第9話 トイレ少年
ブクマが意外と増えてたので、投稿を早めることにしました。
ありがとうございますm(__)m
俺が大人の務めとして、がきんちょ共に説教してやると、ふたりの高校生は不機嫌そうに振り向いた。
「なんだ?ガキじゃねぇか。悪いけど今取り込み中だからどっか行け」
「おいおい、そんなんじゃ通じねぇって。……ボク、迷子なのかな?ママはたぶんおしょとにいるから、そこから出ようね?」
ピキリ──。
…………ほぉ~、上等じゃねぇか。
「この俺に漏らせっつうのか!この、くそガキどもッ!」
バコン──バコン──。
特大のたん瘤を作ったふたりのがきんちょは、俺の前で伸びている。
ふぅ~、良い仕事をした。
この程度の相手なら、微弱な身体強化で事足りるな。
「さて、邪魔はいなくなったし……」
俺が立って用を足していると、左からめっちゃ視線を感じた。
あえてその視線を無視していると、意外にもそいつは話しかけてきた。
「……あのふたり、君がやったの?」
俺は、変な所に飛びそうになるのを微調整しながら、一応話に乗ってやる。
「だったらなんだ。まさか、助けてくれてありがとうとか言うんじゃねぇだろうな?こんなのは一時に過ぎないぞ。もしそんなことを思ってる暇があったら、強くなる努力をしろ」
俺がそう言うと、しーーんと無言の時間が流れる。
逆に、俺から流れていた方は止まった。
「……………わかってるよ、そんなことは。でも、僕は運動オンチなんだ。努力もそれなりにはしてるけど」
「ちげーよ」
「……うん。全然努力が足りないって言うんでしょ?でも、才能ってあると」
「だから、ちげーっつってんだろうよ」
「え?」
俺がズボンを上げつつ、少し語尾を強めて言うと、呆けたような問いが返ってきた。
俺はなおそいつに視線を向けることなく言う。
「誰が、力が強くなる努力をしろっつったよ。俺が言ってんのは、心の方だ。お前……趣味とか興味あることとかあるか?たとえ苛められたってガチで守りたいもんはあるか?」
「それは…………」
「人は何か大切なものを守るとき強くなれる、なんてくさすぎることは言わねぇよ。だが、あるのとないのとじゃ、やっぱりかなり違うぜ?」
「…………………」
そいつは何かを考え込んでいるのか、何も言葉が返ってこなくなった。
俺は手を洗ってから、ドアの前で振り返って初めてそいつの顔を見た。
傷だらけな顔だが、必死に何かを考えているような俺が抱いていたイメージより若干良い表情だった。
「フッ、あとは自力でどうにかしろ。そんで、面白おかしく生きろ、若人よ」
俺は最後、ちょっとだけ格好つけてトイレを出た。
「ノリで言っちゃったけど、俺が人生のアドバイスとか……なんか背中かゆいな……」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「ママ、おまたせー」
「随分遅かったわね。なんかあったの?」
「ううん。ただちょっと目障りなハエを凝らしめてて」
「あら、そうなの~」
今日の朱美は本当にご機嫌だ。
何を言っても笑っている。
「祐也祐也、ちょっとあのパンダの横に並んでくれ」
恭介が、檻の中で笹をムシャムシャ食べているパンダを指指して、そう言ってきた。
俺とパンダのツーショットが撮りたいらしい。
「うん、わかった」
パンダの檻の前でピースする。
恭介は、「お、いいね」とか言いながらパシャパシャ撮ってくる。
モデル撮影のカメラマンかっ!
その後も、朱美に手を引かれながら、色々な動物を見て回っていった。
空が薄暗くなってきて、園内の道順に沿って出口へ到着すると、右端にお土産売り場があったので寄ることにした。
店内に入ってお菓子コーナーを物色する。
泉や大悟にお土産を買っていかないと。
「パンダのクッキーか。これにするかな」
商品を掴んで、恭介が持っている籠に入れる。
恭介は、それに気付かずに棚に並んでいるパンダのカチューシャを食い入るように見ていた。
何を見てんだ?このオヤジは……。
「祐也に似合うなこれ」
俺は、悪魔の呟きを拾った。
コスプレなんぞごめんだとばかりに、俺はすぐに離脱しようとして踏みとどまった。
──待てよ?こういうのめちゃめちゃ似合いそうなやつがいるじゃん。
「パパ、それ泉に買っていってもいい?」
カチューシャを凝視していた恭介は、虚を突かれたのか「あ、あぁ」と言っていた。
絶対俺にそんなの付けんじゃねーぞ?
ついでに、玲華と雅にも適当なぬいぐるみを買っておく。
あっしーたちは、さっきのクッキーでいいや。
余分に買ったしな。
恭介が会計を済ませ、店を出ようとしたら、後ろから誰かに呼び止められた。
誰かというか、まぁ聞き覚えのある声だったので、俺に向けての言葉だというのはわかった。
振り向くと案の定、トイレ少年だった。
名前は知らないので、たった今命名した。
「あっ、さっきのトイレにいた人!どうかしたの?」
俺の可愛い子供言葉に、トイレ少年は口を半開きにして唖然としていた。
仕方ないだろ、恭介も朱美もすぐそこにいるんだから。
「祐也、知り合いか?凄いなー。そうかそうか。俺の子供は社交性もあるのかー」
なんかひとり興奮しているオヤジは無視だ。
「祐也、ママたちは外で待ってるわね。ふふ」
気を利かせてくれた朱美に頷く。
意味深な微笑みが少し怖かったが。
ふたりが店を出ていったのを確認した俺は、ため息をついてトイレ少年に向き直る。
「で?俺に何の用だ?」
「あっ、やっぱり、さっきの"君"だ。びっくりしたよ、人違いかと思った……」
「両親がいる前で話しかけてくるお前が悪い。で?さっさと用件を言え」
早くクッキー食べたい。
小腹すいた。
「いや、見かけたから………」
「そうか。じゃあ、またな。もう会うこともないと思うけど、まぁ頑張れ」
俺がそう言って踵を返そうとすると、トイレ少年は突然大声で呼び止めてきた。
「待って!!」
「なんだ?」
「………僕、見つけるよ。見つける。死んでも守りたい何かを。必ず」
「そうか」
トイレ少年は真剣な表情で訴えてくる。
こいつ単純だなーと思ったが、まぁ良いことなので黙っておく。
今度こそ踵を返して、俺は店を後にした。
「………きっと神様が乗り移った子供に違いない……いつか絶対恩を返しにいきます」
少年の呟きは、店内の雑踏の中に溶けて消えた。
トイレで伸びていたふたりのがきんちょは、直近の記憶がなくなっていたとか………。