第41話 不機嫌な清純派女優
雅にスキル〈演技−〉を与えてからもう二年経っているとはいえ、スキルランクが三段階アップの〈演技++〉を習得していた。
どうりでこの短期間でトップ女優の仲間入りをしていると思ったが、この進歩は並大抵の努力では無理だ。
俺だって有益なスキルを成長させるために、あらゆる死地に飛び込んできたからその大変さがよくわかる。
寝る間も惜しんで演技の勉強をしてきたから、今の矢代雅という女優があるのだろう。
「ん?私の顔に何かついてる?」
「……いや。雅は本当に頑張ったんだなと思ってさ」
少し高い位置にある雅の頭をつい撫でてしまうと、また雅に今度は正面から抱きつかれた。
胸の谷間に顔が丁度よくフィットし、窒息しかける。
こいつ、こんなに胸大きかったっけ……。
「ぐ、ぐるじぃ」
「あっ、ゴメンっ。………ゆうくんってモテるでしょ?」
「ったく。今度はなんだ突然」
「だって私が欲しかった言葉言ってくれるし。あのバカも少しは見習ってほしい」
また出た、『あいつ』のはなし。
余程腹に据えかねているのか、何度も登場する。
これは想像以上に面倒くさそうだと思うも、あっしーと約束してしまった手前、やっぱやめるとは言えない。
どうせくだらないことなのは目に見えているが。
「雅。あっしーと喧嘩……いや、何かされたのか?」
「………っ!……き、聞いたの?」
「あぁ、何故か避けられてるって」
「………それだけ?」
「ん?」
俺が不思議に思い聞き返すと、雅は「なんでもない」と言い、慌てていた。
何かを誤魔化されたみたいだが、わざわざ問い詰めるような面倒なことはしない。
雅は少し間を置いてからため息を零した。
「それで、ゆうくんを使って訳を聞き出そうって魂胆なのね」
「…………」
話を促すように無言で雅を見つめていると、彼女は「うぅ~」とか言いながら明後日の方向を向いて頬をかいた。
何か照れるような話しなんだろうか。
「なんていうか。ほんと大したことじゃないんだけど……ね」
「でも、避けるぐらいには頭にキてるんだろ?」
「いやぁ、ほんと深い話しとかじゃなくて……そのぉ……」
───ミシッ。
「ひっ!?」
おっといけない。
良い歳してハッキリしない雅に、ついイライラしてテレビのリモコンを強く握りすぎてしまったようだ。
ヒビが入ってボタンが全く反応しないじゃないか。
というか、いくつかボタンがめり込んでいる……。
「ゆ、ゆうくん?」
「あぁ、ごめん。力入れすぎちゃった」
スタンプ風に舌を出して『てへぺろ』を実践してみるが、和ませ効果はあまりなく、彼女にしては珍しく怯えていた。
なので咳払いをひとつして、話を戻す。
「言うのか言わないのかハッキリして。別に強制してないから。正直大人のあれこれなんか興味ないし」
「……………ぷふっ。あはははははっ」
なぜか唐突に笑い出した雅を怪訝な表情で見つめる俺。
よくわからんが、何かが彼女の琴線に触れたらしい。
表情が180度変わり、いつもの明るい笑顔を浮かべている。
「そう、だよねっ。ゆうくんには興味ないよねっ。ふふっ♪」
「何がそんなに可笑しいんだ?」
「べっつにぃ。それで、私が風季を避けてる理由かぁ……」
「……ちょっとまて。今なんて?」
「え?避けてる理由でしょ?」
「その前」
「前?あっ!………まぁ良っか」
「なに自己完結してんだよ!何が良いんだ?」
「……私あっしーのことは風季って呼ぶことにしたの。本人もその方が良いらしいから。あっ、人前ではまだ呼んでないよ」
「…………」
俺は人前に入らないのかというツッコミは置いといて、長く付き合いのある男女の幼馴染が、この歳になって呼び方を変える理由……。
それも、「あっしー」なんてネタなあだ名から下の名前で呼び捨てに。
さらに、若干顔が赤く、さっきからの謎言動。
答えは簡単だな。
「隠してんのか?」
「………うん。でも、ゆうくんには話したのかなぁってちょっと思った。私たちのキューピットだし」
「キューピット?なんかやだそれ」
「ふふっ。もう気付いちゃってるみたいだけど、こないだここであれ聞いちゃってからお互いに意識してたみたいでね。……付き合うことになったの。ゆうくんには、その、真っ先に言わないとって思ってたんだけど、なんかねぇ、なんか恥ずかしくて///」
「へーー、あぁ、そう」
雅の照れた顔が普通に可愛いので、『襲う?』なんていう俺の邪悪な部分が一瞬だけ顔を出すが、まだ色んな意味で子供なので控える。
というか控えないと〝18禁〟が付いてしまう。
なんてバカなことを考えていると、雅は今度は心配そうに俺の顔を覗き込んできていた。
本当にコロコロ変わる表情だ。
「ゆうくん?えっと、ごめんね?」
「別に怒ってないから、少し驚いただけで。じゃあ、今幸せなんじゃないのか?」
「それがね。私は今後の演技に活かすためにも色んなデートしてみたいんだけど、悉く予定が合わなくて。それなのに、和とは頻繁に会ってるみたいで……」
久しぶりに名前を聞いたが、『和』とは大手法律事務所の弁護士になったという牧野和一のことだ。
あの旅館で知り合った四人のうちのひとりだが、あれから俺は一度も会っていない。
正直、声はなんとなく覚えているが、顔はあまり記憶にない。
「つまり、男友達に嫉妬か。……はぁ」
「な、なによ?別にそういうんじゃないからっ」
「なんかそのセリフ、ツンデレっぽいぞ」
「(ぷくぅっ)」
わかりやすく頬を膨らまして不機嫌アピールしてくる姿があざとい。
これのどこが〝清純派女優〟なのか甚だ疑問だ。
「まぁ、理由はわかった。俺から言えるのは、『知らんっ!』だな」
「ごめんねー、ゆうくんまで巻き込んじゃって」
「全くだよ。人の色恋なんて……って珈琲まだ?」
いつまでも俺の隣りに座って話し込む雅を半眼で見据える。
どうでもいいことを話していたらさらに喉が乾いた。
「あ、ごめ~ん。ちょっと待っててね」
なぜか俺の頭を一撫ですると、スリッパでパタパタ音を立てながらキッチンに入っていった。
俺はそれを横目で見ながら、テレビを……。
「………付かない」
とりあえず雅の姿が見えなくなったので、リモコンをちゃっちゃとスキルで修復し、全番組を付けてみるが、ろくなのがやっていない。
結局テレビを消して、気晴らしに外に出た。
玄関を出て廊下の端まで行った所の手摺りに腕を乗せて寄り掛かりながら外を見下ろす。
すると、反対側の建物の前の道路で、路肩に停車しているシルバーの乗用車が見える。
「こないだと同じみたいだな」
ナンバープレートを確認して、雅が来た時にいつもいる車だと判断する。
うちは32階にあるので普通なら目視できる距離ではないが、俺は普通ではない。
この位置からだと車の横しか見えないが、それも些細なことである。
「……雅も大変だなぁ。あれじゃ、熱愛報道出るのなんてすぐじゃないか?……恭介とパパラッチされたりしたら面白そうだな」
俺は他人事のように呟き、暑く感じてきたので部屋に戻った。
「……才花姉、戻ってたんだ」
「ことなちゃん、ぐっすり眠ってるから」
テーブルについて珈琲を啜りながら読書をしている才花は、いつもの無表情に戻っていた。
さっきの慌てっぷりがなかったように落ち着いている。
もう少し弄ったら怒るだろうか、と多少の悪戯心が湧き出るが、雅が近付いてきたので俺の意識はそっちに向いた。
「はい、珈琲。いつも通りブラックね」
「ありがと」
ズズズ──と啜りながら、俺は思った。
甘さゼロのブラック珈琲を飲む幼稚園児っているのかなぁと。
「……………」
「雅?」
そこで、声や表情はいつものように明るいのに、昏い雰囲気を纏っている雅に気付く。
あきらかに何かがあったような不機嫌オーラを、隠そうとして逆に濃くなっている。
「さっき風李にLINEしたら……『暫く関西の方に行くから会えない』だってッ!!」
「それだけ?」
「あと、ゴメンって。もう、あんなやつ知らないっ!」
なるほど。
最初はお互い忙しい身だから仕方ないと思ったが、これはどうやらあっしーが悪いらしい。
言葉が足らない。
・
・
・
1時間後───。
「ただいまぁ」
「おかえりなさい」
「あれ?雅ちゃんじゃない。まだ残ってくれてたの?」
朱美が買い物から帰宅した。
どうやら雅と才花には、俺が幼稚園から帰ってくるまでお留守番を任せていたようだ。
「なんかまだ帰りたくないんです。お手伝いしますからお夕飯一緒してもいいですか?」
「ふふ、そう。雅ちゃんならいつでも大歓迎よ。じゃあ早速これ冷蔵庫に移すの手伝って貰える?」
「はいっ!」
いやー、めっちゃ我が家に馴染んでるなぁ。まるで姉妹だ。
才花はもうとっくに帰ったのに、いつまでいるんだろうなー。
「夕飯食べたらもう真っ暗になっちゃうから、雅ちゃんさえよければ泊まっていく?」
「えっ、いいんですか?」
「えぇ。お布団あるし、服も私の貸すわよ」
「やったっ!」
な、なに………っ。
お泊まり……ことある事に引っ付いてくる雅が寝るまで傍に………それは、阻止させてもらう。
「お母さん、スマホ貸して」
「……今手離せないから……鞄に入ってるわ」
「うん」
俺と朱美がそんな普段のやり取りをしていると、雅が割り込んできた。
「ちょっ、そんな簡単に子供に貸していいんですか?」
「大丈夫よ。あの子なら♡」
「えーー」
こっちの世界に来てびっくりした文明の進化、猛勉強しました✌( ‘-^ )
「へ、変なサイト開いちゃったり……」
「変なサイトって?(ニコニコ)」
「だ、だから、怪しい……(ゴニョゴニョ)」
「ふふ。雅ちゃん顔赤いわよ?」
「ふぇっ?」
「今をときめく若手女優なのに、すごいウブなのねぇ」
「も、もうーー!お母さん、私の事からかってますかっ!?」
「あっ、雅ちゃん。砂糖入れすぎよ」
「あっ………」
物凄く仲良く話しながら一緒に料理しているふたりを後目に、俺は朱美のスマホ片手に廊下に出て、あっしーへ電話をかけた。
「例の原因がわかった。雅はデートしたいみたいだから、とりあえずデートしろ」
『……やっぱり聞いたのか。で。でも、俺は明日から関西の方に……』
「そんなん、オンラインとかでもいいんだよ!とにかく、声と顔を見せてやれ」
『そ、そうか………』
「あぁ、あと、『ゴメン』よりも『好き』っつっとけよ!」
『え?』
「わかったら、雅にLINEしろ。今すぐだ」
俺は伝えることだけ伝えると一方的に電話を切り、リビングに戻った。
結論:機嫌は頗る良くなったが、寝泊まりは回避できず、川の字で俺の隣で無防備に寝ていた。
……襲ったろか?
通常スキルの進化
〈演技〉→〈演技+〉→〈演技++〉→〈演技+++〉
※本人のスキル適正が皆無にも関わらず、何かの条件等で取得した場合、さらに下の〈演技-〉から始まる




