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第63話 酔剣

ひっそりと更新していく~

 

 小瓶に入った350mlの酒を呑んだ唯は、フッと力が抜け、仰向けに倒れ込んでしまう。そこへお構い無しに黒死玉が襲いかかってくる。


 ──タンッ


 だが、黒死玉が炸裂する次の瞬間、両足の踵で地面を蹴り上げた唯は、その場でクルンと宙を一回転し、紙一重でそれを躱す。すると、地面に炸裂した黒死玉が大爆発を引き起こした。



 土煙が舞い、視界が遮られる。

 悪魔は状況が掴めないまでも余裕綽々と静観の構えである。やがて土煙が晴れると、そこには無傷で立っている唯がいるのみ。十数個は浮遊していたはずの黒死玉は消えて無くなっていた。


「なにッ!?あれだけの黒死玉をどうやって」

「………えへ」


 唯の様子がおかしい。

 フラフラと足をもつれさせながら、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしている。加えて、目の焦点が合っておらず、頬を赤くして「にへらぁ」とあまり人に見せてはいけないような顔になっていた。


「何が起きた?」

「うゆぅ……にゃんらか、あちゅくあってきゃった」

(うぅ、なんだか、熱くなってきちゃった)



 呂律の回らない舌でそう呟いた唯は、いそいそと脱ぎ始めてしまう。咄嗟に止めに入ろうとしたキエナだが、今の彼女に近付くと自分が危うくなることを自覚しているため、(すんで)(ところ)で踏み止まる。


 そうこうしているうちに、唯はあっさりと上の服を脱いでしまう。露になった水色のインナーは生地が薄く、中のブラも透けてしまっている。しかし、ちょっとした開放感からか熱に浮かされたような顔で笑みを浮かべていた。今の彼女には羞恥心などない。


 次いで、スカートを下ろそうと腰の辺りに手をかけた。アンダースコートを着用しているとはいえ、それはヤバいとキエナが内心焦っていたところに、悪魔の黒死玉が再び飛来した。そのおかげで、唯の手が止まる。


「さぁ、どうやって黒死玉を消し去ったのか見せてもらおう」


 当然だが、悪魔にとっては人間の女の裸など興味の対象にはなり得ない。そのことが救いだとキエナは胸を撫で下ろす。



「ふにゃ!……はにゃぁ!」


 変な掛け声と動きで黒死玉を次々に回避していく。そのこと自体は先程までと同じだが、今は明らかにスピードが向上し、動きも変則的で全く当たる気がしなくなっている。そして──


「はみゃ!」(邪魔!)


 唯が双剣を薙いだ瞬間、十数個は浮遊していた黒死玉が一瞬にして消え去った。注視していたはずの悪魔でさえ何が起こったのかわからずに唖然とする。



 酒の酔い方は十人十色。

 あまり変化のない者もいれば、顔に出やすく弱い者もいる。唯の場合は、単純に弱いの一言では片付けられない。一滴口にしただけでも、全身に酔いが回る。そして呑めば呑む程、脱力具合が噛み合うのか剣のキレが増大し、純粋に強くなっていく。二日酔いの反動もまた酷くなっていくが……。


「脱ぎ酒に暴れ酒と手が付けられない程お酒に弱いですが、戦闘でこそその真価を発揮します。康太君が命名した最強の剣技〝酔剣(すいけん)〟。まぁ、ユイは全然覚えてないみたいですが」


 独り言を零し、苦笑するキエナ。その視線の先では、完全に酔っ払ってあられもない姿を晒す唯と困惑顔で宙に浮く高位悪魔という構図がある。


「おみゃえ、しょんにゃうぃえかりゃえらほうにぇ」

(お前、そんな上から偉そうね)


 瞬間、悪魔は魔法発動の兆候を肌で感じ取り、上を見上げた。刹那、雷雲が発生し雷が落ちる。


「恐ろしく速い無詠唱魔法だ。私でなければ見逃していただろう」


 悪魔は自分の周りに魔障壁を張った。

 無系統の魔法で、あらゆる魔法を遮断する効果がある。魔法に適正のある悪魔が行使すると、その効果も完全へと近付く。しかし、今の唯の瞬間魔力は邪神一体分へ届きうるものだった。


「なッ!?」


 魔障壁を容易く貫いた落雷が悪魔を直撃する。


「ぐわあああぁぁ」


 魔法に高い耐性を持つはずの悪魔がはっきりとダメージを負い、地に落ちる。その光景はまさしく理不尽に叩き落とされる羽虫のようであった。


「……精神雷滅魔法・雷蘭(ランポ)だと?だが、この威力はなんだ?この私が、人間如きの魔法で……ありえん」


 怒りのオーラを放出しながら、ヨロヨロと立ち上がる悪魔。身体的なダメージは皆無だが、精神へのダメージが大きかった。精神生命体である悪魔に対しては有効となる数少ない魔法であった。



(酩酊状態のユイは潜在能力を最大まで引き出します。それに加えて、あの状態特有の不規則な動きで相手を翻弄し、カタにはまらない鋭い剣戟を見舞います。今のユイの力は邪神にも届くでしょう。奴らの腰巾着でしかない悪魔では勝てませんよ)


 キエナは康太の遺体を安全な岩陰へ移動させながら、唯の勝利を確信する。と思ったのも束の間、突然彼女の背後に何者かが現れた。キエナの魔力感知はとても精度が高く、一瞬でヤバい存在であることを知覚する。


「まさかっ、、ヤツらの仲間!?」


 咄嗟に康太を庇い、右手を突き出していつでも魔法を放てる体勢を取った。さすがに今の状況で敵の増援はまずいと、キエナは冷や汗をかいた。


「おっ、なんか面白いことになってるなぁ」

「せっかくお師匠さんたちの応援してたのに、どこここ?」


 ……いらぬ冷や汗ではあったが、キエナは彼らの容姿を視認して警戒心を強めた。


「……人間、の子供?貴方たち、何者ですか?」

「ん?君は……たしか」


 姿を現した2人の人間──祐也と葵を訝しげに見ながら、キエナはハキハキとした声で誰何した。


(外見に騙されてはいけない。この子超ヤバい)


 しかし、そんな警戒心MAXなキエナとは対象的に、祐也は実にのほほんとした態度で言った。


「悪魔にやられてたのに無事だったんだ。でも、そっちの康太君、だっけ?は助からなかったみたいだね」

「──貴方は」


 桁外れの魔力を内に秘めているので、てっきり人間に装っている悪魔だと思っていたキエナだが、今の言葉でさっぱりわからなくなってしまう。なぜなら、悪魔は人間の名前など一々覚えないし呼ばないからだ。


「ちょっと見せてね」

「───っ」


 その瞬間、キエナは硬直する。

 致命的な油断。否、決して油断などしていなかった。にもかかわらず、祐也は無邪気に容易く、キエナの警戒する視線を横切った。


「うん、これなら余裕だ」

「!?」


 目の前にいたはずの少年の声が、背後からする。そこで初めて、キエナは彼の動きを目で追うことすらできなかったのだと悟る。そして同時に、敵だった場合の結末を想像し、半ば諦めつつ振り向いた。


「──リバイバル」


 祐也が魔法を発動した瞬間、空気中のいくつかの粒子が光を帯び、それらが吸い込まれるようにして康太の体に入っていく。キエナはその光景を戦慄しながら見ていた。回復魔法に秀でた彼女には、神の奇跡とさえ言えるようなその魔法の凄まじさがよくわかる。


 そして、康太が息を吹き返したのが遠目にもわかった。さすがに意識は戻っていないが、肌に生気が宿っている。


 死者蘇生の秘奥。

 その御伽噺のような魔法を扱える人物など、歴史上1人しかいない。キエナは、おもむろに頭を垂れ、傅く形で腰を落とした。


「お久しぶりでございます、リアン様。私、聖クレアス教の元司教、キエナと申します」

「聖クレアスの?」

「はい。リアン様とは何度か会ったことがあります。聖女様の面会時に」

「聖女……あぁ、もしかしてメアリーの世話してた?」

「はい。聖女メアリー様の護衛役の1人でした」

「あぁ、あれ護衛だったんだ」


 祐也は聖クレアス教の十一代目聖女であるメアリーのことを思い出す。純粋で穢れを知らない箱入り娘にしか見えないが、回復魔法の緻密さや正確さは祐也を凌いだ。しかし、生活力が残念な子で、いつもお付の人間が複数いて甲斐甲斐しくお世話されていた。


「メアリーのことは、師匠──ルイーゼに聞いたよ」

「そう、ですか……」

「そう気を落とすな。あいつのことだから、また誰かを助けていたんだろう?」

「……はい」

「相変わらずお節介の鬼だ。もしかしたら今頃、俺と同じように……っ!」


 話している最中、祐也たちの頭上から悪魔が降ってきた。しかし、祐也は何一つ慌てることなく、目障りな蚊を消し去るが如く、なんてことないようにそれを発動した。


御死罹素(オシリス)


 瞬間的に爆発した魔力の奔流が、さっきまで唯と死闘を演じていた悪魔を呑み込み、一瞬にしてこの世から消し去った。


 そして、見ているだけで鳥肌が立つような禍々しい魔力の渦が晴れると、その先には一人の少女が立っていた。


「わらひのえみょのを、、ひっぐ、よきょどぃしたちゅみはおみゅい!!」

(私の獲物を横取りした罪は重い!!)


 その少女──唯は、相変わらず呂律の回らない舌で叫ぶと、祐也目掛けて突進してきた。今まで相対してきたどんな敵よりも速い動きに、祐也は舌を巻いた。


(瞬間的な速さだけなら、フィーに並ぶか)


 なぜ攻撃されているんだという疑問が湧かない辺りに、彼の性格が推し量れる。向かってくる者はすべて等しく受け入れてきた男だ。


 祐也は小手調べにカウンターパンチをお見舞する。だが、唯はフッとその軌道から体を逸らし、常人では有り得ない体勢から蹴りを返した。最高速度から繰り出された変幻自在の攻防。その動きに、祐也は素直に感嘆しながら、その蹴りを掴んだ。


「お前が、咲良の娘か!」


 嬉しさのあまりに自然と放たれた祐也の覇気に、唯の本能が警鐘を鳴らし、腰を捻って彼の手から抜け出すと、瞬間移動の如き速さで大きく距離を取った。


「ぐうううぅぅぅぅ!」

「唯。お前、強いな」


 警戒する犬のように離れて呻き声を漏らす唯。それとは対象的に、腕をポキポキ鳴らしながら嬉しそうに近付いていく祐也。彼女の近接戦闘力が、戦闘狂の琴線に触れてしまったようである。


 本能的に感じた恐怖を払拭するように、唯は再び突進してきた。愚直なまでに素直な動き。しかし、祐也には彼女のその動きがカウンターを誘っているように見えた。


「よし、遊ぼうぜ!」


 祐也がワクワクした気持ちで待ち構えていると、その前を人影が遮った。葵である。両手を広げて、強い意志の籠った瞳で唯を見据えている。


「唯ちゃん!」


 祐也は葵の存在を完全に失念していた。本来であれば、感動的な再会だろうに、葵のことを呼ぶこともせず遊ん……戦っていたのだ。


 いや、今はそれよりも、このままでは唯が葵に激突する。流石に唯の最高速度から急停止は不可能だろう。そう思い、葵に防御魔法を掛けようとした瞬間だった。突っ込んできていた唯が、突然頭から地面にダイブし、方向がズレて葵の横を通り抜けていった。ナイスヘッドスライディングである。


「ゆっ、唯ちゃん!──大丈夫?」


 うつ伏せでピクリともしない唯を心配して、葵はすぐに駆け寄り、彼女の体を抱き起こした。すると、寝ているだけというのがわかった。鼻ちょうちんを作り、幸せそうに眠りこけている。

 ただ、上着は戦闘中に脱いでおり、汗も結構かいているとあって、かなりあられもない姿をさらしている。


「………これなに?」

「えぇと、その、お酒を少々……」


 バツが悪そうにそっぽを向くキエナ。

 さすがの祐也もこれには困惑気味だった。


「それよりも、先程のは邪神の技ではないですか?」

「あぁ。対象の魔力を完全に消し去る技だ。肉体を得ていても所詮魔力を擬人化したような存在だからな。効果はバツグンってやつだ」

「い、いえ、そういうことを聞いているのでは……いえ、やっぱり大丈夫です」

「?」

「久しぶりで忘れてしまっていました。リアン様はいつもリアン様しているんでした」

「あぁ、メアリーのよくわからん口癖か」


 なんだ、リアン様してるって。

 俺の名前は動詞じゃねぇ。



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