第6話 誘拐
だいたいすっ飛ばす幼少期をあえて書いています。
幼稚園に入園してから1ヶ月が過ぎていた。
特に目立ったこともなく、段々と今の生活に慣れてきていた。
副担任の河合先生も、送り迎えにくる朱美を時々遠目から見つめているぐらいで怪しい動きはない。
これだけ見ると、ただ見惚れている周りの父親勢と変わりはないのだが。
俺は、自分の直感は信じるようにしている。今後も要観察だ。
それから、友達がふたり程増えた。
1人目は、大山大悟。
ポッチャリ体型で、いつもダラダラしている不健康そうな男の子だ。
普段から目が細く開いているのかも微妙だが、食事時になると豹変する。
カッと目を見開くと、凄い勢いで腹に納めるのだ。
この幼稚園の昼食は、業者に人数分弁当を発注しそれを食べる。つまりは給食のようなものだが、おかわりはない。
比較的富裕層の子供たちが通う幼稚園とあって、中々豪華なラインナップだが、いかんせん量は多くない。
だから、こいつは巨大なお弁当箱(4段)を毎日持参している。
3歳児のくせに、化け物のような胃袋だ。
で、なぜこんなのと友達になったかと言うと、ある園児がトイレに行っている間に、その園児のお弁当のおかずが減っているというちょっとした事件が起きた。
大半の者は、大悟が怪しいと責め立てたが、俺はそれをバッサリ否定した。
犯人を知っていたからではない。
「大悟が狙ったら減るのはおかしい。全て無くなっているはず」
と言った。
これに皆は理解を示し、事態は収束した。
結局犯人は見つからなかったが、俺はスキルで知った。
あえて、口には出さなかったが。
とまあそんなことがあって、なぜか大悟がよく話しかけてくるようになった。
主にア○パンマンの話題だが。
俺も一応、幼児のふりのために見てるので、なんとか話にはついていけるが、そろそろ飽きてきたところだ。
そしてもう1人が──。
「おどきなさい。この玲華様が通るのよ。あら、ゆうや。何を突っ立ってるのかしら。そこに跪きなさい」
この超絶傲慢お嬢様だ。名を葉槻玲華という。
複数の企業を傘下に収める葉槻グループの令嬢という、本物のお嬢様だ。
家では激甘で育てられているらしく、自分のことを最も偉いと思っている。
そして、母の口調を真似てあんな傲慢なセリフが飛び出してくるのだ。
向こうは俺のことを友達どころか、下僕とでも思っていそうだが、俺は逆に微笑ましく感じている。
長いストレートの黒髪を惜しげもなく晒し、その愛嬌ある顔立ちでさっきのセリフだ。
まったくムカつかない。それどころか、逆に撫でたくなってくる程可愛い。
「よぉ、玲華。おはよっ」
「おはよう。れいかちゃん」
俺の軽い挨拶に続いて、泉も挨拶をする。
だがなぜか、玲華の肩がぷるぷる震えている。
トイレか?
「だから生意気なのっ!私を誰だと思ってるの!」
「誰って、玲華だろ。俺の友達の」
「れいかちゃん!ゾウさん上手に書けたんだよ。見て見て」
泉も大概だ。
最初は、玲華の剣幕に怯えていたのになぁ。
俺と玲華のやり取りをずっと見ていて、本当は良い子だと気付いたらしい。
それからは、こんな調子で懐いている。
「と、ともだち。しょうがないわね。今回は許してあげるわ」
チョロい。チョロイン。チョロすぎる。
三段活用の出来上がりだ。
「ふ、ふん。私のゾウさんの方が上手いの。見てなさい」
将来はツンデレチョロインの予感が……。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
次の日───。
「ゆうやくん。れいかちゃん、まだ来てないみたいだね」
「みたいだな。昨日のゾウの絵、泉の方が上手かったからまだ拗ねてんじゃねぇの?」
「えー、そんなことないよ?れいかちゃんの、上手だったよ」
「そっか。お前は優しいな」
「zzz」
時間になっても玲華が来ない。
風邪でもひいたのかね。
因みに、大悟は来て早々爆睡している。どうせ朝っぱらから大量に腹に入れたんだろ。
「は~い。それじゃあ、今日はお花の絵を描きましょう」
「せんせーい!れいかちゃんがいないよー」
「あっ。れいかちゃんは今日休みよ。…風邪みたいだから心配しないでね」
「そうなんだぁ」
遥先生と園児の女の子の会話。
玲華は休みらしいが、風邪というのは嘘だな。
目が泳いだ今の一瞬の間は、理由をその場で探していたものだ。
腹黒い貴族共がわんさかいたアークスで、勇者をしていたんだ。
ある程度の嘘も見抜けなくては、いいように利用されるだけだったからな。
しかしそうなると、なぜ態々嘘をついたかということだが。
わからん。正当な理由ではなかったのか。
まぁ、こんなの考えても仕方ないからいいや。
「zzz」
「zzz」
「zzzzzz」
昼食をとったあとのお昼寝タイム。
みんなぐっすり眠っている。
大悟なんかは物凄く幸せそうな顔をしていて、なんかホッとする。
俺?俺は狸寝入りだ。
「みんな眠ったみたいですね」
「ええ。じゃあ、行きましょうか」
河合先生がやって来て、遥先生と一緒に教室を出て行った。
ふむ。みんなが眠っても、いつも教室の机で何かやっている遥先生が退室するのは珍しいな。
これは何かあると踏んだ俺は、こっそり教室を抜け出し、職員室へ向かった。
「──先生、見つかりましたか?」
「いえ。先程、また掛けてみたのですが、依然行方不明のようですね」
「そんな……」
「大丈夫ですよ、吉澤先生。れいかちゃんはしっかりしていますし、その内ひょっこり帰ってくるのでは?」
「河合先生。でも、まだ3歳ですよ?最悪の可能性も」
「誘拐……ですか。たしかにれいかちゃんのお家を考えるとなくはないですが」
「たしかにその可能性も否定はできませんが、今は吉報を待つしかないでしょう。くれぐれも子供たちには話さないように。近くにいるところでの会話も避けて下さい」
「「わかりました」」
ふ~ん。行方不明ねぇ。
たしかに玲華なら誘拐されても不思議じゃないな。
サーチエンジン!
【お呼びですか、マスター】
「マップに玲華の現在地を表示してくれ」
【かしこまりました。……表示しました。マップを展開します】
脳内に、この辺りの地区、ではなく他県までの詳細な地図が表示される。
その中のとある一点に青い点がある。
これがまさしく、玲華の現在地。
一度でも会ったことのある人物なら、その個人の生命反応を呼び出し、マップスキルに表示できるのだ。
「意外と遠い所にいるな。こりゃ、やっぱ誘拐だろ」
【その可能性は高くなりました。青点の場所は、工場跡地。現在使われていない廃墟です】
「決まりだな」
さて、どうするか。
今の俺ではほとんど魔法が使えないし、この体に強化系のスキルを使うと負担が半端ない。
肉弾戦ができるのは当分先だな。
そうすると、もうこの方法しか思い付かない。
自分で助けに行くわけではなく、もうほんとくそつまんない方法だ。
できれば格好良く助けに行きたいが、魔力がないから転移や空間窓といった移動手段が使えない。
まぁ、3歳児にできるのはこれぐらいまでということでな。
俺はこっそり幼稚園を抜け出す。
「たしか、この先にあったはず……ッ!?」
良く知った気配を感じて振り向くと、そこには泉がトコトコ近付いてきていた。
「ゆうやくん、もうおうち帰るの?」
「泉ッ。なんで付いてきてんだよ」
「?」
「そんな……付いていくのが当然みたいな顔されても」
「だって、ゆうやくんともっと遊びたいし。どこ行くの?」
「はぁ、しょうがない。泉がいても別に大丈夫か」
「ん?」
追い返すのも面倒に感じた俺は、泉と手を繋いで横断歩道を渡り、目的の場所へ向かう。
傍から見ると、俺たちは"はじめてのおつかい"のように見えているんだろうなぁ。
一応幼稚園を抜け出しているので、人目を避けつつ──
目的地とは、小さいスーパーの横にある公衆電話だ。
緊急時のときの為に、テレフォンカードを持たされている。
今時どうかと思うが、スマホはまだ早いらしい。
ごもっともで。
「どこに電話するの?」
「秘密だ。おっ、泉。そこにワンちゃんがいるぞ」
「あっ、ほんとだー」
スーパー前の鎖に繋がれている柴犬で泉の気をそらしてから、電話を掛ける。
もちろんスキルを使用して、成人男性の声質に変えるのも忘れない。
『はい、110番。警察です。どうしましたか?』
「実は女の子の悲鳴が聞こえまして。近くに怪しい車があるし、もしや誘拐じゃないかと思って……」
『それはいつのことでしょうか?』
「20分くらい前です。後悔はしない為に連絡することにしました」
『分かりました。では、場所を教えて下さい』
「場所は───にある工場みたいな場所でした」
『……怪しい人物は見ましたか?』
「いえ」
『では、先程話していた怪しい車の車種等は分かりますか?』
「車種は分かりませんが、色は黒でした」
『分かりました。では、最後にあなたのお名前と住所、電話番号をお教え下さい』
「名前は……あっ、ヤバぃヤバい!」
──ガチャンッ!!
最後、切羽詰まった感じで強引に受話器を戻す。
我ながら迫真の演技ができて、少し優越感に浸っていると──。
「ゆうやくん、喧嘩でもしたの?」
そう聞いてくる泉に、俺は苦笑いを溢した。
通報のやり取りはほとんどイメージで書いているので。
本来はもっと質問されるかもしれませんが。