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第55話 リアンの師匠

 

 私が奴と出会ったのは、まだラスバスという国で魔法師団長を務めていた時だった。ある日、王都近郊の森から魔物が溢れた、所謂スタンピードの報を受け、私は部下を引き連れて現場へ向かった。

 合同緊急依頼を受諾した王都の冒険者たちを含め私が現場へ到着する頃には、既にいくつかの村が魔物たちに蹂躙された後だった。私たちは魔物の群れを押し返しつつ、襲われた村を回っていった。生き残りを探して。


 そうして、いくつかの村を回り、この世の地獄のような凄惨たる惨状を見てきた為、次第に歩が遅くなっていた。だが、魔物が溢れた森から一番近い村を視界に収めたとき、私は違和感を覚えた。森に一番近いということは、それだけ多くの魔物が押し寄せたはずであり、最も悲惨な光景が広がっているはずだった。しかしそこで見たものは、本来あるはずの村が忽然と消え去り、草木に至るまで綺麗さっぱり無くなっている場所だった。


 そこだけ全てが消滅したような異様な空間に、子供が一人倒れていた。そいつが、私の弟子となり後に歴代最強の勇者として讃えられることになる超絶問題児、リアンである。





 ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



「俺が村を⋯⋯消滅させたってのは⋯⋯本当なのか?」

「あぁ、状況から見てまず間違いないだろう。お前の保有魔力はハイエルフである私よりも多いのだからな」


 彼が気を失っている間に、念の為王都の地下牢へ運び込み、魔力測定を施した。結果は、私の数倍の魔力量。魔法に高い適性を持つエルフの中でも、特に秀でた上位種であるハイエルフ。そんな私よりも魔力が多い人間、それも子供なんて初めてだった。時たま異世界からやってくる勇者モドキだって、魔法で私より優れている奴なんていねぇのに。


「俺が⋯⋯村の皆を」

「そう。全部吹き飛ばした。多分、魔力が暴走したんだろう」


 それからずっと一週間ぐらいウジウジしている人間のガキ。どうやら自分の村を吹き飛ばしたことよりも、家族を魔物に殺られたのが余程ショックだったようだ。

 ガキが何を言うんだと思ったが、「もっと真面目に鍛えていればッ」というようなことを言い嘆いていた。まだ五歳の──長命なエルフであれば赤ちゃんと呼ばれてもおかしくないようなガキが、そんなことを言ったのだ。



「⋯⋯強くなりたいか?」


 私はこの時なぜそんなことを聞いたのか、今でもよくわからない。明らかに厄介の種なのだが。


「⋯⋯なりた、え、エルフ?」


 そこで初めて、そいつは私の顔をちゃんと見た。辺境の村の子供であれば、エルフを見るのは初めてかもしれない。驚いて当然ではあるが、今頃かと少々呆れる。


「ようやく前を見たな。私はハイエルフのルイーゼ・ヘンブルクだ。この国で魔法師団長をしている。お前は?」

「⋯⋯綺麗」

「はっ!?」

「あっ、いや、俺はリアン。それで、あんたが俺を強くしてくれるのか?」


 一瞬私のことかと思ったが、恐らくこの花のことだな。廊下に置かれた簡素な花を綺麗と言うとは、案外見所がある。エルフは皆植物を大切にするからな。

 ⋯⋯って、ちょっと待て!今何と言った?


「いつ私が強くすると言った?」

「え?こういう時、師匠キャラの登場じゃない?」

「??」


 なんだ、その師匠キャラとは。

 私は弟子など取らん。おまけに、コイツは私より魔力がある。鍛え方次第では追い抜かれる恐れもあるのに、なんでそんなことをしなければならない。


「ふーん。じゃあ、またどっかで魔力が暴走するかもなぁ~。今度は村じゃなく、街規模の場所で俺が我を失ったら大変だなー」

「──っ!脅しを⋯⋯いや、お前をここに閉じ込めておけば問題はない」

「魔力の暴走って意図的にできないかなぁー。ふんっ」


 リアンがウ○コでもするように力んだ途端、内包する魔力が僅かに盛れ出しているのを知覚した。制御できていれば全く問題はないのだが、無秩序に垂れ流している状態だ。

 だが、弱い。その程度の魔力放出では、なんの意味も為さないだろう。


「あれ?」

「どうやら意図的にはできないようだな。恐らく、大切な人間を目の前で殺され、感情が高ぶったから魔力が暴走し弾けたのだろう。そう都合よくは」

「なるほど。絶望とか憎しみか⋯⋯」


 そう呟いた途端、彼の周りを無秩序に漂っていた魔力が急に収束し始め、更に膨れ上がっていく。どうやら、私は余計なことを言ってしまったらしい。


「なッ!?」


 それと同時に、彼の肉体を薄い結界が流動的に包み込んでいく。私はそれを見て唖然としたと共に、得心がいった。我を失い、あれ程の規模の魔力爆発を引き起こしておいて、本人は消し飛ぶどころか無傷だった訳に。信じ難いことに、彼を護るようにして結界がオートで発動しているのだ。本来なら自爆であるはずの魔力暴走が、術者を基点として辺り一帯を吹き飛ばす魔法攻撃と化している。


「俺の母さん父さんを返せ──」


 どんどん膨れ上がっていく魔力の塊。

 このままではこの地下牢と地上にある衛兵の屯所はもちろん、王都の一角が吹っ飛ぶ。

 ほんっっっっと、このクソガキがっ!


 私は近年稀に見る本気度で、急ぎ結界を組み上げた。それでリアンを囲み込み、ありったけの魔力を練り上げる。


「多層防壁!!これじゃ足りないか?もう一個追加!!」


 リアンを囲む五重──いや、六重の結界。こんな苦労しなくとも術者を気絶させることができれば簡単なのだが、クソなことにやたら頑丈そうな流動結界を張っている為、こうするしかなかった。


 その数秒後、轟音がこの地下牢に響き渡り、クソガキは再び気絶していた。私が急遽張った精一杯の結界を跡形もなく消し飛ばしてから。


 その時、少しチビったのは絶対の秘密だ。結界が一つでも足りていなければ、私は今頃あの世だっただろうから。それ程にえげつない魔力であり、末恐ろしいと感じた。


「⋯⋯深い憎しみを再燃させて、魔力暴走を再現するなんて⋯⋯コレは放っとくのは無理か」



 ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


 それから私は、国王を含めた国のお偉方を説得し、クソガキは私が預かることになった。割と自由奔放な私の口から「責任は私が持つ」なんて飛び出したから、皆驚いていたな。


 だが、実際に彼の面倒を見れるのは私しかいないのも事実だ。魔法師団長の座を部下に押し付けた私は、リアンを連れて王都を出た。『二度と両親を殺られた時のことは思い出すな』と固い約束はしたが、うっかり魔力暴走されては堪らんからな。


 修行する場所は、辺境の山奥だ。

 そこで、三年程みっちり『魔法』について教えこんだ。胸糞悪いことに、リアンは僅か八歳にして完璧な魔力制御を体得し、魔法のみの戦闘では〝魔法使い最強〟を自負するこの私が手加減できないくらいに強くなった。もちろんまだまだ負けないが。魔法以外?絶対にやらん。私は素の肉弾戦はからっきしだから、魔法を封じたら勝てる訳がない。アイツは、魔法よりも剣の方が得意みたいだったからな。


 そしてそれから、リアンとは別れた。冒険者になって路銀を稼ぎつつ、旅をしながらもっと強くなりたいと言ってきたからだ。



 それから時は流れ、六年後。

 私は十四歳になって大人びたリアンと再会する。


 再会した場所は、当時私が宮廷魔法使いとして勤めていたエスティア王国の王宮だった。仕える国をコロコロ変えるのは私の飽き性が原因かもしれない。まぁ、それはいいとして、見るからに平民で冒険者の格好をしたリアンが、門番を無力化して堂々と王宮内へ侵入してきたのだ。


 当然、王宮の中庭は剣呑な雰囲気に包まれる。リアン一人を王宮の騎士たちが二十人以上で取り囲み、一触即発の状態になっていた。


 今でも覚えている。

 そんな状況で彼が言ったのは──


「師匠ー!強くなったから、魔法戦闘のリベンジにきたー!」


 剣呑な雰囲気をぶち壊すような能天気な声。

 そこからは、本当に思い出すのも嫌だが、奴はめちゃくちゃ強くなっていた。そして、その魔法戦闘の模擬戦で私は一度死に、蘇生された。死んでからすぐであれば蘇生できるらしく、私はリアンに魔法の深淵を見た。蘇生魔法など、数多の魔法使いたちが試みて敗れ去ってきた代物だというのに。


 私は何時間もこのクソ弟子に説教を続けた。

 とうとう人間をやめたのかと。この時は、物凄く疲れたのを覚えている。


 それからすぐのことだ。

 とある戦争を止めた功績で、リアンが勇者と呼ばれるようになり、『デライシャス』の姓を受け取ったのは。爵位は返却していたが。いや、正確には爵位を授かる前に国を去ったのだがな。


『リアン・デライシャスを子爵に叙する』

『謹んでお断り申し上げます』

 てな話があり、一時騒然となった。当の本人はさっさと転移で逃げた為、私に皺寄せがきた。あの時は、マジで殺そうと思ったな。



 そして時は流れ、十数年後。

 邪神軍団の襲来により、リアンが戦死したことを知る。それから今日(こんにち)まで人類は抗い続けてきた。リアンが自分の命と引き換えに半数以上もの邪神を屠ってくれていなければ、既にこの世界はなくなっていただろう。

 もっとも、アイツが自分の命と引き換えにしてでもこの世界を守るなんて、勇者的な考えで挑んでいったとは思っていない。途中で逃げることもできたろうから、どうせいつものうっかりミスで死んだのだろう、と。


 リアン亡き後、私は邪神との戦闘で両足を失った。以来、彼が使っていた浮遊の魔法を死に物狂いで会得し、幽霊のように日常的に体を浮かしながら生活することとなった。

 各国から多くの精鋭を揃えても半数以上の死者を出し、なおかつ私が両足を失ったその戦いで、邪神二体を屠るに至った。そう、たったの二体だ。これを十体以上同時に、しかも一人で相手取っていたリアンは正真正銘の化け物だと痛感した。



 いくらそんな化け物でも⋯⋯死後、子供に生まれ変わるなんてことは流石にない。と思いたい。



「⋯⋯師匠?」


 気のせいだ。

 きっと『支障』だ。この足で生活に支障がないのかと疑問に思ったのだろう。


「⋯⋯ラミを助けてくれたことには礼を言う。回復魔法が使えるからそっちに行って構わねぇか?」

「ん?あぁ、この人は気絶してるだけだから問題ないぞ。それよりも、だいぶ(やつ)れたなぁ。師匠」


 懐かしむような声。

 声質は全く違うが誰かさんの影が重なり、私はなぜか少し目眩がした。




やっぱ感想もらえると嬉しいですね⸜(*ˊᗜˋ*)⸝

いつもありがとうございます。

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