第49話 警視庁の窓際警部(?)
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。
私事ですが、新橋の烏森神社で『面白い話が書けますように』とお願いしてきました。
効果あるといいなぁ。
数時間後に火諜鷲が消えたのを知覚した後、すぐに色諜避の視界が俺の右目とリンクした。
どうやら早くも咲良を見つけたらしい。
俺の右目の視界には、病室の扉横にある『飯田咲良』と書かれた名札が映る。
さすが仕事が早い。
だが、そこから一向に動かない。
どうやら病室の扉を開ける方法を思考しているらしい。
色諜避の手足には吸着機能があるのでその気になれば、壁をよじ登って扉を開けることは可能だろうが、それだと中の人間に悟られる可能性があるので、臆病な色諜避には実行できない。
ゆえに、扉が開くのを待っているしかできないのである。
それから少し経って、色諜避の低所からの視界に男の股間が映り込んだ。
いや言い方に語弊があるが、要するにスーツ姿の男が色諜避を跨ぎ、咲良の病室に入っていったのだ。
当然その好機を逃さず、扉が閉まる直前に滑り込むようにして色諜避も室内に入っていく。
『初めまして。警視庁特命係の真田と申します。お加減は如何ですか?』
諜報活動を担う色諜避には、もちろん音を聞き取る機能もある。
そこから聞こえてきたのは、どこかで聞いた事のあるような肩書きを持つ刑事の落ち着き払った声だった。
………アールグレイの紅茶とか飲んでるかな?
『……飯田、咲良です。体調は、あまりよろしくありません、ね』
色諜避の視界に映り込んだ咲良の姿は、面影は残しつつも俺の記憶とは大きく異なっていた。
まぁ、俺が死んだのは高一の時だし、そこからどんどん女性の魅力が磨かれていけば、こんな美人になるのか。
正直、かなり驚いた。
……え?驚いた割には冷静だって?そういう性格なんじゃ。
しかし、今はあまり顔色は良さそうに見えない。
目の前から俊介が消えたのなら、知らんぷりをするか、もしくは戸惑いが大きいと思っていたが、その顔には諦観のような念が強く窺える。
「それでも、マジで大人の美女になったなぁ咲良。本当に50歳手前か?朱美とそんなに遜色ないんだが………ん?」
あれ?なんか見覚えが……?
んー、でも祐也になってからさすがに会ったことはないよな。
【個体名:白井朱美が監禁されていたホテル跡に囚われていた女性です】
あっ、そういえばいたわ。全然気付かなかった。
あの時は朱美のことばかり考えていたから、完全に存在を失念していたし。
俺としたことが、うっかりにも程があるだろう。
……いや、リアンのときも結構うっかりはあったかな?
【スキルが〝うっかり〟だと判断した、個体名:リアン・デライシャスの行為は421回に昇ります。〝うっかり〟良くしてくれた国の城を半壊させたり、〝うっかり〟師匠を殺してしまい慌てて蘇生を施したり、〝うっかり〟女風呂に突撃し──】
「シャラーーーップ!〝うっかり〟連呼すんなっ!てめぇ!」
くそぉ。スキルだから絞めるってことができない。
これが人なら首を締め上げているところだぜ。
誰でも黒歴史のひとつやふたつあるだろうがっ!
【よんひゃ】
「だーまーれーー!!」
なんでこんなに自由になってんの、このスキル!?
あれ、なんか頭痛くなってきたわ。
はぁ。つまり、なんだ、俊介の奴は朱美も咲良も攫ってたってことか?
なるほど。あいつは俺を怒らせる才能があったんだな。ご愁傷さま。
『そうですか。では、今回は自己紹介だけにしておきましょう。お大事にしてください』
そう言って柔らかくお辞儀をした真田刑事は、すんなり背を見せ、このまま引き下がるのかと思いきや、ダンスのターンでもするかのように優雅に振り返った。
『あぁ、ひとつだけよろしいですか?7年前の事件と今回貴女が供述なさった事。このふたつはとてもよく似ています。〝人の目がある中で、人が突然消えた〟ですからねぇ。とても非科学的で、私は何かのトリックを疑ってしまうのですよぉ』
穏やかな表情をしながらもその瞳の奥は恐ろしく、眼光の刃が鋭く咲良に突き刺さる。
何か俺の知らない話をしているが、とりあえず自分の発言には責任を持てと言いたい。
どこが自己紹介だけやねん。
しかし、その言葉で初めて咲良が真田刑事を見た。
色諜避の視界越しに、彼女の驚きが伝わってくる。
『………同じ。たしかに、唯の時と…………』
そう呟いて真剣な表情で何かを考え込んでしまった。
俺にはさっぱり話が見えてこないが、真田刑事は『ふむ…』とか言ってこちらも何かを考え込む仕草をする。
しかし、真田刑事が考え込んだのはほとんど一瞬のことで、未だブツブツ呟いている咲良を一瞥し、軽くお辞儀をすると病室を出ていった。
「7年前の事件とかって何のことだ?」
【通称:足立小学校失踪事件の事と思われます。調べればすぐに出てきますが、詳細を聞きますか?】
「………頼む」
まぁ、スキルさんに聞けば、偽の情報に踊らされることもないだろうしな。
別に自分で調べるのが面倒なわけではない。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「白井さ~ん」
「ん?」
名を呼ばれた俺は、PCで開いていたとあるホームページを最小化して、作成中のソフトウェアの設計書を表示させた。
「こないだ萩原君がデバッグを終わらせたこのシステムなんですけど、また新しくバグが見つかったみたいで~。特定のキーを押すとデータが重複して出力されるらしいです~」
話しかけてきた女性は、部下の清水由奈。
システムソリューション部一課に所属するSEの中での紅一点だ。
営業の方には女性もいるが、SEでは男が圧倒的に多いので、密かに癒し要員にされている。
茶髪のポニーテールが揺れる度にチラチラ見え隠れするうなじの部分が扇情的で、小顔なのも相まって男共の視線を釘付けにしている。
朱美一筋の俺でもつい見てしまう程には可愛いと思う。
性格は人懐っこくて、社交性が地味に高い。
当社で頼られたい女性社員NO.1だそうだ。(食堂のおばちゃん調べ)
しかし、彼女は普通に優秀なので、頼られる男性社員はかなり少なかったりする。(こちらもおばちゃん情報)
「またかよ。先週、あいつ完璧だって言ってたぞ?」
「じゃあ、普通に見落としですね~。どうしますぅ?彼、今日から3日間有給取ってますけど~」
「………先方はなんて?」
「向こうもチェックで一度見落としてるんで、あまり強くは言ってこないですけど~、結構急ぎみたいですねぇ~」
「だろうな。となると、おーい櫻井!お前これ引き継げるか?」
無言でカタカタPCを操作している櫻井晃へ声を掛けた。
ボサボサという程でもないが、あまり手入れのされていない黒髪は寝癖が目立ち、前髪は目が隠れる程に長い。
あれでよく画面が見えるものだと、いつも感心する。
時折髪の隙間から覗き見える目は充血していて、その下には大きなクマがある。
見るからに不健康そうな奴である。
でも、櫻井はこれが平常運転なので、皆今更気にしていない。
当部のエースのように扱われている優秀なエンジニアなので、ああ見えて結構頼られていたりする。
───ふるふる
櫻井は、俺の頼みを無言で首を振ることで拒否した。
基本的に振った仕事は何であれ完璧にこなしてくれるので、無理ということは本当に無理なのだろう。
「そうか、悪い。さすがに案件を振りすぎたか。今抱えてるやつの進捗は平気そうか?」
───こくり
頷いた。
これ以上は無理だが、今の分はなんとか大丈夫ということだろう。
………櫻井がうちに配属になってもう3年だから、ジェスチャーだけで読み取れるようになってしまった。
「アキラんは相変わらずですねぇ~。白井さん、それ私がやりましょうか?」
「いや、清水だって今過渡期だろ。……はぁ、仕方ない。俺がやるか」
「えっ!?白井さんがですか!?白井さんの作るプログラム見たいですっ!」
「ただのデバッグだ。お前は自分の仕事をしろ」
キラキラした目で見てくる部下の眼差しは少し気持ちいいものがあるが、こんなことで業務を滞らせたら俺の評価が下がる。
あの若社長に謝るなんてゴメンだ。同い年だけど。
「ところで、何のサイト見てたんですか~?」
「あぁ、子供の誕生日に良い店はないかっ……てっ!?」
………なっ?何故、バレたっ!?
「あぁ~なるほど~♪祐也くんですか?それとも琴那ちゃんのですぅ?」
物凄くニマニマした顔で近付いてくる清水。
ていうか、よく名前まで覚えてんな。
会話の流れで1回言ったかってぐらいだぞ。
「……祐也の誕生日でな。今日は定時で上がるから仕事の邪魔をするな。そして、いつまでも無駄口を叩いてないで仕事をしろ」
ここはビシッと部長(正確には部長兼一課課長)らしく叱責すると、謝って引き下がるという予想に反して清水は驚いた顔をする。
「今日なんですっ!?えっ、それなのに、その仕事引き受けたんですか?他に仕事山ほどあるんじゃ……」
「何を言ってる。俺がやった方が効率良いと思ったから引き受けただけだ」
そう言いつつ、俺は早速顧客へメールを飛ばし、該当ホストの環境へログインする。
「………白井さんの奥さん、いいなぁ」
清水にしては珍しく小さな声でボソッと何かを言うと、ようやく自分のデスクに戻って行った。
よく聞こえなかったが、上司への不満ならハッキリ言いなさい!
ひっそりコンプラ部に相談とかしないでくれよ。
──定時の1時間前に今日の分の仕事を終わらせた俺は、再び店のホームページをハシゴしていた。
そうして、何個目かにビビっときたファミリー向けレストランを見つけたので予約を取り、店のURLを添えて朱美へメッセージを送った。
『この店で19:00から予約取ったからよろしく。祐也には秘密な』
他でLINEのやり取りでもしていたのか瞬時に既読が付くが、返事はない。
だが数分後に、小生意気そうなブルドッグのOK!!スタンプが送られてきた。
「……なんだ今の間は」
俺の呟きと同時に、会社でお馴染みの鐘が鳴った。
定時のお報せである。
「よし。1時間あれば間に合うだろう。悪いが、お先に失れ」
「白井部長。お忙しいところすみません。社長がお呼びです」
定時退社の打刻をしてPCの電源を落とし、さあこれから祐也の誕生日&お疲れ様会だと立ち上がったらこれである。
社長秘書のクールビューティ・榊さんが、申し訳なさそうな顔をして測ったようなタイミングで呼びつけてきたのだ。
「社長からの伝言です。『今こそお前の力が必要だ。ぜひ相談に乗ってほしい』とのことです」
「あいつの常套句じゃないですか。いえ、失礼。では社長にこうお伝えください。今日はダメですと」
「……………え?ですが」
俺がキッパリ断ったことに、榊さんは意外と驚いているようだ。
まぁ、いつもはタイミングが良かっただけの話で、今日はマズイ。
この後の予定をキャンセルすると、家に自分の居場所が無くなる中年リーマンの典型ルートに進んでいく恐れがあるのだ。
そんなのは、社長なんかを怒らせるよりも数千倍は恐ろしい。
朱美&祐也の嫌味コンボ等喰らった日にはダメージがデカすぎて、仕事が手につかないし。
「榊さ~ん。白井さんのお子さんが今日誕生日らしくてぇ、何とか上手く社長を説得して貰えませんか~?」
こういう所で抜群のフォローをしてくるのが、清水の良さなんだよな。
櫻井なんか我関せずでPCと睨めっこだし。まぁ、仕事中だから文句言うのも筋違いではあるが。
「そういうことでしたらお任せ下さい。白井部長、お手間を取らせました。家族との時間は大切になさって下さいね。お疲れ様でした」
そう言って綺麗なお辞儀を披露し去っていく榊さんは、あの面倒な若社長には勿体ないぐらいの秘書だと俺は思った。
<どうでもいい情報>
恭介の会社は年齢層低めのアットホームな新興企業だが、業績が常にうなぎ登りで業界では高く評価されている。
数年前に上場したメガベンチャー企業。
※スキルさんの台詞を【⠀】←にすることにしました。