第52話 ちょっと女神に会ってくる
「どう⋯⋯どういうことでっかっ!?やっぱり、その、貴方は神様なのますか!?」
魔法という言葉に異様な反応を見せる自殺少女・緋山葵。余程そういう話が好きなのだろう。さっきまでの悲壮感はどこへやらだ。だが、今の顔の方が可愛くて良いと俺は思う。
「あんな身勝手な連中と一緒にされてもらっちゃ困る。俺は普通の人間だ。ただ、魔法やスキルが使えて、ちょっと強いってだけのな」
「あ、あの⋯⋯それは、普通とは言わないんじゃ?」
「そうか?」
「で、でも凄く気になります!魔法、見たいですっ!」
ワクワクした夢見る乙女みたいな表情で近寄ってくる葵は、とても自殺を図った人物とは思えないぐらいだ。軽い現実逃避でもしているのかもしれない。
「じゃあ、ちょっと外行くか」
俺は葵を連れて外へ出ていく。いつもの訓練場⋯⋯なのだが、地面が大きく抉り取られ、陥没していた。どうやら睦喜のやつが派手に暴れていたらしい。困ったやつである。
「こ⋯⋯ここはいったい?」
「特に名前はないね。単純に秘密基地って呼んでる」
「は、はぁ」
「葵」
「ひゃ、ひゃい!」
「葵が好きな魔法はどんなのだ?言ってみ」
「好きな魔法⋯⋯やっぱり空を飛ぶとかでしょうか?でも実際は怖いような⋯きゃっ」
俺は葵の手を握った。突然の行動に彼女は驚いたようだが、さっきのように拒絶はしてこない。少し震えながら、不思議そうに俺の事を見つめてくる。
「怖くないように手繋いどくから絶対離すなよ?」
「えっ?」
俺は飛行魔法で空中に躍り出る。もちろん葵も一緒だ。手を引いたままどんどん上昇していくが、途中であまりに怖かったのか抱き着いてきた。俺はその頭を撫でつつ、適当なところで止まった。この辺り一帯の地形が見渡せるぐらいの高さまで来ると、太陽を近く感じる。
「ほら。目つぶってないで、下見てみ」
「うぅぅ──あっ、ふわぁ」
飛行機から見下ろすよりもよく見える山の景色に、葵は目をキラキラさせた。町や人が米粒のようだろう。ありふれた作戦だが、人間関係でイヤなことがあるのなら、こういう自然のドデカイものでも見て、自分の悩みが如何にちっぽけかを認識させる。まぁ、大抵はその場で少しだけ心が軽くなるぐらいの小さな変化だろうが、それでも意味はある。
日本、いや世界はもっともっと広い。自分にとっての居場所なんて、他にいくらでも作れる。今の小さな箱に閉じこもる必要はない。〝死〟なんていう愚かな選択をする必要はない。助けを求めれば、意外と何とかしてくれるやつは転がってるもんだ。俺の周りにはたくさんいるぞ?
「葵⋯⋯⋯」
「ぐすっ⋯⋯ひっぐ⋯⋯」
そんな大自然を見て、葵は泣き出してしまった。何かが琴線に触れたのだろう。一通り泣いた後、嗚咽混じりに呟いた。
「⋯⋯ゆい、ちゃん⋯⋯わたし、やっぱり生きたい⋯⋯よぉ⋯⋯ひっぐ⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯ん?」
その呟きを拾って何か既視感を覚えたと思ったら、その名前はつい昨日まで頻繁に調べていた人物と同じ名前だ。飯田唯。咲良の一人娘で、七年前の当時小学生の時に失踪した子だ。そして、俺が異世界に転移させられたのだと疑いを、いや確信を抱いている人物でもある。でも、さすがに別人だろう⋯⋯。
「そのゆいって子は、葵の友達か?」
「⋯⋯うん。もういないんですけど⋯⋯」
もういない⋯⋯か。
「飯田唯」
「──えっ!?」
俺がボソッと呟いたそれに、葵は素早い反応を見せた。眼下の景色に向いていた目線をグワッと俺の方に向け、マジマジと見つめてくる。その可愛らしい目尻にはたっぷりの涙をため、真意を伺うような期待の籠った真面目な視線が俺を射抜いた。
「⋯こんな可愛いのに、助けてくれる王子様はいないのか」
「⋯⋯⋯ほぇ?か、かか、かわっ?」
真面目な雰囲気なのに、俺はつい思ったことをそのまま吐露してしまう。だって、近くで見たら、より一層可愛い顔してるし。あの雅にも全然引けを取らない整った顔立ちで、垢抜ける前の雅を見てるかのようだ。いや、別に高校生時代の雅を知ってるわけではないが⋯⋯。
「いや悪い、気にしないでくれ。それで、葵の言う『ゆいちゃん』ってのは、飯田唯のことなのか?」
「そ、そうです⋯⋯飯田唯ちゃんです。知ってるんですか?」
本当に表情がコロコロ変わる。顔を赤くした照れてるような様子から一点、グイッと顔を近付けて知りたいオーラを漂わせている。ある意味、見てて飽きない。
「本人は知らないけど、母親の咲良を知ってるんだ。昔ちょっとね」
「む⋯⋯昔?あの⋯⋯あっ!わたし助けていただいたのに、まだ名前を聞いてませんでした。ごめんなさい」
「あぁ、そうだっけ?俺は祐也。白井祐也だ。神様なんかじゃなく、普通の幼稚園児だから」
「あの⋯⋯それはツッコんだ方がいいんですか?」
「ん?どういう意味?」
「い⋯⋯いえ。⋯⋯ボソボソッ(なんか普通という言葉の認識が違うみたいなので)」
飯田唯のことを知りたいはずなのに、話が全然進まない。俺も少し彼女たちの関係性が知りたくなってきた。飯田唯は生きていれば、葵と同じぐらいの年齢だろうから、元同級生という可能性は大きい。
「良かったら、飯田唯とどんな関係か教えてもらっても?」
「あっ、はい。祐也様とゆいちゃんママの関係が凄く気になりますけど、まずはわたしとゆいちゃんのことを話します」
ごめん。俺と咲良の関係を説明するには、少々面倒臭いので勘弁願いたい。昔(?)の知人ということで押し通そう。あと、なんで俺に敬称付けてんの。普通の幼稚園児だって言ったよな。
「わたしとゆいちゃんは同じ小学校で同じクラスでした。たぶん一番仲良かったと思います。それで、あの⋯⋯祐也様は事件のことは?」
「もちろん知ってる。何人か突然失踪したんだよな」
「はい⋯⋯」
だが、敬称付けられても一々文句を言わないぐらいには、慣れてしまっている呼び方だ。元勇者ともなれば、色々あんのよ。もちろん『祐也』としては初めてだ。
「決してゆいちゃんのせいではないんですけど、その頃にわたしの両親が離婚して、父に引き取られることになりました」
「母親ではなく?」
「母は⋯⋯その、他に男を作って出ていったので⋯⋯」
「うわぁ」
ありふれた話のようで、実際は初めて聞くかもな。異世界では結構あったかもしれないが、戦いばかりであまり気に止めて来なかった事柄だ。
「それから一度再婚したんですけど、父が会社をリストラされて、すぐに別れてしまって。それぐらいからです。だんだん父がおかしくなってきて⋯⋯」
「ちょっと待った。そこら辺の話は無理して話さなくていんだぞ。唯と仲良しだったってことだよな」
「あっ、はい。もしゆいちゃんがいてくれたらって、縋ってしまって。あの子なら、助けてくれるかもって」
⋯⋯うん、まぁ、あの咲良の娘だしなぁ。正義感が強くて周りを引っ張っていくような意思の強い女の子だとしても不思議じゃない。
「実はな。唯の居場所には心当たりがあるんだ」
「そうなんですか。⋯⋯えっ?」
「まぁ、そこら辺の話をしたいから、とりあえず降りよう」
このままずっと上空で風を感じ、自然を感じながら話していてもいいんだが、さすがにちょっと肌寒くなってきた。そのぐらいなら魔法でどうにかなるが、喉も乾いたしな。
俺は葵を連れて地上に降りると、屋敷の応接室に通した。外観はログハウス風だが、中は空間拡張していてだだっ広いので、屋敷と名付けた。
客なんか来ないから全く使われていないこの部屋にも、ようやく出番がきた。俺は珈琲を二人分淹れると、彼女と共にソファーに座った。
「ぶ、ブラックなんですか?」
「ああ。葵もブラックがいいか?」
「いえ。ミルクと砂糖頂きます」
珈琲を淹れた時のお決まりの質問をしつつ、俺はマグカップに口をつけて、それに倣って葵も珈琲を飲み始めた。
「飯田唯はな。たぶん異世界にいる」
「⋯⋯ぐぶっ。ごほっ、ごほっ!」
おぉ、面白いように噎せた。人ん家で珈琲を吹き出さなかったのは偉いぞ。なんて、ちょっと性格の悪いイタズラをやってみたり。
「大丈夫か?」
「い、いぃい⋯⋯いせっ、異世界が、あ、ああ、あるんですか!?」
やっぱり面白いな、この子の反応。ついからかいたくなってしまう。いかんな、俺の悪い癖が。
「ある。人の目がある中で、彼らが突然消えたのは、異世界召喚によるものだ。魔法の兆候もあったようだしな」
「ほ、本当に⋯⋯?からかって⋯⋯ないですよね?」
「こればっかりはマジだな。ただ、今も唯が、消えた子達が無事とは限らない。異世界にも色々あるからな。俺がいたところのように過酷な場所なら、その分生存率は低い」
「⋯⋯⋯⋯(ぷしゅうぅぅ)」
ん?なんかショートしたか?さすがに情報を与えすぎただろうか?脳の許容量を超えたのか、顔が固まっている。目の前で手をヒラヒラさせても、瞬き一つしない。
──5分後──
「⋯はっ?わた、わたしは何をっ?」
「だから、ちょっと女神に会ってくる。小学校の受験も丁度終わって一段落ついたし」
「⋯⋯⋯?あ、はい。それは⋯⋯お気をつけて?」
あ、この顔は知っている。考えることを放棄したときの顔だ。でも、いいのか?女神だぞ?あんなに異世界に憧れてた風なのに⋯⋯
「なんなら、一緒に来るか?」
彼女はよくわかってなさそうな顔で、コクンと頷いた。
〝女神〟というワードを出したらもっと食いつくと予想していた俺が、少しだけガッカリしたことは内緒である。
[補足情報]
祐也の分身体はリアルタイムでの記憶の共有不可(念話除く)。分身体を消した後に記憶を引き継ぐことは可能。ゆえに、何かのイベントがある際は、分身体を使わない。というわけで、受験が終わって特にイベントのない家の方は、分身体任せ。