―博麗の巫女―
―博麗の巫女―
「はじめまして。私はーーー」
「ちょっと紫!どう言うことよ!」
目の前に現れた博麗霊夢とは違う少女。その格好は巫女装束そのもの。まるで、博麗霊夢がいないから次の巫女になった……という風に。
「どういうも何も。目の前にあることが現実ですわ。博麗の巫女の長期不在が幻想郷に与える影響は大きい。そのためのその子です。」
八雲紫は幻想郷における調整役の位置にある。その力、そして幻想郷を創った者として、博麗の巫女の不在はこれを害するものと判断、次代の巫女を選出するのも彼女の役割。そこに個人の意思は介入することはない。
「あなたは……!霊夢をなんだと……!」
「霊夢がいなくなったのは残念ですが、博麗の巫女の不在はこの幻想郷全体の問題になります。今日から、この子が博麗の巫女ですわ。」
紫の表情は冷たい。彼女は個人の意思が介入することはないと言った。幻想郷を存続させるために動いている自分が、感情に左右されることがあってはならない、と。
「アリスさん……」
杏理沙の口から溢れる、師の名前。呼ばれた本人は紫に怒りの目を向けながら今にも飛びかかりそうな雰囲気だ。アリス自身、ここまで自分が感情を揺さぶられるとは思っていなかったのだろう。『魔法使い』となったアリスは、普通の人間より寿命をはるかに長く得た。親しい者との別れも、いずれやってくるのであろうと。覚悟はしていたつもりだったが初めてのことに普段冷静でいられる自分を見失ってしまっているようだ。
「……貴女の気持ちがわかる、とは言いません。しかし落ち着いて下さい、アリス・マーガトロイドさん。」
発したのは巫女の少女。不思議とその言葉は、アリスを惹きつけ、冷静にさせた。
「……私の名前を知っているのね。」
「はい。幻想郷に来るに当たり、土地のこと、そこに住む人、妖怪という存在、様々なことを教えてもらいました。あなたのことも聞いています。」
巫女の少女はアリスの方へ歩みながら語る。
「主には紫さんから伺いました。そして、先代様である霊夢様にも。」
「霊夢から!?ということは、あなたは霊夢に会っているのね!?」
「はい。しかし霊夢様のことはお話できません。今まで霊夢様と親しくしていた方々には申し訳ないですが……」
目を閉じ、頭を下げながら言う目の前の少女に、アリスはたじろぐ。急に霊夢の次の巫女だと言われてやってきた少女。そして目の前で頭を下げる彼女の気持ちも、聡いアリスは容易に想像できてしまったから。
「……あなたに対して浅慮だったことは謝るわ。でもそれなら霊夢のことを教えて頂戴。どうせそこにいる紫に聞いても何も答えてくれないでしょうし。」
「あらあら、もしかしたら答えるかもしれませんわよ?」
「紫さん、話がこじれるので少々お静かに。」
あら残念、と全く残念なそぶりも目せずにおどける紫。紫とこの巫女少女の関係はそこまで悪くはないみたいだ。
「アリスさん、先ほども言った通り、あなたにお話できることはありません。申し訳ないですが、これから私が今代の博麗の巫女となります。」
「どうしても、かしら?」
「はい。」
アリスは目を細める。目の前にいるこの少女の決意は固い。しかし、こちらも黙って引き下がるわけにはいかないと。やっと見つけた手がかりなのだと。気付けば、アリスの手には複数のカードが握られていた。
「あなたが紫や霊夢から幻想郷のことを聞いているのなら、この意味がわかるかしら?」
「……スペルカード。弾幕ごっこですか。」
「ええ。あなたの思い、そして覚悟。同時にこれで見極められるわ。これで私が勝ったら霊夢のことを聞かせてもらう。負ければこれ以上私からは何も問わないわ。」
かつて博麗霊夢が八雲紫らとともに作り上げた『スペルカードルール』。己の技の美しさを魅せ合い、勝敗を決める、通称『弾幕ごっこ』。これを通して、過去博麗霊夢や霧雨魔理沙は『異変』を解決してきた。
「わかりました。それで、あなたが納得するのであれば。『博麗の巫女』としてその勝負、受けましょう。」
巫女装束の少女も数枚、カードを懐から取り出す。
「お待ちなさい。」
一触触発の場で発せられたその言葉。
「紫さん、止めないで下さい。ここはこうしないと収まらないでしょう。」
制したのは八雲紫。
「そうよ。今更止めようなんて……」
「弾幕ごっこで決めるのは止めませんわ。しかし、相手がアリス、あなたであることは認めません。」
「あなたにそんなことを言われる筋合いは……」
「そうですわね。たしかにその通りですわ。ですから これはわたくしの勝手な『お願い』ですわ。あなたがその子と戦うのであれば、代わりにわたくしが相手をしますわ。」
滅多に動かない紫だが、相当の実力者であることは事実。この場にいる誰よりも強力な力を持っているだろう。そしてアリスは、そのことをよくわかっている。故に、アリスの回答はこうなる。
「何が『お願い』よ。命令の間違いじゃないの。」
アリスは基本的に実力差のはっきりわかっている勝負はしない。アリスは八雲紫と戦っても、『負けはしないだろうが、勝つことはできないだろう』と考えている。先ほどの条件だと、勝たないと霊夢のことはわからない。故に、アリスは握っていた拳を脱力させる。
「そんなつもりはないのですけれどね。」
紫はそんなアリスの思考を読みつつ、先の発言をした。こう言えば、アリスは引き下がるだろうと。
「しかし、双方引き下がらないのはたしかですわね。だから、アリスが相手ではなく……あなたならばいいですわよ?」
あなたなら、と持っていた扇子をある人物に向ける。
「え?……僕?」
その先にいるのは杏理沙。突然自分に注目が集まり、目を何度も瞬かせる。
「そう、貴方なら先の条件で手を打つわ。」
「戦うのは私なんですが……。まあいいです。アリスさんとも戦ってみたかったのですが。」
巫女の少女はどちらにしろ勝たなくてはいけませんから、と杏理沙の方を見る。
「ちょ、待ちなさい。この子はまだスペルカードも持ってないし弾幕戦もやったことないのよ?それをいきなり……!」
「ううん、アリスさん。僕やるよ。」
反論するアリスの言葉を遮り、杏理沙は口にする。自らが戦うと。
「あなた、さっき初めて飛行魔法を使ったばかりなのに、それにスペルカードもまだ持っていないじゃない!」
「……実はスペルカードはあるんです。アリスさんと成美さんが弾幕ごっこをしてる間に思いついた魔法をスペルカードにしてあって。それに、今までお世話になった分、師匠であるアリスさんの役に立ちたい。だから……!」
スカートのポケットからカードを出し、その目を巫女装束の少女に向ける。その表情は、いつか見たあの魔法使いののようで。
「……はあ。ほんと、成長していないのは私の方かしら。……危なくなったら止めるわ。こんなに早くあなたの弾幕(魔法)を見ることになるとは思わなかったけど、頑張りなさい。」
アリスは結局、自分を師と呼んでくれるこの少女に任せることにした。誰にでも初めての経験はある。弟子の初陣をその目で見ることを嬉しくも思いながら、ものを教える立場というのはこんな気持ちなのかとざわついていた。
「それじゃあ、僕が相手になりますよ。僕が勝ったら、霊夢さんについてアリスさんに話してもらいますよ。」
アリスの側から離れ、紫と巫女少女の方に歩み寄りながら話す。
「いいでしょう。この子が負けたら知っていることは語りましょう。……いいわね?」
「……それで双方気持ちに収まりがつくのであれば。」
では、と巫女の少女は距離を置く。杏理沙もそれに習い、箒を握りしめ少女から距離を取る。
「では、拝見させてもらいますわ。『新しい息吹』が、どれほどのものなのか。」
目細め、口元を扇子で隠し呟く紫。その瞳に映っているものは何なのか。それは彼女しか知り得ない。
「緊張するなあ。君も弾幕ごっこは初めて?」
「そうですね。練習以外では初めてですよ。」
距離をとった二人だが、会話する分には十分な距離だ。杏理沙は思わずこれから戦う相手に語りかけていた。
「そっか。じゃあ初めて同士、頑張ろうね。」
「あなたは……いえ、何でもありません。それでは始めましょう。」
「えっと、気になるけど……うん、終わった後に聞こう。緊張もしてるけど、早くやってみたい気持ちもあるし。」
あ、でも待ってと、巫女少女の動きを止める。
「何ですか?」
「自己紹介をしていなかったと思って。君の名前も聞きそびれちゃったし。」
巫女少女の名前を聞く前にアリスが紫に問い詰め、名を聞けぬまま話がすすんでしまった。これから戦う相手の名前も知らぬままというのは、杏理沙にとってもいいものではなかったのだろう。
「そうですね。では……」
「ああ、待って。言い出しっぺは僕だし、僕からね。」
こほん、と咳払いする杏理沙。巫女少女はため息をつきながら手のひらを杏理沙へ向ける。
「僕の名前は霧雨杏理沙。最近魔法デビューした……新米魔法使いだ!」
箒を前に、帽子のつばをあげながら宣言する。そして次は君だよ、とその目を巫女少女に向ける。
巫女少女はもう一度小さくため息をつき、持っていた御幣を目の前に、そしてその目を杏理沙へ向ける。
「……本日より先代、博麗霊夢様に変わり、今代の博麗の巫女となりました。性は受け継ぎ『博麗』。名は『霊那』。博麗霊那です。博麗の巫女として、あなたに負けるわけにはいきません。お覚悟を。」
霊那がそう宣言をした後、同時に二人は空へと翔けていく。これから長く付き合っていくであろう二人の、初めての弾幕ごっこが始まった。軍配はどちらに上がるのか……。