第48話 ゲス男の最期
腹部に二本のナイフを突き刺され、死を待つだけだった俊介に突如あの感覚が舞い降りた。
それは、祐也に何度も何度もやられた『破壊&回復調教』の回復現象。
低下し続けていた身体中の体温が徐々に上昇し始め、全く力の入らなかった身体に力が戻り、ゆっくりとした動作で立ち上がることができた。
そして刺さったままの二本のナイフが、治癒され始めた腹部から押し出されるようにして地面に落下した。
まるで時間が巻き戻しされているかのように、腹部に空いていた穴が塞がる。
その間僅か数秒。
祐也が仕掛けた遠隔治癒が発動した瞬間だった。
「びびったぁ。さすがに死んだと思ったのに。おー怖い怖い。若も人が悪い」
「───ッ!?」
地面に落ちた、自らの血で染まる二本のナイフを拾い上げながら、肉食獣のように獰猛な目で咲良の全身を睨め上げる俊介。
そして、目を見開いて戸惑う咲良に視線を合わせてニヤリと薄気味悪く笑うと、ナイフを片方だけ捨ててゆっくりと近づいていく。
混乱と焦燥と恐怖。
何が起きているのか分からずにパニックに陥った咲良は、その場から一歩も動けなくなり腰を抜かしてしまう。
「なん……で」
「俺が味わった痛みの分、きっちり発散させてもらうからな咲良ァ。すぐ壊れんじゃねぇぞッ!!」
そして、俊介は腰を抜かして動けない咲良を押し倒し、両手を頭の上で力任せに押さえ付けた。
「ここじゃ楽しめねぇからな。車に乗………」
その瞬間、咲良は違う意味で戸惑った。
なぜなら、自分に馬乗りになっていたゲス男が突然消えたからだ。
文字通り、その場から消え失せた。
「…………………」
あまりに突然の不可解すぎる出来事に、咲良は目を点にして暫く硬直していた。
明らかに致命傷で死に体だった俊介がなんでもないように立ち上がったり、かと思えば瞬間移動でもしたかのように突然消えたり……。
あまりに現実離れしすぎな出来事の連続に、咲良は自分の願望が見せた夢の中での復讐劇だったのではないかと思えてくる。
しかし、周りに飛び散った血痕や血塗れのナイフが、今起きたことが紛れもなく現実だと伝えてきていた。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
小学校の一次試験が終わった翌日。
久しぶりに秘密基地にやってきた俺は、外出した俊介が何日も帰ってきていないことを知った。
「ふむ…………お?あらら、やっちゃったかぁ」
「やっちゃったって?」
睦喜が楽しそうな笑顔で絡んでくる(殴ったり蹴ったり)のを軽く相手しながら、俊介が一線を越えてしまったのに気付いた。
なぜなら、俺が作った異空間に奴は閉じ込められているからだ。
もう5日は経っているようだ。
「ねぇ。何をやっちゃったの?俊介のことでしょ?」
普通に会話しながら、高速で打ち出してくる拳や蹴り。
俺はそれを受け止めたり、または弾いたりしながら、その超高速組手に付き合っているが、どうやら他にやらなきゃいけないことができたようだ。
「あぁ。ちょっと用できた。悪い」
俺は睦喜に軽く謝り、すぐさま転移した。
その直前、口を尖らせ不貞腐れた様子の陸喜が見えたが無視。
視界が変わり、真っ白い何もない空間にぽつんとひとり佇む俊介を視認した。
普段と違うのは、服が血で染まり、憔悴しきった顔をしていることぐらいか。
その手には、こちらも血で染まったナイフを持っている。
「……ッ!!わ、わっ、、若ッ!!!!」
俺の姿を捉えた俊介の顔面は、みるみるうちに青白くなっていく。
そして、身体中をガタガタと大袈裟なくらいに震わせ始め、俺が一歩踏み出しただけで、涙を流しながら流れるように綺麗な土下座を敢行した。
「もっ、ももも、申し訳ございません!!わ、わきゃっ、こ、これ、これの、これにはわ、訳、訳がッ」
「黙れ」
静かに、ボソッと呟くように俺は一言だけ言葉を発した。
途端に静まり返る空間。
俺が作ったこの異空間は、さっきまで時間を止めてあった。
俊介からしたらついさっきの出来事であろうが、コイツがここに飛ばされてから5日経っている。
時間を動かして飲まず食わずの監禁であれば、今頃は既に死んでたろうが、それは俺が許さない。
「お前がいったい何をしたのかは知らない。知りたくもない。だが、お前が誰かに恨まれ殺されたという事実があればそれでいい」
俺は、無造作に手のひらを俊介へ向けた。
「おっ。お待ちくださいっ!私はひがっ───」
そして、何かを握り潰すように手のひらを閉じた。
瞬間、俊介の体は全方向から一気に押し潰され、赤い液体を飛び散らして跡形もなく消え去った。
「………被害者とでも言うつもりだったのか。俺が言えたことじゃねぇけど、クズだな」
やはり、あの時一思いに殺しておけばよかっただろうか。
いや、朱美は実際未遂だったし、他にアイツが犯した罪は知らないからなぁ。
未遂といえど拉致監禁ではあるのだが、そのぐらいだったらリオンの時に腐るほどやっている俺としては、あまり強くは言えなく、調教に留めたわけで。
まぁ、俺の場合はほとんど悪人ではあったのだが……。
「コイツのせいで嫌なこと思い出したじゃねぇか」
俺は、俊介の大量の血で染まった地面を一瞥し、転移した。
そして、この異空間は抹消する。
俺が転移先に指定したのは、俊介の転移元。
つまり、俊介が本来殺された現場だ。
行ったことのない場所へ転移するのは原則不可能だが、何かを媒介して転移する分には可能ではある。
高い魔法技能を必要としたり、複数の魔法を同時行使しているので難易度は高いが。
「……血の跡は見えないな。もう掃除したのか」
一応、後片付けとして現場の掃除に来てみたものの、ここで刺傷事件が起こったような雰囲気ではなかった。
警察が介入したのかさえわからない。まぁ、寺の人に聞けばわかるかもしれないが、証拠等何もないから問題にはなるまい。
少し気掛かりなのは、俊介を殺そうとした人だ。
あんな奴のせいで殺人者にはなって欲しくなかったからこんな回りくどい細工を施していたが、「自分の手で殺したかった」なんて言う復讐者の思考を持っていたら悪いことをしたことになる。
実際、そういうのは前世では珍しくなかったしな。
なんてことを考えるあたり、俺はもうこっちの世界では異端なのかもしれない。
うむ。こういうときは相棒の出番だな。
「なぁ。俊介を殺そうとした人は、今どうしてるかわかるか?」
『個体名:飯田咲良は、現在警察病院でカウンセリングを受けています』
「警察病院ねっ…………はぁ!?」
『警察病院です』
「そこじゃねぇよ!!誰だって?」
『個体名:飯田咲良です』
──飯田、、咲良?
まさか、咲良のことか?
「漢字は?どう書く?」
『良く咲く田んぼで飯ができます』
「いや、無理に文章作んなくていいから。……でも、そうか。そっちの〝咲良〟なら同姓同名の可能性は低いな」
俺が陸の人生を終えた時の唯一の心残りが、幼馴染の咲良の存在だった。
俺なんかよりもしっかりしている彼女なら大丈夫だとは思っていたが、そうか。無事に今まで生きていたか。
……待てよ。俊介を殺そうとしたってことは、まさか。
「あいつッ!千回殺す!!転生しやがれっ!!」
俺の異空間で殺し、さらにその異空間も抹消したため、本来天に昇るはずの魂さえ粉々に砕け散ったので、神の気まぐれで転生するようなことは絶対にない。
……もっと絶望を与えても良かったかもしれない。
「……警察病院。さすがに転移できねぇわ」
本当に俺の知っている咲良なら、今すぐ様子を確かめに行きたい。
かと言って金も時間もない。
そろそろ朱美と恭介が帰ってくる頃だから、家にいないといけないのだ。
「幼稚園児ってのは不自由だ………なぁ。咲良があのクズを殺す動機……とか、その、動機をだな、動機を……動悸?あれ、俺なんか動悸してる?」
『個体名:飯田咲良が個体名:河合俊介を殺す動機は』
「あーーーー!!言わんでいいっ!!」
聞きたくない。
聞きたくないが…………知らなければならない。
「………いや、やっぱ頼む」
『(ꐦ・ࡇ・)ハァ??でしたら、邪魔をしないでください』
「……うん、わりぃ」
『動機は───』
スキルさんから聞いた動機は、俊介のクズさをより際立たせるようなものだった。
咲良も襲っていたとは腸が煮えくり返りそうだが、手は出されていないようなので一安心だ。
「……親友の復讐、か」
その理由は、咲良らしいと思ってしまった。
昔からあいつは誰よりも優しかった。
だがそれ故に、反動で鬼にもなる。
「今俺に出来ることは、見守ることぐらいかな」
式神・火諜鷲
例の如くスキル“式神操作“で諜報担当を作り上げる。
だがこいつは、自由自在に空を飛べたりある程度は戦えるが、基本的には人に見つからないように行動するため、建物内などの人が集まる空間への潜入は不向きだ。
燃えてるから普通に目立つし。
なので──
式神・色諜避
もう1匹作り出す。
その名の通り、カメレオンのような見た目に紙が合わさった式神で、紙の色を自在に操り風景と同化できる。
諜報能力は火諜鷲以上だが、空を飛べたりはできないので、そこまで運んでやる必要がある。
火諜鷲の背に色諜避が乗り準備万端だ。
因みに、火諜鷲の纏う炎はただの演出だから、色諜避に燃え移る等ということはない。
「えー、飛鳥川警察病院で入院している飯田咲良を探してくれ。色諜避、見つけたら俺の視覚とリンクしていい。火諜鷲は色諜避を送り届けたら消えろ」
その指令を受け、了解とばかりに自身の紙をはためかせると、色諜避を乗せた火諜鷲は飛び立っていった。
今年もありがとうございました。
良いお年をお迎え下さい。
それでは。




