第42話 バスケと受験の準備
今年最後の投稿です。良いお年を。
徐々に暑さが和らいできた初秋──。
俺は朝早くから身体を動かしていた。
「ふっ」
ひゅんっ──しゅぱんっ!
数m手前から放ちゴールネットに突き刺さったバスケットボールを、落ちる前の空中で掴み取り、シュートすると見せかけてボールを一旦下げ、左方向に身体を逸らしながら真上に放り投げる。
ボールは綺麗なアーチ曲線を描き、良い音を立ててネットを揺らした。
ダブルクラッチ。
空中でシュートしようとする手を一度下げてタイミングをずらし、ディフェンスを掻い潜りながらシュートする高度な技術。
前前世の中学時代によく使っていた技だが、ここまで余裕のあるシュートは打てなかった。
「今ならダンクはもちろんレーンアップも……いや、コート上のどこからでもダンク出来るな」
そんな光景を想像する。
バスケットボールひとつで上半身が隠れてしまいそうなほど小柄な子供が、豪快にダンクする姿を。
しかも、コートの端から飛んで反対側のゴールへダンクする光景も……。
「うん、ないな。それもはや跳躍じゃなくて浮遊だし………」
──ダンダンダン。
──ダンダンダン。
そんなバカな考え事をしながら、とりあえずボールをつく。
股の間を通し、緩急をつけた高速ドリブルで仮想ディフェンダーを躱していく。
見事五人抜きしてシュートを決め、今度は今決められた側になってボールを運び、ディフェンダーを鮮やかに抜き去る。
──ダンダンダン。
──ダンダンダン。
ボールをつく音がマンション1階の公園スペース、その端の仮設コートに響く。
元々バスケットゴールなど置いてはいなかったが、俺が結構真剣にバスケをやっていたからか、親父が管理人その他関係各所との交渉の末にゴールを購入し設置した。
地面もちゃんとしたクレーコートに仕上がっており、中々良いドリブル音を響かせている。
マンション内にあった公園スペースの一部を、親バカを全力発揮してバスケットコートにしてしまったのだ。
半面だけの作りとはいえ、父(恭介)の凄さを見た気がした。
ここまで何十本とシュートを放ったが、百発百中。
邪魔するディフェンスがいないとはいえ、まるで落ちる気がしない。
「……自分で言うのもなんだが、チートだな」
俺は時折独り言を零しつつ、黙々と練習を続ける。
今では昔の勘を取り戻すどころか、バフをかけた桁違いの身体能力であっさり追い抜いてしまった。
これでも中学の時は県の名門校でスタメン張ってたんだが……。
「……よっと」
ハーフライン辺りから放ったボールは、綺麗な弧を描きネットに吸い込まれていった。
自分が漫画の世界にでも入ったかのような錯覚を覚えつつ、自分自身に内心呆れていると、背後から拍手の音が聞こえてきた。
「我が息子ながらスゴすぎないか?どう見ても緑〇じゃねーか……」
ブツブツと小声で感嘆している恭介に、俺は苦笑いを浮かべるしかできない。
「お父さん。どうしたの?」
「あ、あぁ。お昼だとさ。………そんなことより、祐也。ひとりじゃ寂しくないか?ミニバスやってみないか?」
「……まだ早いと思うけど」
「そうだな。少し調べたら小学四年ぐらいからが一般的らしい。幼稚園児が入ったら浮くかもしれない」
突然、恭介がミニバスのチームに入らないかと誘ってきた。
初めてのことで、俺は少しだけ面食らう。
「じゃあ」
「でも、祐也なら大丈夫だと思う。どうだ?」
何を根拠に大丈夫と言うのか。
あぁ、さっきのスリーポイントシュートか。
あんなの打ってたら、違う意味で浮くって。
「いいよ僕は。中学ぐらいまでチームに入る気ないから」
「そうなのか?そりゃ残念だな」
園児が中学の話をしていることに対して、ツッコミは不在だ。
もはや園児ではなく、『祐也』という生物のカテゴリーに入っていた。
ゆえに、周りの人間はそんなことではもう一々気にしない。
そういうものだと割り切らなければ、疲れてしまうのだろう。
「それよりお昼なに?」
「ミートソースだとさ」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「じゃあ、お昼も食べ終わったところで、あなたジャンケンよ」
「い、いや、こんな大事な使命を決めるのに運任せというのはどうなんだろうか。やはりここは、幼稚園のイベントにあまり出れなかった俺が行くべきだと思うんだ」
「何言ってるのよ。仕事を部下の子に押し付けてまで、しょっちゅう行ってたくせに」
「うぐっ……」
「祐也といる時間が長い私の方が有利だと思うけど」
「ぐはっ………」
ミートソースを食べたあと、いきなり朱美が恭介を虐めている。
しかし、俺には何の話かさっぱりわからない。
何かのダメージを負ったように、テーブルに突っ伏す恭介からは父親の威厳なんかが皆無だ。
口数の少ない昭和おやじなんかよりはマシだが、もう少し大人っぽく振舞って欲しいと思う幼稚園児の息子です。
まぁ、外でこんなだらけた恭介は見たことないが。
「じ、時間の長さは関係ない。どれだけ祐也を愛しているかが問題だろう!」
真顔でそんなことを宣う隣に座る親父。
俺は恐らく能面のような表情になっているに違いない。
クスクス笑う朱美の隣に座っている琴那は、キョトンとした愛らしい顔で恭介を見つめている。
実に不思議そうな眼差しだ。
「………おほん。で、なんの話?」
俺は咳払いひとつ、朱美に問いかける。
なんとなく恥ずかしいものがあって、横は見ない。
「ふふ。ゆうやの面接どっちが行こうかって話よ」
「まだ決めてなかったの?もう来月だよ?」
「大丈夫よ。祐也のお父さんとお母さんなんだからっ♡」
「あぁ、そう」
なんか俺の周り自信過剰なやつ多くないだろうか。
小学校受験の面接なんて何を聞かれるのか分かんないだろうに。
「対策はバッチリだ。あとは…………ジャンケン、になるのか?」
「えぇ。恨みっこなしよ」
対策バッチリなのか。
なんか随分余裕そうだなぁ、俺は全く対策してないが大丈夫かな?
元々、俺が受ける予定の小中高一貫の名門私立は、泉に一日中誘われて仕方なくOKしたのだ。
そこまで行きたいわけではなく、むしろ俺はもっと緩い学校が良かったのだが……。
『ゆうやくんっ………(うるうるっ)』
目に涙を一杯溜めて懇願してくる泉に、「やだ」とは言えなかった。
初めて会ったときから結構成長してるのに、どんどん男っぽさから遠ざかっていってる気がするのは俺だけだろうか。
そんで、最近知った言葉に『男の娘』というものがあって、そうなのかと聞いたら首を傾げられた。
よくわからなかったらしい。俺もよくわからないが。
情報源はもちろん漫画で、女の子のような容姿で可愛いものが大好きな男子が、学校でいじめられつつも奮闘し、少しずつ友達ができて色んな意味で成長していくというストーリーだったはず。
「いじめ……か」
〝癒し〟が服を着て歩いてるような泉がいじめられるところなど想像できないが、性格が歪んだやつはどこにでもいる。
決して無いとは言いきれない。
俺は、朱美が買ってきていた受験対策本を開いた。
ちなみに、いつの間にかジャンケンで恭介は敗れ去っていた。
母、強し………。




