第53話 滅亡寸前のアークス
あけましておめでとうございます。
葵を連れて、神々の住まう都・天界へと転移した。
俺の持つスキル『万能転移』がいつの間にか『神の転移』に変わっていたのだ。これのおかげで知らない場所にもあっさり行けるようになった。そう、天界には俺も初めて来た。
「ほへぇー」
よくわからない言葉を発し、面白い顔をしている葵を放って、俺はスタスタ歩いていく。目当ての人物は、向こうに建っているバンガロー的一軒家にいるのが分かったからだ。
ちなみに、神々が住まう場所といってもここは恐ろしく広いので滅多に神には出会わない。邪魔されても面倒だし、用がある女神の近くへ転移した訳だ。そのおかげもあって、すぐに出会うことができた。
「久しぶり。元気?女神・ウルミナ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯リアンッ!?」
俺を視認した彼女は顎がつりそうな程ポカンとしたかと思ったら、きっちり一分ぐらい経ってようやく俺の名を発した。前にも後ろにもおかしな顔をした女がいるが、とにかくこの葵と同い年のような少女が、俺の事をアークスへ転生させてくれた女神・ウルミナである。葵との違いといえば、無駄に整いすぎている顔ぐらいか。どっか残念な所は一緒だ。
「畑耕してるとこ悪いが、何年か前に飯田唯っていう地球人が異世界に渡ったはずだ。その子がどこの世界に渡ったか教えてほしい」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯リアンッ!?」
「ループをすな」
「( ゜д゜)ハッ!な、なな、なんであなたがここに?まさか、また転生してたの!?」
「上位神のくせに知らなかったのか?」
「うそぉ。⋯⋯世界神様ぁ~」
彼女は上を見上げて祈りのポーズを取るが、世界神は現れる気配がない。世界神とは、神々の頂点に君臨するおじいちゃんだ。像でしか見たことないからよく知らないが、めっちゃ多忙でめっちゃイタズラ好きでお茶目な神様らしい。そういえば、俺を殺った邪神軍団を生み出すことになった一因が、こいつにあると俺は見ている。まぁ、今となってはそこら辺を詮索する気はないのだが⋯⋯。
「その体、地球にまた転生したのね。⋯⋯⋯いや、でもなんで天界に来れてんのよ!?」
「『神の転移』のおかげで」
「なんで持ってんのっ!?」
「なんでだろ?」
俺が首を傾げると、なぜか俺の心臓の辺りが急に光を帯び出した。その現象についても心当たりがなく不思議そうに凝視していたところで、お馴染みの聞き慣れた声が聞こえてきた。ただし、いつもとは違って周りにも聞こえる声だった。
【マスターはすでに上位神の領域に片足を突っ込んでおります。人間は辞めておりますので、スキルが異常進化した次第です。女神・ウルミナ様】
「辞めてないけど!?」
「補助スキルが自我を得ている!?」
俺とウルミナのツッコミが完全に被った。自我はまぁ気付かないふりをしていただけで薄々そうじゃないかとは思っていたが、今の発言には物申したい。自分で言うのもなんだが、こんな可愛らしい顔の幼稚園児に向かって『人間じゃない』とは、なんて酷い言葉なんだ。
【いえ、マスターは既に神様でございます。この天界へ足を踏み入れた時点で、種族は亜神となり、ワタクシは『神智核』へと進化を果たしました。これにより、女神・ウルミナ様にお聞きになられなくとも、個体名:飯田唯の居所が検索可能となりました】
え、俺神様になったの?ていうか、スキルさんの話し方もより流暢に丁寧になった気がする。
ふーん、そっかぁ。人間兼神様ってことね。
「⋯⋯どこにいんの?」
【マスターが馴染みある世界・アークスでございます】
「マジ?ていうか、あの世界まだあったんだ」
【一応健在でございます。マスターがいなくなった後、邪神が各地で暴れ回り、多くの人々が命を落とし、国が崩壊していきました。これに向かっていった数々の名のある勇者や英雄が散っていき、それと引き換えに数体の邪神を減らすことには成功いたしました。現在は、各地で生き残った人類でひっそりと暮らし、戦える者たちは反撃の機を窺っているような状況でございますが、強力な魔物が数多く蔓延るようになっている現状では、この世界の滅亡はもう時間の問題でございます】
「⋯⋯で?飯田唯は生きてる?」
【はい。勇者として最後の希望の一人となっております】
「俺と違って無理矢理喚ばれたっていうのに健気に⋯⋯か」
知りたい情報は手に入った。
うっかり亜神になってしまったが、咲良を救えると思えば些細なことだ。
「じゃあ、ちょっくら行って最後の希望とやらを攫ってくるかな⋯⋯詳細な地点はわかるか?」
【申し訳ございません。邪神の魔力が濃く渦巻いているため、東側としか断定できません】
「OK~」
俺は転移先にアークスの東側の適当な場所を指定する。そっからは自分の足で探すしかないが、目に見えて人が減っているらしいし、そう時間はかからない想定だ。できれば今日中に終わらせたい。
「あ、あの⋯私はどうすれば⋯⋯」
「葵も来るか?念願の異世界だぞ?」
「異世界⋯⋯い、行きます!」
まぁ、子供(自分)が一人で行くよりも良いだろうしな。葵がいたら多少は話を聞いてくれるだろうという目算だ。路頭に彷徨う姉と小さな弟感が凄いが。
「ま、待って!アークスに行ってくれるの!?」
「一応言っておくと、世界を救うつもりはないからな」
「うっ⋯⋯」
俺が先に釘を刺しておくと、ウルミナが言い淀む。
彼女は心からアークスを救いたいと思っている訳ではない。所詮は女神なのだから。単純に世界が減ると何か不都合があるのだろう。それも、かなりしょうもなさそうなやつが。
「いいじゃん、減るもんじゃないし。ちょこっと面倒なのを屠ってくれればいいからさぁー。今のリアンなら以前より簡単でしょ?ねー、お願い!」
「断る。⋯⋯まぁ、邪魔されたらわかんないけどな」
俺は葵の手を握り、転移する。その直前、ウルミナは満足顔で手を振っていた。救うとは一言も言っていないのだが。
「ここが⋯⋯異世界⋯⋯」
「見渡す限りの荒野だな」
地肌が剥き出しの大地。水分が全て吸われて何かもが無くなったような痛々しさがある場所だ。そこには、知性のない魔物だけが跋扈している。
俺らの前には、皮膚が腐り落ちて骨が剥き出しになっている狼の魔物──デッドウルフの群れが現れ、取り囲みながら近付いてくる。葵は俺の背に隠れて小さくなっているし、何よりもその強烈な臭いが無理で、辺り一帯を纏めて吹き飛ばした。空中に高く吹き飛ばされた魔物たちは、風の刃で粉微塵にしていく。ここら辺の魔物は異世界初心者にはキツいだろうと思って、死骸を残さずに処理していったのだ。
「大丈夫か?」
「は、はい。本当に異世界に来たんですね⋯⋯」
「怖いなら先に戻っとくか?」
「いえ!ここに、ゆいちゃんがいるんですよね?なら行きます」
「OK。じゃあ、近くに襲われてる人がいるから、そこまで飛んでくね」
「えっ?」
俺は葵の手を引くと、上空へ躍り出る。
きゃあああああああぁぁぁぁ
葵の甲高い悲鳴を後ろに流しながら、一気に目的の場所へ飛んで向かった。すぐに魔物との戦闘中の御一行を見つけた。いや、今しがた戦闘が終了したようで、騎士鎧を身にまとった女が担ぎ上げられて連れ去られていくところだった。オークジェネラルによって。
「⋯⋯くっ殺?」
「⋯⋯どうだろうな」