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第40話 見栄を張る完璧超人

 

 試合は6対1で結果的には日本の圧勝だった。

 しかし、あっしーのホームラン記録は最初の一回のみで、以降はパッとしない成績だった。

 ずっと落ち込んでいたのか、最初のドヤ顔が嘘のように俺の方に視線を送ってこなくなった。


 逆にあっしー応援団は落ち込むなんてことはなく、あっしーが打席に立つだけでキャーキャー言っている。

 ………あっしー、アイドルの方が向いてね?


「よし、帰るか。もう暗くなってきてるからな」

「泉が寝ちゃったみたいだよ」


 俺の手を固く握りしめ、肩に寄りかかってスヤスヤ寝息を立てている泉を見て、恭介の頬が緩む。

 愛しい我が子にするかのように優しく撫でると、そっと抱えあげた。

 俺と繋がっている手はなぜか離れない。


「すごい力……」

「本当だな。はは、このまま行くか」


 恭介におぶられている泉と手を繋ぎながら、球場を後にした。



 ゲートを抜けた入口の辺りで、ひとりの男が走ってくるのに気付いた。

 俺は起こさないように慎重に泉の手を外すと、その場で振り向く。

 白いキャップを目深に被り、もう外は薄暗いというのにサングラスを掛けたあっしーが小走りで近付いてくる。


「芦原風季選手がいるって叫んだら大変なことになりそうだな」


 俺は横目でとある女子グループを見て呟きつつ、あっしーを待った。

 そして、あっしーはごめんと一言呟いてから、いきなり俺の腕を掴んでトイレの方角へ引っ張っていく。

 人の多いこの場ではろくに話しもできないだろうと思い、俺もされるがままに付いていく。


「ふぅ。ここならたぶん大丈夫だな」


 トイレではなく、関係者以外立ち入り禁止の看板が出ている先の廊下だった。

 誰もおらず静けさが漂っている。


「僅か一本だったな、ホームラン」

「っ!!……祐也、さっきは悪かった。手元が狂って」

「それはいいよ。あのあとすぐ謝ってくれたでしょ。そんなことより……ふふっ」


 俺は抑えきれずに吹き出してしまった。

 あんなに格好付けて、ホームランの予告?してたのに、結果は……ふふ。ちょっとだせぇよ。


「なんだ?」

「いや、格好付けて三本指立てといて、あれはないよ……ふふっ」

「……笑いすぎだ。それは仲間にもからかわれたんだから、もういいだろ」

「ごめんごめん。それで、用件はさっきのを謝ることだったのか?」

「………」


 最初は結構頭にきたが、観戦してれば普通にあることだし、あれだけ人がいて泉の元に飛んでくるなんて逆に凄い気がしたのだ。


「昨日の約束のことなんだが……」

「約束?」

「…………まさか、忘れたわけじゃないよな?」


 なんか半眼で睨んでくるが、マジでわからない。

 約束なんかいつしたよ?昨日?


「雅のことだよ。ホームラン打てたら呼び出してくれるって言ったろ?」

「………あぁ、そういえば言ってた。でも、どういう意味なんだ?」

「いや、その、なんていうか……避けられてるみたいなんだ俺」

「雅に?」


 コクリと頷くあっしーだが、どうせ怒らせるようなことしたんだろう。

 女心なんて、野郎共の一生の天敵だからな。ご愁傷さまです。


「それで、電話に出てくれないから俺に呼び出せってことか。原因はわかってるのか?」

「いや………悪い、さっぱりで」


 相当必死に考えたんだろう。

 眉間に深い皺を刻み、頭を抱えている。

 そりゃ、好きな女に嫌われてるかもって思ったら気が気じゃないよな。

 さらに、お互いに仕事が忙しい上に、どっちもマスコミという面倒なハエがくっついて来る職業だ。

 ふたりだけで会うのも難しいはず。


「わかった。次雅が家に来た時に聞いといてやるよ。予定合わせるのも大変だろ?それでいいよな」

「あ、ああ。よろしく頼む!」


 心底嬉しそうに頭を下げたあっしーを見ながら、俺は大人のくせに面倒だなと思っていた。


「雅を泣かせたら今度は本気でぶつけるからな。野球ボール」

「……っ!だ、大丈夫だ!泣かせない!」


 引き攣った顔で宣言したあっしーを信じることにして、最後にサインを書いてもらった。


 あっしーと別れ、外に戻ってくるともう真っ暗だった。

 入口付近にあれだけたくさんいた人々も、今はもうほとんどいなくなっていた。

 駐車場には、腰に手を当てて青筋を浮かべる恭介が仁王立ちして待っていた。


「祐也。お父さんは優しいから、言い訳ぐらいは聞いてやるぞ」

「ほんと?じゃあコレ」

「こ、これはッ!芦原風季のサインかッ!?」

「うん。貰ってて遅くなっちゃった。ごめんね?」

「さすがは俺の息子だ。一生の宝にする。ありがとう」


 サイン色紙を助手席に置き、俺のことを抱き上げて頬ずりしてくる。

 機嫌ゲージがぐわんと上昇した。

 チョロい。







 ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



「ただいまー」

「おかえり」

「え?」


 幼稚園から帰宅すると、いつもと違う予想外の声が俺を迎えた。

 リビングに入ると、ソファで珈琲を飲みながら読書に勤しんでいる女医の綾瀬才花がいた。

 自宅で寛いでいるかのようなラフな格好で、ショートパンツから伸びるモデルのような長い足が、蛍光灯の光が反射してキラキラ光っている。

 足フェチの気がある俺としては思わず触りたくなる程に輝いているが、ここはやりたい放題できる異世界ではないと自制する。

 5歳児にわいせつ罪なんて適用されるのかは知らんが……。

 ちなみに、どうでもいいことだが耳・尻尾(獣人)フェチでもある。


「……なにしてんの。今日、平日だけど」

「あら、私は医者よ。土日平日関係ないし、休みたいときに休むの」

「ふーん。そんなもんなのか?医者、それも外科医って本気で忙しいんじゃ?」

「忙しいわよ。でも私、優秀だから」


 胸を張るわけでもなく、それがさも当然のように自分のことを優秀だと言う。

 俺と同じでかなりの自信家だ。

 雅曰く、綾瀬才花という女は()()()()()()()完璧超人なんだそうだ。

 つまり、こんなふうに偉そうに言っているが、割と欠点はある。


「へぇ、優秀なんだ。じゃあ、俺にも珈琲淹れてよ。優秀な才花姉(さいかねー)の珈琲は、さぞ美味しんだろうなぁ」


 ───ピシッ。


 まるでそんな擬音が聞こえてくるように、わかりやすく才花が固まった。

 今まで数パターンぐらいしか見たことない程に表情の変化が乏しい彼女だが、今はかなり切羽詰まっていることがわかる。

 なぜなら、三十秒に一度のペースで捲られていた小説が完全にストップされているからだ。


「才花お姉ちゃん、だめ?」


 俺は口調をちょい変えて、少し上目遣いで首を傾げた。

 こういう子供っぽい仕草が完全に板についてしまったことに、俺は内心でため息が出る。

 人間、慣れとは恐ろしいものだ。



 ───ギギギ。


 今度はこんな擬音。

 才花が不自然にカクカクしながら、こっちを向いた。

 いつもの無表情だが、どこか違う気がする。

 これが漫画とかなら、汗が一筋たら~と垂れているはずだ。


「そ、そのぐりゃい自分で淹れ、淹れたら?今からできるように、ななっといたほうがいいわ、よ?」


 目線を全く合わすことなく、そんなことを言ってきた。

 めっちゃ噛んでるしキョドってるし、こんな才花初めて見た。

 これ面白い。


「え?なに言ってんの。珈琲ぐらい淹れられるよ。簡単だろ」

「…………かんたん」


 あっ、これはたぶん『グサッ』かな。

 ホントに家事全般駄目なんだな。


「もしかして、才花姉珈琲も淹れられないのか?ハッ」


 心底小馬鹿にしたように笑う。

 今、才花の眉がピクリと動いた。

 滅多に見られない反応に、俺は逆に楽しくなってきた。


「い、淹れられるわよ、珈琲ぐらい。インスタントでいいわよね」

「ママの好きな豆が挽いてあるし、器具も揃ってるぞ?」


 案に『フィルターを使ってちゃんと淹れろ』って言うと、キリッとした目付きで睨まれた。

 うお、怖っ。


「あっ、ゆうくん帰ってたんだ。おっかーえりー♡」

「───ぐっ」


 寝室から飛び出してきた雅が一切空気を読むことなく、俺の背中にタックルをかましてきた。

 もちろん、突き飛ばすというわけではなく、抱きつくという意味である。


「あーー。癒されるぅ」

「暑苦しいなぁ、真夏だっていうのに」

「ふふ。可愛いの前では、全てが無力なんだよ」

「意味わからん」


 バックハグされたまま頭を撫でられる。

 この女、仕事のストレスを俺で解消しやがって。


「最近、仕事のこととかあいつのこととか。色々あったから、ずっとゆうくん待ってたんだからね」

「だからって……あいつ?」


『あいつ』ってもしかして………。


「雅、良いタイミング。ゆうやくんが珈琲飲みたいそうだから、淹れてあげて。私が代わりにことなちゃんの面倒見てるからっ」


 才花が早口でそう捲し立てると、スタスタ足早に寝室へ入っていってしまった。

 せっかく反応が面白くて遊んでたのに、雅のせいで逃げられてしまったじゃないか。

 ジト目を向けるが、やはり彼女に効果はない。


「ゆうくん珈琲飲みたいの?やっぱり子供らしくないねっ」


 いつものように楽しそうに笑う彼女からは、微塵もストレス云々は感じられない。

 俺の前ってこともあるんだろうが、以前よりも感情が読み取りずらい。



 鑑定・スキル表示



 ───

 八代(やしろ)(みやび)


 T=5

 〈笑顔+〉〈歌唱+〉〈ダンス〉〈美容+〉〈演技++〉

 ───



 めっちゃ成長してはる………。






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― 新着の感想 ―
[良い点] 雅ちゃん、努力実っておめでとう!! 種はもらったけど、この短期間でしっかり開花させたんだなぁ(`;ω;´)
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