第44話 赤鳳学園
お久しぶりです。
もう忘れたわ!って人は誠にごめんなさい(>_<)
私立、赤鳳学園。
小中高の一貫校であり、都内有数の名門として有名な超お金持ち学校だ。
都心から少しだけ外れた場所にとにかくだだっ広い敷地を保有し、白亜の煉瓦で積まれた校舎は、まるでどこぞのお城かのような品格を漂わせている。
小→中→高と上がるにつれ、華美で大きな校舎になっていき、高校の裏手には都内とは思えないような田園が広がっていて、河川も流れている。
高校にある農学コース用らしいが、他にも実地教育に適した施設が盛りだくさんだとパンフレットに書かれていた。
バカ高い学費を徴収しているだけあって、あらゆる環境・施設を有し、いろんな分野で名の知れた優秀な講師が多いそうだ。
勉学、スポーツ、芸術と幅広い分野で実績を積み上げてきた由緒ある学園です……か。
「これすごいな」
俺が思わず呟いた原因は、パンフレットの最後のページに自慢するかのように列挙されている大会やコンクールの優勝・金賞歴の数だった。
これだけで、ただの金持ちが集う学校ではないことがわかる。
正直、俺は堅苦しいのは性にあわないので、進んで入りたいような学校ではないのだが、泉に弱いと自覚してしまっている俺が、いつになく真剣な表情で誘われたら断れるはずもなく……。
まぁ、泉と入学すると決めたからには、確実に合格するつもりではある。
しかし、心配なのは泉の方だ。
少し手助け(悪い意味の)をしようかと考えたが、それだと泉の努力を無にする愚行だと気付き、結局何もしないことにした。
泉の控えめな部分がどう評価されるかが気がかりだが、ああ見えてやる時はやる子なので、信じてみようと思う。
あの教育熱心なお母さんがいるし、この間聞いた感じだと対策はバッチリみたいだったしな。
尻尾の長い鳥(たぶん鳳凰)が彫られた赤銅色の巨大な門を潜った先には、どこぞのテーマパークのような手入れが行き届いた大きな広場が現れる。
その中央には、洒落た龍のような銅像から水が流れ落ち、一定間隔で水を吹き上げている綺麗な噴水場が目に入る。
汚れの一切ないような透き通った水がキラキラ光を反射し、耀いている。
奥に清潔感溢れる校舎や体育館っぽい建造物さえ見えなければ、普通にテーマパークである。
ここまで広いとは、さすがの俺も少し驚愕ものだった。
「初等部の正門ってこんな感じだったのねぇ」
「えっ?」
俺の後ろを歩く朱美のそんな呟きを拾い、気になって振り向いた。
昔を懐かしんでいるような暖かい微笑みを浮かべていた。
「お母さん、来たことあるの?」
「あら、言ってなかったっけ?私ここのOGなのよ。高等部からだけどね」
「……そんな偶然ある?」
「だから、ゆうやが赤鳳に入るって言ってきたときはびっくりしたのよ」
「そうなんだ……」
少しビックリしたが、これはチャンスだ。
もしかしたら、ここで朱美の謎多き過去を解明できるかもしれない。
入学できたら高校の方にでも遊びに行ってみるか。
俺はそんな思惑を抱きつつ、少し朱美とそこらをぶらぶらしてから、係員の案内に従い試験会場に入った。
「お名前と所属を教えてください」
「白井祐也です。わかば幼稚園のすずらん組です」
俺は子供っぽいたどたどしい敬語を操り、受付に受験票を提示した。
この学園の初等部受験は、最大で2日行われる。
最大というのはつまり、初日の試験で振るいにかけられ、そこで不合格の場合は2日目はないということだ。
合格の場合は1週間後にある面接に進むことができ、そこをクリアして初めて内定を貰える。
試験概要は難しいものではないが、ここ数年の競争率はさらに激化し、合格難度は東大以上と専らの噂だ。
ちなみに、受験者が多く、例年いくつかの棟に分けて試験を行っているそうで、泉も玲華もここにはいない。
勉強には何度も付き合ったし、もう受かるのを祈っとくしかない。
「はい。では案内しますね。付いてきてください」
「保護者の方はこちらへどうぞ」
朱美と別れ、紺スーツの女性の後ろをついて行き、幼稚園とは比べものにならないほど広くて綺麗な教室に入った。
案内されるままにひとつの席に着き、開始の合図があるまで待つように言われる。
机の上にはすでに一枚の用紙と筆記用具が置いてあり、自身で特に準備をする必要はない。
視線を動かすことなく隅に配置している監視カメラに気付き、行儀よく座っておく。
このまま突っ伏して寝ていたいが、さすがにそれは印象が悪いということは俺でもわかる。
(もうちっと散歩しときゃよかった……暇だなぁ)
暇つぶしに、裏になっている用紙を透視し、全10問の問題を盗み見た。
この程度ならスキルさんになど頼らなくても自力で解くことができそうだった。
しかし、中学受験はこうはいかないだろうなぁと、異世界に行く前の俺の学力を思い出した。
いつも一夜漬けで赤点をギリギリ免れてきたような、下の方だった俺の成績を。
そんなどうでもいいことを考えていると、さっき案内してくれた女性が戻ってきて、教壇に立った。
「じゃあ、時間になりましたので始めたいと思います。筆記試験の制限時間は50分です。問題が終わったり、筆記用具を落とした際は、手を挙げてください。わかりましたか?」
「「「「はーい!」」」」
30人近くいる児童の元気な返事が飛んだ。
これも観察対象なのかなぁとか思いつつも、俺もしっかり返事をしておく。
ただ、俺だけ言葉に伸びがなかったので、「い」の音がやたら目立った気がする。
「あの、えっと、えっと、えっとぉ……」
「質問ですか?」
「えっと、トイレ、は……」
「その場合も手を挙げてくださいね。他に質問はありますか?」
「「「「…………」」」」
「ないみたいですね。それでは、問題用紙を表にして始めてください」
やたらオドオドしている子供の質問を軽く受け流し、女性試験官は試験開始を宣言した。
一斉に紙を裏返す音が立ち、すぐに筆記音が聞こえ始めた。
俺は周りの雑音を耳にしながら、用紙を捲ることも鉛筆を手に取ることもせずに、悩んでいた。
俺の頭の中には、現在こんなクエスチョンが浮かんでいる。
Q.このあと、どうする?
ア:即行で答案を埋めて手を上げる(全問正解)
イ:即行で答案を埋めて寝る(全問正解)
ウ:考えてるふりをしながらのんびり書き、時間いっぱい使う(全問正解)
エ:考えてるふりをしながらのんびり書き、周りに合わせる(この教室で3番目ぐらい)
さっきも言った通り、「寝る」はだめかな。
高校入試とかならともかく、小学校受験は児童の行動も評価対象に入ると思うし。
実際、午後の試験に「行動観察試験」が控えているぐらいだ。
この学校の試験は狭き門らしいし、筆記試験の様子をチェックしていても不思議ではない。
となると、アかな?
エは、隣の席のふたりの答案用紙を盗み見て諦めた。
開始してすでに5分経ってるのにまだ1問目だし、正答数を調整すんのが普通にダルい。
ウは………退屈すぎる。
そうと決まれば。
あらかじめ解いていたので答えをスラスラ書き、無言で姿勢よく手を挙げた。
女性試験官はすぐに気付き近寄ってきた。
「落し物ですか?」
「終わりました」
「……えっ?」
驚いたふうな試験官に問題用紙を見せる。
まだ5分しか経っていないが、ちゃんと見直したから満点のはずだ。
俺が首を傾げながら、問題用紙に目を走らせている試験官を見ていると、ふいに目が合った。
なんか一瞬、ニヤリと面白い玩具でも見つけた大人のように笑われたのだが、すぐに優しげな笑みを浮かべていたので、きっと気のせいだろう。
ちなみに、朱美とは違うタイプのメガネをかけた理知的な美人さんだった。
「………預かりますね。静かに後ろのドアから出ていいですよ」
「はい。ありがとうございました」
小声で礼を述べ、教室を出た。
このあとは、昼食後に行動観察の試験がある。
「……あれなら泉と玲華は大丈夫だ。問題は次だな」
なんかそろそろ大事件でも起こそうかなぁ。