかし霊那はその場の空を蹴り、その弾幕を避け(グレイズ)る。上空へ逃れた霊那はそのまま下方へと語弊を向け広範囲の弾幕を展開、自らの大きな弾幕の陰に隠れて下方を滑空していた杏理沙を捉え、打つ。
「わあ、バレバレだったか。っと!」
針状の広範囲弾幕の合間を抜きつつ、回避に専念する杏理沙。ここは耐えどきだ。下手に攻めに転じたら堕とされると感じた杏理沙は避けながら霊那の方へと向かっていく。
「……やりますね。このパターン、結構褒められたし自信はあったんですけど。」
弾幕を抜け切った杏理沙を目の前にした霊那は感嘆の声を上げる。
「……うん。僕も驚いているよ。まさかここまで『動ける』なんて。けど、それだけじゃないかな。」
杏理沙は今まで身体が強くなかったので、ここまで自分が激しい運動をしているのに息切れしていない事実に驚いていた。そして、霊那の動きの『硬さ』にも違和感を覚えていた。
「君の弾幕はなんというか、楽しそうじゃない。いや、楽しもうとしていない……?」
「勝利するためです。楽しむなんて……!」
「やっぱり。そんなんじゃダメだよ。弾幕は自分を表すもの。そして弾幕戦は、それを相手に表現するものだって、僕は教わった。そんな弾幕じゃ、相手を納得させられるはずがない。異変の解決なんてできないと思うよ。」
霊那はこれに言葉を返さず。ピタリと動きを止める。
「あなたに……なにが……!」
俯き、小さく震えながらこぼす一言。ポツリと呟いたと同時に、霊那の思いと同調するように少しずつ雨が降ってきた。
「わからないよ。何も。まだ会ったばかり出しね。でもこれから知っていけばいいんじゃないかな。年も近そうだし僕も君のことを知りたいしね。」
降ってきた雨に当たらないように、帽子の鍔に手をかけながら杏理沙は言う。実際杏理沙が家を出てから交流していたのはアリスと成美が多くを占めていた。年齢の近い子に会えて嬉しい気持ちもあるのだろう。
「……あなたと私では覚悟が違います。」
「それは僕のことを知ってから言ってくれないかな?何も知らないままそう言われるのは流石に気分は良くないかな。」
会話をしているうちに、小雨だった雨足も少しづつ強くなってくる。相対した二人は視線を交わし、懐から同時にカードを取り出す。
「「スペルカード!」」
「夢符……」
「魔符……」
二人同時にスペルカードを取り出したが、その後二人の動きは止まった。二人同時に、口に出す。
「服の動きが……ゆっくり?」
「箒の穂の動きが……遅い?」
それぞれの相手の「動き」について違和感を覚える。霊那の服巫女は袖部分が長い。腕を振ればそれに応じて袖部分が揺れるが、その揺れ幅が明らかに自然な速さではなく、「ゆっくり」になっていた。同様に杏理沙の箒の穂の部分。こちらも杏理沙が動けば穂先が揺れる。小さい変化だが、こちらも同様に穂の揺れ幅が「ゆっくり」になっているのを霊那は見逃さずにいた。
「「…………。」」
杏理沙は帽子に手をかけ、霊那は御幣を手前へ出す。そしてそのまま、両者ともに手に持っていたものを、落とす。
重力に逆らうことは出来ず、帽子も御幣も落下していく。とても、ゆっくりと。手放したものが自分の足元の位置よりしてへいく前に、余裕を持ってそれを掴むことができるほど。
「……提案があります。」
「奇遇だね。僕も考えてたことがあるよ。」
杏理沙は帽子を被りなおし、霊那は御幣を持つ手を下げつつ言う。
「けど、とりあえずアリスさんたちのところに戻ろうか。雨も降ってるしね。」
「わかりました。紫さんの意見も聞きたいので降りましょう。」
霊那と杏理沙が宙から神社の縁側へ降り立つ。その先には雨宿りをしているアリスと紫がいた。
「紫さん、これは……」
「アリスさん!これって……!」
それぞれの問いかけ。答えたのは妖怪の賢者、八雲紫。
「……『異変』ですわね。」
やっぱり、と霊那は顔を怖立たせ、杏理沙も真剣な表情となる。
「よくあの戦い(弾幕ごっこ)の最中に気付きましたわね。驚きました。しかしまさか、霊那がこの地に降り立った日にこんなことが起きるなんて。」
「……あなた、狙っていたんじゃないの?」
アリスは紫の方を目を細め見る。あまりにも都合が良すぎると。この『異変』すら、この妖怪が何か関係しているのではないかと。
「いくら私でも、このようなことはしませんわ。自ら幻想郷を陥れるなど……!」
紫の表情は厳しい。少なからず怒気が混じっている。アリスはそう、と零し続ける。
「そうだったわね。あなたが理由なく幻想郷を危険に晒すことは考えられない。悪かったわ。」
基本的にアリスは紫のことを信じていない。しかし紫が幻想郷にかける思いは理解している。先の言葉も本心だろうと感じたアリスは素直に謝罪の言葉を口にする。
「気にすることはありませんわアリス。しかしこの『異変』。今のところ生物には効いていないみたいですがそれもいつまで持つか。」
現在は「物」の動きがゆっくりと動く程度だ。現に杏理沙たちは普通に動いている。しかしそれがこのまま続く保証はない。
「原因の目星は付いているけれど、問題はなぜ、こうなったかね。」
「それはわからないですが、こうなった以上……『異変』が起こった時は。……分かっていますわね?霊那。」
「もちろんです。それが博麗の巫女の役目ですから。」
霊那は紫の方へ顔を向け頷き答える。
「原因はこの雨、ですよね。弾幕ごっこをしている最中から降り出したこの雨に濡れてから動きが遅くなりました。そして、あの色。」
霊那の視線の先には水たまり。降っている雨の色は透明だが、地面に溜まった水たまりには、金色に輝いている。
「アリスさん、この雨、魔力が混じってますよね?」
「正解。よく分かったわね。おそらくこの魔力の持ち主がこの『異変』を引き起こした張本人ね。」
アリスと紫もここまではいち早く気づいていた。そして、ここからどうするか、二人の行動を見ている。
「……私は動きます。雨が降り始めた方向にいけばそのうち見つかるでしょうし。」
霊那は言い残し、そのまま宙へと飛び出そうとする。が。
「待ってよ!ここは協力して……」
杏理沙が霊那を引き止める。霊那は振り向かず背中越しに。
「……そうだ、さっき言った提案ですけれど、異変を先に解決することで、先の戦いの決着にしましょう。」
その言葉を放った直後に、霊那は飛び出して行く。
「な?ちょっと霊那!言い逃げはずるいよー!」
杏理沙が叫ぶも、もう霊那は宙の先。戻ってくる気配もない。
「いいの?紫。」
「構いません。あの子がそう決めたのなら、それも一つの決着ですわ。」
さて、と咳払いを一つし、紫は自身の能力でその『境界』(スキマ)を開く。
「霊那が動き出した以上、私は見守ることとします。『異変』は博麗の巫女の手によって解決されなくてはなりませんから。」
言い終えた時には、すでにその姿は無く。
「……ほんと、厄介な相手。」
すでにいない相手を頭に浮かべながらこぼすアリス。そして、今自分はどうするべきかと考える。
「杏理沙、あなたはどうするの?」
「当然、この異変を解決しますよ。このまま魔力の溜まった雨が人間の里に行った時、何もなければいいですけど、普通の人に害が無いとも限らないですし。」
それに、と続ける。
「霊那には負けたく無いって思っちゃうんです。決着もちゃんとつけないといけないですし、霊那の弾幕、きっともっと素直になれる気がするので!」
その表情は笑顔で、楽しそうに。杏理沙はすでに霊那のことを友人だと思っている。短い間だが、弾幕ごっこをして、そう感じていた。
「……そう。あなたの決めたことだから私は口出しはしないわ。でも、私もいっしょに行こうかしら。まだまだ危なっかしいからね。」
「アリスさん……!心強いです!で、早速聞いていいですか?」
「何かしら?」
「行く方向、魔力を辿ってみたんですけど、あっちでいいでしょうか?」
杏理沙が指さした方向は霊那が飛び去った方向。その先にあるのは……
「……ええ。私も辿ってみたけど、方向はいっしょね。あっちには霧の湖があるわ。まずはそこまで行っていましょう。」
「はい。よーし、霊那には負けないぞ!」
そして杏理沙とアリスも空へと飛んでいく。時は夕刻、天候は雨。行く先に待ち受けるものは……