第62話 悪魔vs.女勇者
時は戻る。
祐也がグリスという悪魔を捕まえて、状況を理解した凡そ30分前。
唯は、悪魔に体を乗っ取られた巨漢の勇者・康太と対峙していた。もう一匹の悪魔には集落へ向かわれてしまい、魔法使いのキエナも戦線離脱となっていた。
集落に向かっていった悪魔も気掛かりだが、そっちはルイーゼたちを信じるしかないと唯は目の前の敵に集中する。
「……そう。キミはここで私の足を引っ張るわけね」
そう言い、両腰に差した2本の剣を抜く。怒りの伴った少女の眼光が康太を射抜く。いや、康太の奥にいる羽虫を見据えている。
「フフ。私を殺せば、当然これも死ぬことになります。それはわかっているでしょう?」
「そうね。貴方のような高位の悪魔を弱体化させてくれたのだから、康太君のファインプレーかもしれないわね」
「何を言っ……!?」
ガキンッッ!!
一息に踏み込んだ唯の斬撃。それを間一髪、大盾で防いだ悪魔だが、続く二撃目で頬を切り裂かれる。堪らず背中から羽を出し、飛翔して上空に逃げる康太の皮を被った悪魔。
しかし、唯は攻撃の手を止めない。
「雷纏」
魔力を電気に変換し、身体能力を大幅に向上させる。そして何より、桁外れのスピードを得ることで、空を飛ぶことができない唯が上空を一瞬で移動した。
「速いっ」
悪魔の背後を取った唯は、双剣を煌めかせる。
「雷纏演舞」
素早い動きで悪魔を切り刻み、抵抗する隙も与えずに、ダメージを与えていく。まるで空中で踊っているかのような剣の舞い、それはとても力強く、そして流麗であった。
ズドーーーーンッ!!!
唯の剣戟に為す術もなく、地面に落下した悪魔は体をピクピクさせて起き上がることができなかった。この悪魔が持つ異能──血征体とは、対象者の体を乗っ取り、その力をそっくりそのまま行使できるが、別に強くなれるわけではない。
確かに、自分より格上の体を乗っ取ることができれば強くはなれるんだろうが、発動条件の性質上それは稀である。この悪魔の場合は、元が康太を大きく凌ぐ実力者なので、乗っ取ったとしてもたかが知れているのだ。
「早く出てきた方が良いんじゃない?康太君が死んでもあんたは死なない。でも時間の無駄よね」
「くっ、クハハハハハ。ぐはっ……確かに。お遊びで乗っ取ったものの、実にこの体は脆弱だ」
次の瞬間、康太の体がパタリと倒れる。
どうやら、悪魔の本体が抜け出たようで、唯は内心ホッとする。
(息してるわね。すぐ終わらせるから少し待ってなさい)
唯は倒れ伏す康太を一瞥し、すぐにまた上空へ視線を向けた。そこには、先程までの悪魔の姿があった。
「本当にムカつくわね。羽虫っていうのは、上から見下ろさないと気が済まないのかしら」
「フフフ。やはり、この肉体は良い。邪神様から直接頂いた体なだけはある」
悪魔とは精神生命体である。
実体を持たず、構成する要素の9割以上が魔力でできている。それが実体を持つ、つまり、受肉をすることで、物理攻撃に対しても効果が生まれるが、そんなデメリットなど関係ないとばかりに大きく力を増大させてしまう。
受肉した高位の悪魔は災害級。
邪神には及ばずとも、人間の英雄級に匹敵しうる力を手にすることができる。
「さぁ。始めようか」
悪魔の周りに出現する黒い魔力の塊。それが5つか6つ、浮遊している。唯もその魔力の塊に込められた一つ一つの魔力量を悟って冷汗をかいた。
フィリアを飲み込んだあの魔力量にはさすがに届かないが、それでもマトモに食らえば致命傷は避けられないだろう。回復要員でもあるキエナがいない今、直撃は避けなければならない。
「私の黒死玉からは逃げられない。せいぜい踊り狂って死ぬがいい」
その言葉を合図に、爆速で飛来する魔力の塊。唯はそれを紙一重で躱したが、その背後にあった岩山を抉り取ってUターンして戻ってこようとしている。
(っ!危なかった。雷纏を使っていなければ、避けれなかったかも……)
しかし、安堵している暇はない。次が来る。
唯が避ける先を予測していたかのようなタイミングと軌道で、次の黒死玉が飛来する。
「くっ……」
間一髪、それも回避する。
その先にもまた黒死玉が迫ってくる。
「雷纏演舞!」
これは魔法ではなく、唯が編み出した固有スキルである。その独特で流麗な動きを、斬るのではなく回避に利用して、最小限の動きで全ての黒死玉を避けていく。
何分経ったか。気が付くと、唯の周りには10個以上の黒死玉が縦横無尽に飛来していた。
(……はぁはぁ。ダメ、反撃の糸口が掴めない。……ヤツの方が明らかに魔力量は上だし、持久戦じゃ分が悪いのに)
未だに全ての黒死玉を躱し続けている唯だが、その内ではかなりの焦りを覚えていた。
「フフ。やりますね。どうやら黒死玉の動きにも慣れてきたようなので、趣向を変えましょう」
悪魔が薄笑いを浮かべながら、指をパチンと鳴らした瞬間、唯がたった今躱した黒死玉のひとつが爆発した。
「───ッ!」
背中からの衝撃に耐えきれず、唯は前方に吹き飛ばされた。それはリアンが幼い頃に多発させていた魔力爆発に近いもので、かなりの威力を伴っていた。
それが、唯の魔力障壁を突き破り、彼女の華奢な体を襲ったのだ。
「かはっ……うぅぐ………」
唯はそのままうつ伏せで倒れ、あまりの衝撃に立ち上がることができなかった。直撃を受けた背中は服が破け、痛々しく血が流れる。所々爛れている箇所もある。
「はぁはぁはぁ……うぅ……くそ……」
なんとか腕に力を込めて懸命に立ち上がろうとする。だが、それを好機と見た黒死玉が殺到する。
「ッ!私は邪神を倒すんだ!羽虫なんかにぃッ!」
立ち上がり、力の限り吠える唯。
だが、それが限界で、もう避ける余力はなかった。
「……………?」
思わず目を瞑っていた唯だが、一向に何も起きなかったことを不思議に思いながら、目を開けた。
そこには、血だらけになりながら唯の盾になっている康介とキエナの姿があった。
いや、正しくは、康介に乗っ取った悪魔にやられて瀕死だったキエナがなんとか自力で回復魔法をかけ、唯を守ろうと駆け付けたが、その2人を最後の力を振り絞った康太が身を呈して守った、という構図だった。
「ごふっ……」
「「康太くんっ!?」」
そのままやり遂げたような清々しい表情で仰向けに倒れる康太に、唯とキエナが駆け寄る。
「足……」
「え?」
「足、引っ張っちゃった、けど……最後に守れて、よかっ」
「康太くん……」
「ユイ殿……フィリアちゃんの仇、、を……」
「こ、康太!バカ、死ぬなよ!そんなカッコつけた死に方、お前には似合わないんだよ!おい!」
「ユイ………」
普段気丈に振舞っていて、冷静で、冷たいと思われることもある唯だが、その実仲間の死というものに人一倍敏感で、とても優しい女の子だ。そんな彼女だから、康太もキエナもここまで付いてきた。
彼女を一人にしたら、壊れてしまいそうだったから。
「おやおや。勇者ともあろう者が仲間を盾にするとは。フフ。そこまでして生き残りたいのか?」
「羽虫は少し黙っておきましょうね」
キエナの発した圧のある言葉。
それに驚いたのは唯だった。一瞬第三者が現れたのかと錯覚するぐらい、普段の声や言葉遣いとは別物で、静かにキレているのがわかった。
「ユイ。まだ戦えますか?」
「……もちろん」
「膝がガクガクしてて説得力ないですね」
「うるさい。そう思うなら早く回復魔法かけて」
「わかりました」
しかし、キエナは魔法を使うことはなく、なぜか自分の魔法鞄をガサゴソと漁り始めた。
「……なにしてんの?」
「ちょっと待ってください。今奥の手を探しているので」
「奥の手?」
「使い道が来ないことを願って奥の方に放り込んだのが間違いでした……これ、じゃない。こっち?あ、違う……」
某猫型ロボット並に整理整頓ができていないキエナの行動をなかったものとして無視し、唯はフラフラと歩きながら悪魔に近付いていく。
「おや。やっと死ぬ覚悟はできましたか?」
そう言う悪魔の周りには新しく生み出した黒死玉が浮遊している。どうやらまだまだ魔力には余裕があるようだ。
「……奥の手は私にもある。雷霆。でも、あの魔法を使ったら、もう集落に向かう力は残らない……けど、ここで負けたら意味ないわよね」
「ほう、この期に及んで奥の手とは。面白い。抗ってみろ」
再び飛来する黒死玉。
このままでは先程の二の舞になる。だがしかし、唯は覚悟を決めた。後のことは考えず、ここで全力を出すと。
「ああああ、あったーーーーー!!」
と意気込んだのも束の間、背後からキエナのバカでかい声にビクッとする唯。なんかそれっぽい雰囲気が台無しである。
その声のせいで魔法を使うタイミングを完全に逸してしまった唯は、使い慣れた雷纏で再び黒死玉との鬼ごっこをしなくてはならなくなった。
「ちょっと何?」
「ユイー!コレ呑んでください!!」
そう言って放り投げられる小さな瓶。
唯はそれをチラッと確認すると、速度を一瞬だけ上げて黒死玉を引き離し、その小瓶をキャッチした。と同時に、それが何かを確認する余裕もなく一気に呑み干した。
その途端、急に電池が切れた人形のようにパタリと倒れてしまう。
唯がポーションだと思って飲んだそれは、キエナの奥の手である酒だった。アルコール度数もそんなに高くない何処にでもあるただのエール。これの何が奥の手だと思うかもしれない。
しかし、キエナは知っている。今のパーティーで悪魔を初討伐したときの宴会で起きた地獄絵図を。
この世界アークスでは15歳以上が成人と看做され、唯も酒を呑める年ではあったため、周りの半ば強引な勧めにより口を付けてしまったのである。その時に判明したのが、ユイは酒がクソ弱いということ。
「ユイ。今日は思う存分暴れてください。大丈夫です。この場には敵と私しかいないのですから」
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