第56話 ヤンデレペットの願い
俺は師匠との思わぬ再会に、懐かしさを覚えた。
まさか、まだ生き残っているとは思わなかった。でも、両足は膝から下が欠損している。服装や容姿も以前のように洗練されてはいない。師匠はハイエルフでありトップクラスの美人だが、なんだか野盗のような出で立ちになっている。ただ、力強い意志を持った瞳と内に秘めた膨大な魔力は全く変わっていない。
「久しぶり師匠。なんか面白いことになってるな」
「……リアン、なのか?」
「う」
「いや、そんなはずはない。アイツは全部がオカシイが、さすがに自分が死んだのを蘇生できるはずがない。それにどうみたって子供だし、いやなんかアイツみたいなヤバそうな雰囲気はあるが、それにしたって──」
あぁ、この感じも懐かしい。普段はクールなのに、俺に説教するときだけやたら饒舌になるんだよな。『オカシイ』とか『非常識』だとかを連呼するのだ。
「……あ、あの……祐也くん。師匠って?」
不意に、俺の背中に隠れるようにして服の裾を掴んでいた葵が、おずおずと聞いてくる。
その仕草がどことなく泉に似ているなと思いつつ、誤魔化すのも面倒なので前世で魔法を教わった師匠であることを打ち明けた。俺がここまで秘密を明かした人間は彼女が初めてだろう。
すると、どうやら地獄耳なのは健在なようで、俺と葵の会話を聞いておもむろに天を仰ぎ見た。
「……そうか。死んでも体を変えて生まれ変わるまでになってしまったかぁ」
まるで呆れてものも言えないみたいな言い方だ。それには少し反論したいのだが、転生は全く俺の意思じゃない。何でもできる化け物みたいに言われるのは心外だ。
「久しぶりだから一応言っておく。リアン。お前は化け物だからな」
「───っ!」
心を読まれた。
だが、師匠にはなぜかポーカーフェイスがあまり効いた試しがないことを思い出した。それに、今は昔話をしている暇はない。
「いや、そんなことよりも師匠。人を探してるんだ。〝飯田唯〟って勇者を知らないか?」
「……どうしてお前がユイのことを?」
「知ってるんだな。今どこにいる?」
咲良の娘の名前を出すと、俺の背に隠れるようにして引っ付いている葵のことを訝しげに見ていた師匠は、驚いたように俺へ視線を向けた。
「昨日までこの集落にいた。……そうだな。無駄に暴れないと誓うなら、入れてやってもいい」
「おい、師匠には俺がどう見えてるんだ……」
「お前が大事にしてた子の火葬をするとこだったしな」
「ん?」
それから、師匠の説得により、俺と葵は無事その集落に入ることを許された。中はエルフの集落を人間の手によって拡張したような雰囲気があり、木の上に家があれば、普通の民家も建っている。種族もバラバラ。エルフや獣人等の亜人を差別している人間の国や排他的なエルフの国もあったが、ここでは皆平等なようだ。まぁ、共通の脅威があれば、そんなことは気にしてられないしな。
「凄い……」
葵は葵でその風景にただ圧倒されているようだ。
初めて目にすれば確かにこういう反応になるのだろう。なんせファンタジーの世界に入り込んでいるのだから。なんなら、もっとテンション上がって走り回ってもいいんだぞ?まだ子供なんだから。
「あれ、ファイアーボール?」
「ん?あぁ、そうだな」
葵の視線の先を辿ると、魔法の練習をしている一団を見つける。火球を放って的に命中させるだけの簡単なもので、どうやら非戦闘員に魔法の指導をしているようだ。こんな状況なら当然の対策なのだろうが、あれではそんなに意味はない。やらないよりはマシというスタンスなのか。
「魔法覚えたい、な」
「確かに自衛手段はあった方が良いが、葵じゃ魔法は覚えられないんだよな」
「そうなの?」
「こっちの世界の人達とは身体の構造が違うからな」
「じゃあ、祐也くんは?」
「………強いて言うなら、転生者だから?」
「でも、日本の普通の家庭で産まれたんだよね?」
「もう追及しないでください」
「は、はい……」
知るかよ、俺の身体のことなんか。
葵。まさか君も俺を怪物扱いするのかい?
「何をしてる。こっちだ」
葵が俺に対して少し容赦なくなってきていることに、嬉しいやら悲しいやら複雑な感情を抱いているうちに、目的地に到着したらしい。そこは、集落の中心に位置する広場のような場所で、人がたくさん集まっていた。だが、賑やかとは程遠い暗い雰囲気が漂っている。
その人垣を掻き分けて師匠がスイスイと進んでいく。俺と葵も黙ってその後に続き、彼らが何を囲んでいたのかが分かった。
「……まさか、フィー……か?」
たくさんの花が添えられた芝生の上に寝かされているのは、俺がペットとして可愛がっていた犬獣人の少女──フィリアだった。ひと目見ただけで、死んでいるのがわかる。死んでからかなりの時間が経過していて状態は悪く、魂も何処にも見当たらない。とても蘇生は不可能だ。
俺だって死んだんだ。
知人が死んでてもおかしくはないと思ってはいたが、これはかなり──
「彼女が亡くなったのは五日前だ。ユイのことを庇って悪魔に……」
「唯を庇った?あのフィーが?」
フィリアは、俺が勇者と呼ばれるよりずっと前に、奴隷売買を生業にしている人攫いから助けた獣人の女の子だ。それからは俺に懐いてくれて、モフモフペットとしてずっと傍に置いていた。彼女はなんていうか、俺以外の人間にあまり興味が無いというか、俺以外の人間と楽しくお喋りしているとこは見たことがないような子だ。祐也になった今では、彼女にピッタリの言葉が思いつく。そう、ヤンデレだ。俺が一人で何も言わずに買い物に行った時は、捨てられたと勝手に絶望して自害しそうになっていた程だ。
そんなフィリアが、誰かを庇う所など全然想像できなかった。
「……いや、まぁ、その、なんだ。好機と見て無謀な突貫をしに行ったというべきか、彼女なりの目論見があって庇ったというべきか」
「…………」
それはつまり、死にたがっていたということか?
俺が死んだ後のフィリアの様子がかなり気になる。でも、ここまで生きていたわけだから、俺の死はそこまで影響していないはずだ。彼女なら、俺の死を聞いた瞬間にやってそうだからな。
「私は途中で合流したから聞いた話になるが、お前が死んだ時は二年ぐらい大変だったみたいだな。常に抜け殻のようになってて、時折自害を図ってたらしい。最近は少しだけ落ち着いてたんだが、何かの拍子に再燃したんだろうな」
「そ、そうか」
がっつり俺の影響だったようだ。
俺の周りの連中が、不安定なフィリアをここまで守ってきてくれたんだろう。頭が上がらない。いつもギルドとかで顔を合わせるぐらいで、ろくにパーティーにも入らずにいた俺なんかの為に。いや、フィリアの為か。俺以外の奴には基本愛想がなかったが、それでも割と好かれてたからな。
「まぁ、彼女のおかげで連合軍が全滅せずにすみ、邪神を二体も倒せたんだからな。そのときの活躍は、リアン。まるでお前を見ているようだった」
「……そうか。あのフィーがな」
この世界で、ずっと俺の傍にいた唯一の存在がフィリアだ。色んな知識や戦い方を嫌という程教えこんだペットが彼女であり、邪神を斃すのに一役買ってもなんら不思議じゃない。
「フィー。よく頑張ったな」
俺はいつもしていたように、フィリアの頭を撫で回した。
フサフサしていて触り心地抜群だったはずの髪の毛と犬耳は、そこにももう生命が宿っていないかのように、儚く萎れていた。
「お別れの前に、身体洗ってやろうな」
俺はフィーを抱き抱えると、日本の秘密基地に転移し、風呂で彼女の身体を隅々まで洗った。集落に戻ってくると、皆から詰問されて涙目になって狼狽えている葵と、呆れた様子の師匠がいたが、特に気にせずフィーを元いた場所に寝かせた。
「フィー、またな」
『………早く会いたい』
ん?今、フィーの声がしたような?
「……気のせいか」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
『……………どこ』
真っ暗。何も見えない。
身体も上手く動かせない。
でも、フィーにはわかる。ご主人様の気配。
いつも優しく撫でられていたご主人様の温かい手。
それが今は少し遠くに感じる。
でも、不思議と安心できる。
何か聞こえた。間違いなくご主人様の声。
何を言っているのかは聞き取れない。
それが凄く悔しい。
何かに囚われているようで、話すこともできない。
ここから出たい。
ここから出て、ご主人様の愛に包まれたい。
フィーはドンと何かを蹴った。
その瞬間、またご主人様の声が聞こえた。
今度はとても嬉しそうな声。
フィーも嬉しくなった。
フィーの願いは、死んでもご主人様の傍に居続けることだから
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