第5話 親同士の喧嘩は余所でやれ
「ゆうや、ゆうや、ちょっとちょっと」
そう言って手招きをしてくる我が母──朱美。
その仕草がまたドラマのワンシーンのようで、周りの父親勢を虜にしているのだが、当然本人は気付いていない。
隣にいる父親も、さっきから俺のことを写メってばかりで、まったく気にした様子はない。
この無意識モテモテ系の母を思って心の中で溜め息を吐きつつ、近付いていく。
「ママ、どうしたの?」
「そ、の、子、よ。もうお友達できたの?紹介して紹介して」
期待した目で、俺と未だに手を繋いでいる泉を見ている。
どうやら俺が可愛い子と親しげに手を繋いでいるから、気になったみたいだ。
───と、なると。
「この子は、桐沢泉。こうみえても男だよ」
「えっ!?あら~、ほんとね。随分、可愛らしいわね。えっと、な、撫でてもいいのかしら?」
泉の頭上で変な手の動きをさせている我が母に、泉は警戒して俺の背中に隠れた。
「あら、すっごい可愛いわ。どうしましょう」
俺は自分の母の姿に呆れながら、「初対面で怯えさせすぎだよ」と諭す。
「そ、そうね。少し手順を間違えたわ。私はゆうやのママよ。よろしくね、いずみちゃん」
そう言って握手を求める朱美を、俺の肩の上から見つめる泉。
うん。そういう仕草をすると、また面倒になるからやめようか。
「泉。僕のママだよ。ちょっと変なところあるけど、優しいから大丈夫」
両親の前ということもあり、3歳児を演じている俺は、そういう話し方になる。
泉の前では普段の話し方なので、少し違和感を感じて首を傾げたが、スルーしてくれたようだ。
ススス──と前にきた泉は、ペコリと頭を下げて挨拶する。
「えっと、桐沢泉です。ゆうやくんママ、よろしくおねがいしましゅ」
噛んだ……。
確かにこいつは可愛い。
「か、かわいい。はっ!あなた、ゆうやといずみちゃん。ちゃんと写真撮った?」
「もちろん、バッチリだ!もう百枚ぐらいだな」
「そう。ならあとでアルバムに貼るから現像しておいてね。──ふふ」
……なんだろう。
普通の両親の会話のはずなんだが、なんか違く感じる。
百枚とか意味わからんし。
そうこうしていると、俺たちの後ろから声がかかる。
年を重ねて濁音を帯びたような低い声音を、無駄に高く明るくしたような声だった。
「泉ちゃん、帰るわよ。お勉強が残っているでしょう?」
それは、ド派手な着物を着て、ある意味目立っていたPTA風のおばさんだった。
この人はどうやら、泉のお母さんだったらしい。
「え、でも……」
泉は、まだ帰りなくないというように俺の制服の裾を強く握り、そのつぶらな瞳で訴えてくる。
まぁ、家庭の事情とかもあるだろうし、勉強に力を入れて将来安泰にさせたいという、なんかそんな感じの強い想いを、この派手な母親が持ってるんだとしたら、俺が口を挟むべきではない。
今日、友達になったばかりの子だしな。
だがしかし、俺の口から出てきたのは──。
「泉のママだよね?はじめまして、白井祐也といいます。まだ、泉と遊んでいたいんだけどダメ?」
──という言葉だった。
泉のお母さんは、俺と朱美を交互に睨んだあと、余所行きであろう笑顔を張り付けて、会釈した。
「あらあら、泉がお世話になりました。でも坊や、泉ちゃんはあなたたち家族と違って、お気楽ではないのよ。おほほほ」
思いっきり喧嘩売ってきたよ、このおばさん。
口元に手を当てて上品ぶって笑うと、泉の手を握ろうと手を伸ばしてきた。
俺がその手を、軽く払おうとした瞬間。
後ろから殺気を感じ、無意識に振り返った。
戦場では塵に等しいぐらいの弱い殺気、だがこの場では無視できない鋭さがあったのだ。
その殺気の元は、腕を組んでふたつのたわわを押し上げ、顎を少し上げた姿勢で、泉の母親を見据えていた。
ある者は、修羅場でも起きそうで恐ろしいと縮み上がり。
またある者は、鼻の下を伸ばし、その美しさに目を奪われていた。
「いずみちゃんのお母様。お気楽とは随分な言いぐさですわね」
そう言いながら、なお殺気を放ち続けている黒髪の美女。
それを感じても、年上の余裕とも言うべき態度で無視して泉を連れていこうとするおばさん。
そんな対極にいそうなふたりの"ママ"は、視線を合わすことなくバチバチと火花を散らしていた。
気付けば、教室内が静まり返り、変な空気になっていた。
どうすんだよこれ、と恭介へアイコンタクトを図るも気付かずに写真に熱中している。
このオヤジ、まじ使えねー。
仕方なく、ここは俺が穏便にすませることにした。
「泉。俺たちももう帰るからお前も帰りな。……大丈夫だよ。明日またいっぱい遊びゃあいいだろ」
俺が泉の頭を撫でながら、そう説得する。
泉も、数秒何かを考え込んでから、笑顔で頷いてくれた。
察するに、明日からずっと一緒にいられることを想像でもしたんだろ。
可愛いやつめ。
「ゆうやくん!えっと、バイバイ!」
母親に手を引かれながらも、後ろを向いて手を振る泉に、俺も振り返した。
ただ、見えなくなるまで振ってるので、少し疲れたが。
遠恋中の恋人の別れじゃねんだから。
そう思いながらも、しっかり相手してたのは……毒されているのだろうか。
俺はここまで、子供好きでも、おせっかいでもなかったはずなんだがな。
まぁそれでも、なんだかんだ悪くない(人生の)走り出しだと思う、白井祐也3歳だった。
「ねぇ、ゆうやく~ん?さっきの言葉遣いは、どういうことかしらぁ?」
俺が泉を見送って、ひとり感傷に浸っていると、後ろから朱美にそう問われ、冷や汗をダラダラと流した。
色々と頑張った結果──2時間ドラマのせいということで落ち着いた。
お母さんって、、よくわからんが怖い。