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第64話 再会と選択

 

 私たちは1匹の悪魔と戦っている。

 受肉しており、凄まじい強さを誇る。でも、形勢は五分五分に見えた。奴があれを取り出すまでは。


「フッ、良い機会だ。邪神より授かったこの結晶を試してみよう」

「…何……?」


 その悪魔が掲げた拳ほどの大きさの結晶体が、魔力に反応して光り出した。そして、それの体積に見合わないような膨大すぎる魔力の奔流が、辺り一帯を埋めつくしたのだ。


「な……に……この魔力………」

「ハハハハハ!こいつはすげぇ!これが邪神の魔力!こんなもの人間如きが防げるわけねぇなっ!」


 邪神討伐戦に参加していた人たちから聞いたことがあった。邪神が放つ桁違いの魔力の渦は、神法・御死罹素(オシリス)と呼ばれ、飲み込んだ対象の魔力を根こそぎ消失させる。魔力が空っぽになっただけでは人は死なないけど、悪魔に少し小突かれた程度で死ぬような貧弱な体に成り下がってしまう。


 でも、幸いにして、キエナと康太君は離れたところにいるからこれの直撃は受けないで済む。それだけでも良かった。もう仲間を失うのはごめんだから。


「………あぁ。私、もう一度会いたかったよ。お母さん」


 私はその場に立ち尽くし、空を見上げる。そんな時だった。後方から物凄いスピードで迫ってくる人物の気配に気付く。


「フィーちゃ──ん!」


 そして、気付いたとほぼ同時に、フィーちゃんの手加減なしの蹴りが私の脇腹にクリーンヒットし、大きく吹き飛ばされる。物凄い痛みと衝撃に顔を歪ませながら向けた視線の先には、今まで見たこともないような輝いた笑顔で、虚空を見つめているフィーちゃんの姿があった……。




 ……。

 …………。

 ………………。


「フィーちゃんっっ!!」


 ──ガバッ!


 目覚めると同時に、思いっきり上体を起こす。


「いぎっっ!!!?」


 だが、その途端、雷でも落ちたかのような激痛が全身に走り、ガクガク震わせながら硬直してしまう。私は訳が分からないまでも、目の前の景色に意識を向ける。ここは集落で借りている私の部屋だ。今まで寝ていたみたいだけど、寝る前のことが全く思い出せない。


「っ!?──な、なに?あたまも……いったぁっ」


 なぜか鈍器で殴られたような酷い頭痛がする。身体も重くて少し身動ぎするだけでとんでもない激痛が走る。まるで全身が重度の筋肉痛になったかのようだ。


「なんか、前にもこんなのあったような。うぐっ、あの時より数段酷いけど」


 ……だめ。今動くと死ぬ。そのまま10分以上はその態勢を維持していたけど、さすがに腰が疲れてきて限界だった。なので、そ~と慎重に体を横に倒すことにした。しかし──


「ぴゃぎっっ!!!??」


 少し腰を捻っただけで、今まで自分でも聞いたことのないような素っ頓狂な声を漏らし、横にバタリと倒れる。その際の衝撃でまた激痛が走る。この繰り返しだった。


「え……これ、、まじやばい。ちょ、ちょっと!キエナ、いないのー?キエナーー!!」


 ここはルイーゼさんが魔法で建てたという宿屋だ。隣の部屋はキエナが借りているので、そっちに向けて精一杯声を張り上げた。すると──


「もしかして、目覚ました?」


 扉の外、廊下の方から声が聞こえた。

 女性の声だったので一瞬キエナかと思ったが、全然違うことに気づく。全く聞き覚えのない声だ。でも今の私はそれに縋るしかない。


「ご、ごめんなさい。ちょっと手を貸してもらえるとありがたっぐっ……いんですけど」

 ────バンッ!


 思いっきり扉を開けて部屋に駆け込んできたのは、あっちの世界で馴染みのある学校の制服を着て、ここの人たちとは清潔さが段違いの青髪の少女だった。


「…………へ?」

「唯ちゃん!」


 あまりの衝撃に、私の思考は停止した。

 成長していてもしっかり面影は残っているから、この少女が誰かすぐに気付いた。でもありえない。だって、ここにいるはずがない。彼女はあの時、この世界に私たちが転移させられたあの日、風邪で学校を休んでいたのだから。でも、でも──


「……あお、い?」

「唯ちゃんっ!!」


 かつての引っ込み思案な葵からは想像できないような大声を出して、ガッと力強く抱き着いてきた。その綺麗な瞳には涙が溢れている。


「ごめんね、唯ちゃん……ごめんね……」

「……なんで、葵が謝ってるの?」


 強く抱き着かれて身体中が激しく痛みを訴えているけど、それを気力と根性でねじ伏せ、泣きながら謝る葵の言葉に耳を傾ける。


「だって、私だけあの時助かったみたいになって。唯ちゃんたちが、、こんなに頑張っているときも、私は何もできなくてぇ……。何度も唯ちゃんたちが消えた通学路の辺りを調べても見つからなくて……私が風邪なんか引かなければ唯ちゃんと一緒にって何度も思って……死のうとしたりもして……ひっぐ……」


 私は彼女の言葉が途切れるまで、頭を優しく撫でながら聞きに徹した。そして、泣き声しか出なくなってから、顔を近付けて目を合わせた。首が取れるかと思ったけど、痛みには慣れているんだ。


「葵の気持ちはわかった。心配かけてごめんね。でもね、私は逆だよ」

「………え?」

「あの日、葵が学校を休んでくれて良かったって、ずっと思ってたから」

「どうして……」

「当たり前でしょ?友達に生きてて欲しいって思うのは。それに、どんくさい葵じゃ絶対この世界は生き抜けないって思ってたし、ふふ」

「そ、それは、、そうかもだけど、でも……」

「だからね、葵。死なないでくれてありがとう」

「唯ちゃんっ……ぶわああぁん」

「ふぎぃ……」

「あ……」


 また強く抱き着かれて、私の身体はこれ以上ないくらい悲鳴を上げた。私がおかしな声を上げたことで、ようやく葵は私の身体の状態に気付いて離れてくれた。


「ごっ、ごめん!すすす、すぐに祐也くんを呼んでくるからっ!」


 それだけ言うと、辿々しい足取りで忙しなく部屋を出ていった。私はなんの説明もなしに取り残される。


「だ、だから、助けてって。もうこれ以上動けないよ……」


 そして、葵が1人の少年を連れてくるまで十数分。私は同じ体勢を取らざるをえなかった。


「ごめんっ、遅くなって。祐也くん連れてきたから、もう大丈夫だよ──って、唯ちゃん!?」



 私は四つん這いになり上半身を布団に突っ伏した状態で、首だけを頑張って葵の方へ向けた。我ながら情けないことこの上ないけど、今はこの体勢が1番落ち着くのだから仕方ない。


「だ、大丈夫!?」

「うん……今動いたらたぶん死ぬ」

「そ、そんなに酷いんだ。祐也くん、どうにかなる?」


 葵が隣の人物に話しかけたことで、私は視線だけを横にずらした。背丈が低いこともあり、葵ほど見上げる必要はなくて助かる。というかどう見ても子供だ。あっちの世界であれば、小学校低学年ぐらいの。


「ただの筋肉痛だろうから、魔法で直接治すのはあんまりオススメしないな。自然に治した方が、肉体的には一回り強くなれると思うし」

「でも、すごく辛そうだよ?」


 あの葵が子供相手とはいえ親しげに話している!?子供の面倒を見るお姉さん的な感じとは違い、どこか信頼しきっている様子だ。昔はあんなに人見知りでアワアワしている子だったのに、成長したのね。


「じゃあ、本人の意思を尊重しよう。君はどっちが良い?」


 あ、やばい。全然話を聞いてなかった。

 葵も立派に成長したんだなぁと母のような感傷に浸っている場合ではなかった。葵とこの子の関係が気になってしょうがないけど、まずは会話の流れに乗っておこう。


「……えーと、どっちって?」

「その筋肉痛を魔法で今すぐ治すか、自然に治るのを待つか。ちなみに、今は傷付いた筋肉を修復中で、つまり、次また同じ負荷が来ても前回よりは耐えられるようにしている状態だから、自然に治したほうが肉体的にはオトクかな。魔法で治すってことは、そのプロセスをすっ飛ばすってことだから」

「う、うん?じゃあ、今はこのまま耐えるしかないってこと?」

「もちろん痛みを多少軽減することもできるけど、その場合、今言った効果が半減する。今の唯の状態だと、自然に治癒したほうが恩恵が大きいと思う」

「ぐぅ……」


 とても子供には見えない言動が多少気になるけど、目下の問題はこの重度の筋肉痛だ。動けなさすぎて介護が必要なレベルなのだから。


「……自然に治すとして、どのくらいで回復する?」

「ここまで酷いのは見たことないし、たぶん1ヶ月ぐらい?」

「いっ……!」

「動けるようになるのはもう少し早いと思うが」

「ごめん、待てない。治せるなら今すぐやって!お礼はするからっ」


 1ヶ月も戦線離脱していたら、ここだって危うい。ルイーゼさんはまともに戦えないし、康太君も死んじゃった今、勇者である私が筋肉痛如きで退場している場合じゃない。それに、葵までこの世界に来てしまったのなら、私が守らないと!


「ユイが目を覚ましたって?」


 すると、3人目の人物がノックもなしに部屋に入ってきた。この粗暴な感じはルイーゼさんしかいない。

 ………って、は?


「………だれ?」

「なんだ、酔いは覚めたはずなのに私の顔も忘れたのか?ボケがきたか?」


 いや、声も態度も髪の色も間違いなくルイーゼさんだ。でも、全身から溢れ出る美のオーラは全くの別人。

 露出が多くて野性味のあった衣服は、今は向こうの世界で見るようなラフなシャツに短パンだし、ボサボサだった髪は、サラサラで美しい翡翠色の輝きを放っている。肌も信じられないぐらいツヤツヤしていて、とっても綺麗。


 いや、それよりなにより、足がある?



「ルイーゼさんが変わりすぎているから、唯ちゃんは混乱してるんですよ。もっともな反応だと思います」

「おぉ、アオイも言うようになったな」

「祐也くんのおかげで、少し前向きになれたからでしょうか」

「そうかそうか。そういうところはさすが我が弟子だ」


 ダメだ。

 疑問がどんどん増えていく。まだ私がこんな状況になっていることやあの悪魔がどうなったのかすら聞けていないのに、これ以上謎を増やさないでほしい。



「で、魔法で治癒してほしいんだったか?」

「あ、うん、お願い……」


 私は考えることを一旦やめてそう言うと、その少年は手を翳してきた。しかし──


「おい、リアン。これはただの筋肉痛なんだから、魔法で楽をさせるな。自然に治させろ」


 まさかのルイーゼさんが待ったをかけた。

 あーー、もう。その問答はもう良いってば!


「いや、唯が望んだんだ」

「そうか。じゃあ、これでも飲んどけ。多少は痛みが引くだろう」


 ルイーゼさんがそう言って私の口にそれを無理矢理流し込んできた。この懐かしい味は、疲労回復薬?人類の9割が滅んだ今ではかなり希少なものだ。


「ぷはっ……た、たしかに、これなら少し痛みが引くけど、効果はもって10時間ぐらいじゃ?」

「大丈夫だ。リアンのおかげでたんまりある」


 …………さっきも言ってて聞き流してたけど、リアン?リアンって、あの?いやいや、さすがに別人か。リアンなんて名前、昔はたくさんいたし。でも、この少年はユウヤ?君なんじゃないの?


「少しはよくなったけど、これじゃ戦闘はまだ厳しいです」

「当然だろう。お前は病人扱いだ。それが収まるまで戦闘はもちろん鍛錬も禁止だ」

「で、でも!」


 ──パチンッ!!


 突然、ルイーゼさんは私の足を軽くひっぱ叩いてきた。それだけで、私は声にならない悲鳴を上げて悶絶する。


「でももくそもない。この集落やお前の友人のことは私とリアンに任せて、お前はゆっくり心と体を休めておけ」

「……」

「ルイーゼさんの言う通りだよ、唯ちゃん。大丈夫。ルイーゼさんは浮遊にも結界にも魔法を割く必要がなくなって本気が出せるみたいだし、祐也くんはすっごく強いんだよ!」


 一輪の花が咲いたような笑顔を浮かべる葵を見て、私は彼らの言う通りにすることにした。

 その後、葵が二人でゆっくり話をしたいと言ったので、ルイーゼさんと少年は気を利かせて部屋を出ていってくれた。


「……へへ。びっくりしたよね」

「うん。葵も、、この世界に喚ばれたの?」

「ううん。私は望んで付いてきたの」

「望んで付いてきた?」

「うん。じゃあ、時間はいっぱいあるし、あの日、唯ちゃんたちがいなくなった時から話すね」


 葵はゆっくりと落ち着いた口調で、私がこの世界に来たあの日から現在までの出来事を語ってくれた。途中、祐也くんの話が出てきてからはツッコミどころ満載だったけど、終始相槌だけを打って葵の話の邪魔をしないようにした。


「──それで、気を失った唯ちゃんを祐也くんの転移でここまで運んでもらって、今はそれから3日経ってるよ。集落の皆の方の戦いはルイーゼさんの頑張りで、私たちが戻った時には終わってたんだ」


 全部の話が終わる頃には、もう夜になっていた。


 葵が嘘をつくわけがないとは思ってるけど、今の話では、あの少年=祐也君=勇者リアンという式が成り立ってしまう。つまりこれは、異世界転生という……


「ユイ!」

「ユイ殿!」


 そのタイミングで、今度はキエナと康太君が部屋に飛び込んできた。私の無事を喜んでくれる元気そうな2人。その事実が葵の話に信憑性を持たせた。


「そっか。あの少年がフィーちゃんの大好きな人。そして、英雄と呼ばれた史上最強の勇者。フフ、フフフフ………」

「「「こ、これって……」」」


 唯の性格をよく知る3人は、この後の彼女の行動を予測できた。だから、真っ先にキエナが釘を刺した。


「ユイ。わかってますよね?絶対安静ですよ?」

「今なら、何とか動ける」


 四つん這いでハイハイしながら、部屋を出ていこうとする私の前に、葵が立ちはだかった。


「祐也くんとお話したいの?」

「うん」

「わかった。じゃあ、連れてくるからちょっと待ってて」


 私が頷くと、葵は再び彼のことを呼びに行ってくれた。そして、戻ってきたのだけど、2人ともなんか気まずそうにしている。


「えっと、この祐也くんは分身体なんだって」

「ごめん、本体はちょっと野暮用ができてさっき日本に戻った。戦闘力はかなり劣るが、記憶はちゃんと引き継いでいるから、話す分には問題ないと思うぞ」


 ……なんか、もうそうですかとしか言えない。

 分身のスキルってそんな便利なものだっけ?とか、やっぱり気軽に世界を行き来できるのねとか思うけど、まずは──


「リアンさん。私を弟子にしてください!」

「……てっきり、日本に連れてって欲しいって言うかと思った」

「以前の私ならそう言ってたと思います。でも、今は邪神を滅ぼしてこの世界を平和にしてからじゃないと気が済まないっていう想いもあるんです。正直今すぐにでも家族の元に戻りたいです。でも、一度戻っちゃったら、二度とこっちの世界には来たくなくなるかもしれない。だから、後腐れなく戻りたい。日本に戻る手段が見つかったから思うのかもしれませんが……これって、欲深いですかね?」

「いや、俺にはなかった考えだ。俺は一度この世界を捨てた人間だからな。素直に凄いと思うよ」


 そう言って虚空を見つめるリアンさん。

 見た目はどう見ても子供だけど、その眼差しが私には大人に見えた。


「弟子か。まぁ、まずはその筋肉痛を治してからだろうな」


 それだけ言うと、リアンさんは手を振って部屋を出ていった。その後は4人で夕食をとりつつ、会話に花を咲かせた。




次回は久々に日本で暴れるパートです。(予定)

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