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第65話 動き出す闇

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 都内にある53階建ての高級ホテルに、一人の女性が足を踏み入れた。深い紫のドレスに身を包んだ長身のその女は、女神のような微笑みを浮かべながら、楚々とした所作で受付へと向かう。

 明らかに別格のオーラを纏っており、社会的地位の高い人々が集うこのホテルにおいても、その姿は周囲の視線を釘付けにした。


 受付にて軽く言葉を交わしたその女は、コンシェルジュに案内されて目的の部屋へと向かった。


「失礼いたします、吾川(あがわ)様。麻美(まみ)です」

「おぉ、よく来た。入れ入れ」


 宿泊客の男は顔を廊下に出すことなく、扉だけを開けて迎えた。そのまま女の腕を掴み、やや強引に部屋の中へ引き入れる。そして、挨拶もそこそこに、彼は女──麻美をベッドに押し倒し、舌なめずりした。


「仕事が長引いてな。今日もお前の身体で癒してくれ」

「はい。でも、まずはお風呂に入りませんか?」

「いや、もう待てん!」

「わかりました。吾川様のお好きなように……めちゃくちゃにしてください」


 荒い息を吐く男の手が、ドレス越しに麻美の胸へ伸びた───





 男の荒い吐息と、微かに軋むベッドの音が、静寂な一室に響いていた。

 やがて、麻美は静かに目を閉じたまま、男の胸に頬を寄せる。


「ほんの少しでも、癒せたでしょうか」


 男は何も答えず、満足げに腕の中の彼女を抱きしめた。だが暫くして男の腕がだらんとベッドに落ち、力が抜けたかのように全身がゆっくりと沈み込んだ。閉じた瞼の奥からは生気がすっと消え、幸せそうな顔で永遠の眠りについたのである。



 ベッドの上でうつ伏せに横たわる男を尻目に、麻美は来た時とは別の服を着ながらスマホで電話をかけた。


「あ、私。予定通り、()()の処理よろしく~」


 男と接していた時のやんわりとした声とは全く違う軽い口調で、電話の相手に告げた。


『了解です。若い衆を数人待機させているので、姐さんはいつでもお帰りになって大丈夫です』


 低くて渋い男の声が、スマホを通じて麻美の耳に届く。


「えぇー、柴宮じゃないの?若いので平気?」

『できる奴なので問題ありません。ヘタな奴を姐さんの仕事に関わらせるわけにはいきませんからね。柴宮の後任を任せるに足る奴ですよ』

「そ。アンタがそう言うなら信じるけどね。でももしミスったら……」

『ハハ、俺が姐さんの期待を裏切ったことがありましたか?』

「フン、私にそれだけの口が聞けるのは十殺傑(じゃけつ)以外だとアンタぐらいよ、黒渕」

『恐れ入ります。あぁそれと、柴宮の奴には例のシノギを任せまして。なんでも、()()のが見つかったとかで、明日事務所まで顔出せますでしょうか』

「へぇ、それはそれは。とっても楽しみ♡……がっかりさせないでよね~」

『俺が姐さんの期待を裏──』(プツン)


 麻美は相手の声を遮るように通話を切った。その際の彼女の表情は、ホテルのエントランスで見せたような柔らかい笑顔とは真逆の、実に恍惚とした笑みを湛えていた。

 その後、軽く身支度を整えると、何事もなかったかのようにその部屋を後にした。



 ホテルに来た時のドレス姿とは全く異なる装いのため、客はおろかスタッフにも同一人物だと見抜かれることなくエントランスを通り過ぎて外に出た。

 すると丁度よく、ホテルの重厚な車寄せに、場違いな小ぶりで丸いフォルムの黄色い車が低く唸るエンジン音を残して停まった。


 麻美は、その車の運転手を視認すると、小さく溜息をつき、足早に後部座席に乗り込んだ。すぐに発進した車内で、運転手の女が軽いトーンで麻美に話しかける。


「なんやねん、今の溜息は。うちがわざわざ迎えに来てやったゆうのに。ありがとうの一言も言えんのかい。ほんま面倒いわ。せっかく蜂崎の座に着いたっちゅうのに、なんで同じ幹部の面倒まで見なあかんねん……聞いとるん?()()。って、何外ばっか見とんねん!」

「あぁ、うるさ。別に頼んでない」


 麻美、もといコードネーム:御島(みしま)は、砕けた感じで言葉を放り投げつつ、この相手と会話なんてしていられないとばかりに懐からお気に入りのエロ本を取り出し、ページをめくった。可愛い男の子が成人女性に襲われる様子を描いた表紙からは、この女の趣味嗜好が読み取れる。

 車のルームミラー越しにジト目で御島を睨むと、今度は運転手の女──蜂崎が軽く溜息をついた。


「ま、ええわ。そんなことより、次の仕事の話や」

「…………」

「指令状は後で渡すけど、今回のヤマはかなりデカい。失敗は許されんっちゅうやつや」

「……あ、私それパスで」

「はぁ~?」


 運転中にもかかわらず、苛立ちを隠しきれない蜂崎は懐から拳銃を抜き、流れるような動作で銃口を後部座席の御島へ向けた。


「これは組織──SEGRETO(セグレート)の命令なんやで?それを拒否すれば、御島といえどペナルティは重いはずや。最悪処断も有り得るし、なんなら、うちがここで弾いたろか?」

「フフ、ほんとに桜耶(さくや)ちゃんの忠誠心は高いね。すっかりあの男の駒になっちゃって」

「っ、その名前はもう捨てたんや。それに、逸核の強さはホンモノやで。あまり勝手しないことや」

「忠告どうも。それじゃあ、私からも一つ。人を殺すことも脅すこともできない銃なんてただの玩具でしょ」

「……?」


 そう言って、御島は向けられている銃口を鬱陶しいハエでも追い払うかのように掌で押し返すと、蜂崎はわずかに肩をすくめ、銃を引く他なかった。


「私を殺す権限が桜耶ちゃんにはないってこと」


 そう言って薄く笑った御島は、また手元のエロ本を読み始めた。実に恍惚とした表情でそれを読んでいる姿は、幹部に成り立てでまだ付き合いの浅い蜂崎にとっては理解し難いものだった。


「じゃあ、今逸核に連絡とってもええ?」

「ご自由に~」


 逸核は組織最強の暗殺者。

 ボスから最も信頼を得ており、組織の幹部を意味する十殺傑の生殺与奪の権すら握っている男だ。蜂崎にとって、この世で殺すことができないと思っている2人の人間のうちの一人であり、だからこそ逆らえない相手でもある。

 つまり、最重要任務を断られたこの状況で判断が付かない時、蜂崎が連絡を取る相手は彼しかいない。


「御島殺してもええ?」

『……なぜそうなる。いや、もしかして例の指令を断られでもしたか?』

「せや。組織の指令を拒否っておいて、楽しそうなんがムカつくねん」

『フッ、御島らしいな。大方、例の趣味が捗っているんだろう』

「例の趣味……?」


 電話しながら、蜂崎はルームミラー越しにチラッと御島の方を窺う。


「このエロ本好きのことかいな?」

『いや、御島がヤクザを使って裏で行っている遊びのことだ。まぁ、いい。御島に変わってもらえるか』


 蜂崎はなんの事かさっぱりわからないが、逸核に促されるまま無言でスマホを御島へ差し出す。少しだけ不貞腐れた様子だ。そんな感情が表に出やすい蜂崎のことを、「この子はほんとにわかりやすい」と内心呆れつつ、御島はスマホを耳に当てた。もっとも、視線は相変わらず手元のエロ本に向いている。


「なんか用?うん、あぁ、そうね」


 蜂崎からしたら、さすがに御島が話している声しか聞き取れないが、彼女の表情に変化はなく凄く面倒くさそうに見えた。だが次の瞬間、超一流の暗殺者である蜂崎でさえ背筋がゾクッとするような深い笑みを浮かべ、ワントーン高くなった声で電話相手の逸核に告げる。


「……そう!今から楽しみで仕方ないわけ」



 それから、また面倒くさそうな顔に戻り、一言二言言葉を交わした後、スマホが蜂崎の元に戻ってきた。


『御島は今回の指令から外す。幸い、手は足りているからな』

「なんでや」

『今日御島が殺ったターゲットは、政治部記者・吾川敏郎だ。そいつから、次の任務の成功率を上げるとある情報を引き出してくれた。これではさすがに文句は言えん』

「それは……」

『フッ、御島はあぁ見えて悟盗に次ぐ情報収集のスペシャリストだ。殺しの腕はともかく、駆け引きでお前が出し抜ける相手ではなかったな』

「ふんっ、別にええわ。ペナルティがないならうちには関係あらへんし。後から文句言われんのが鬱陶しいだけや」


 投げやりに言い残し、蜂崎はプツリと通話を切った。そして、ふとした好奇心から御島に尋ねた。


「ところで、ヤクザつこうてやってる裏の趣味ってなんや?」

「さぁね~」


 と、空返事をされて、また苛立ちを覚える蜂崎であった。




とりあえず、次のお話のためにもう忘れているであろう面々を出しました。この組織のことは中途半端だったし……。

参照:33話~36話辺り


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33話〜36話って何年前だこの話をリアルで覚えている人がいるのだろうか。
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