第38話 野球観戦
俊介のエースというあだ名?は、たんなる祐也の漫画ネタなのでもう呼ばないと思います。
……どうでもいいですね。
睦喜を質問責めにし、わかったことが以下の通りである。
・睦喜らが属する組織〝SEGRETO〟には、数多くの暗殺者が在籍している
・逸核と呼ばれる暗殺者が、暗殺者たちのトップに君臨していて、組織のボスは政府や警察関係者に太いパイプを持っている
・組織の仕事は多岐に渡る(証拠不十分で不起訴になった確定犯罪者を裁くこともしばしば)
・組織内に未来を覗く力を持つ者がいて、その結果があの厳重体制
・普通は組織に刃向かった人間は、国の裏側に逃げようが必ず探し出して殺すのだが、俺の場合は諦め、睦喜の知るアジトを全て潰し、他に移転している
・蜂崎の趣味が、銃のレンタル(高額)
とまぁ、こんなところか。
未来を覗く力だったり、完全にお仲間を殺したのに諦めたりと、色々気になるところはある。
でもとりあえず、俊介に銃を渡したのは蜂崎ひとりの仕業らしいから、態々組織を潰す必要はなくなった。
予想以上に大きな組織であり、アジア全域に跨って活動しているらしいので、全て潰すとなると頗るめんどくさい。
前世と違って、派手に暴れるわけにもいかないし……。
あの一件が全くニュースになっていない理由も明らかになった。
あの惨状から、綺麗に何もかも(蜂崎の死体や痕跡)を回収するのはさすがに無理なはずだったが、警察上層部と繋がっているなら規制するのは容易だろう。
むしろ、後ろ盾が無かったらあそこまで派手には動けないはずだから、普通に納得だ。
以上のことから、とりあえず放置を決めた。
法で裁けない悪人を殺しているというのが、まだ救いがある。
まぁ、昨日のようなこともあるから、いずれ潰し回ることも視野には入れておく。
でも向こうから関わってこなければ、基本ノータッチでいこう。
「ねぇ。なんで止めを刺さなかったの?」
俺が決して面倒だからではないと自己弁護をしていると、向かいに座る睦喜が思い出したふうに質問を投げかけてきた。
「特に意味はないな。お前からは何かされた訳でもないし」
「殺そうとしたけど?ってか、さっきも」
「ああ、俺ひとりにちょっかいを出すぐらいなら許容範囲だ。それだけで殺そうとはあまりならないな」
「ちょっかい…………」
なぜか唖然としている様子の睦喜を無視して、俺は頬杖をつきながら漫画の続きを読む。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
蝉の鳴き声とジメジメした暑さが鬱陶しい初夏のある日。
俺は、恭介と泉の三人で野球の試合を見に来ていた。
河川敷でやってるような野良試合ではなく、プロの試合である。
それも、代表戦だ。
理由はよく覚えていないが、あっしーから観戦チケットを貰ったのでこうしてやってきたわけだ。
泉は来れるかどうか微妙だったが、意外とすんなりOKしてもらえたらしい。
楽しそうにキョロキョロ辺りを見回しているところを見ると、良かったなと思う。
今日の対戦相手は強豪オーストラリアだそうだが、それも世界的に見た場合である。
我が日本の相手ではないなと、左隣に座る恭介は言う。
「でも、神崎蹴斗出ないらしいよ?」
「神崎がいなくても、日本の投手陣は分厚いからな。まったく心配はない」
大の野球好きの恭介が、今の日本がどれだけ強いかを熱く語ってくる。
なんでも、自身も学生時代にがっつり野球をやっていて、県予選の準決勝で敗れて惜しくも甲子園行きを逃したという苦い過去があるらしい。
当然、スカウトの目に留まることもなかったそうだ。
たとえ甲子園に行けなくても、力があればプロになることは可能だろうから、結局才能も努力も足りなかったということだろう。
「榊原だろ、錦だろ、あと、栗山もいる。みんなエースでもおかしくないピッチャーだ。ほら、心配ないだろ?」
残念ながら、俺は野球は好きだが、今のプロ選手についてはあまり知らない。
神崎蹴斗は、たまたま朱美のスマホでLINEニュースに出てて、「いや、サッカーやれよ」と思ったからおぼえていただけだ。
メジャー行きをずっと断っているという日本のエースらしい。
「それにしても、あのとき旅館にいた青年が芦原風季だったとは……まったく気付かなかったなぁ」
「まぁ、あんなところにいるとは思わないからね」
「野球ファンとしては失態だ。あとで謝ってサイン貰うか」
最後は俺に聞こえないように小さな声だったが、丸聞こえである。
中々図々しいオヤジだ。
そんな具合に恭介と話していると、反対側から袖を引っ張られた。
恭介がさっき買ってあげたチョコレートをボリボリ食べながら、興味津々に選手たちの練習風景を眺めていた泉が一点を指さす。
「ゆうやくんのお友達あのひと?」
「ん?……ああ。あっしーだ」
泉の指の先に視線を向けると、一塁ベースの辺りにいるあっしーがこっちを見ていた。
俺と目が合うと、あっしーはキザったらしく三本指を立てた。
不敵な笑みを浮かべた後、なんかかっこよさげに去っていくが、今のポーズはなんだ。
まさか、俺の知らぬ間にピースは三本指になったのか?
「きゃーー!ふうりと目が合っちゃったー♡」
「もう一度こっち見てーー!!」
「もしかして今のHR予告!?生で見ちゃった♡」
「ちょお楽しみーー」
『ふうり』と書かれた団扇や旗を持つ女の子の集団がいる。
そこだけまるでアイドルのコンサートであった。
熱量が凄まじい。そういうのは、ぜひ外野席をおすすめしたい。
選手の顔はろくに見えないだろうが……。
「すごいねー」
「う、うん。すごいな」
「芦原風季には熱烈な女性ファンが多いって話だが、これは確かに中々だな」
あっしーってモテるんだなぁ。
好きな幼馴染にろくに告白もできない奥手野郎だったけど。
そして、さっきの三本指は今日打つホームランの数を予告していたらしい。
試合前にたまにやるパフォーマンスみたいで、女子がはしゃいでいる。
三本ってことは、ほとんどの打席でホームランを打つってことになるが……。
「おっ、やっとスタメンが発表されるみたいだな」
で、当然のように三番ファーストでスタメンに名を連ねているあっしーである。
……代打要員どこいった。
「こりゃあ、すごいな。〝 東西の二強 〟が同じチームなんて」
「なにそれ」
恭介が驚いているが、なんのこっちゃ俺にはさっぱりである。
ちなみに、泉は売店で買った野球ボールを転がして遊んでいる。
……猫のようだ。
「よく聞いた。東西の二強というのは、四年前の甲子園決勝を沸かせたふたりの選手のことなんだ。ひとりは、誰もが知る関西の雄、大阪豹院でエースだった秀才、浅井太郎。そして、都立高としては強かったが全国的には無名だった学校を、甲子園の決勝まで押し上げた怪物スラッガー、芦原風季。このふたりを擁するチームがぶつかったその決勝は、近年稀に見る神試合だったんだ。それというのも………」
長い。とにかく話が長い。
そこまで興味があるわけでもないのに、これ止めないと永遠と話し続けるんじゃないか?
つまり、高校時代のライバルが今は同じチームにいるってことだな(あるある)。
監督の挨拶やら始球式やらが終わると、いよいよ試合が始まった。
日本は先攻なので、マウンドにはオーストラリアの選手が立つ。
かなり背が高く、落差のある速球で簡単にふたりを討ち取った。
少し落ちたように感じたが、あれはどうやらスライダーらしい。
中々癖のあるピッチャーみたいだ。
「さすがにあのピッチャーからは簡単に打てないだろうな」
「そうだね。ホームラン三本は無理だよ」
そう。続いては、あっしーが打席に立つ。
これで、全然ホームラン打てなかったら後でおもいっきりバカにしてやろう。
とか思っていると、心地よい快音を響かせ、ボールはあっさり外野フェンスを飛び越えていった。
「「まじか………」」
「すごーい」
ワアアアアアアアアアアァァァァァァァ!!!
俺と恭介の驚きの声、泉の無垢な賞賛の声を、ホーム席全体の歓声がかき消した。
いきなりのソロホームランに沸きに沸く。
のんびり走って本塁に帰ってきたあっしーは、おもむろにこっちに視線を寄越し、ドヤ顔でピースしてきた。
『あと二本』とかって意味なんだろうが、だからなんだ。
「ゆうやくんのお友達、やっぱりすごいー」
「やっぱり?」
「うんっ!」
なにがやっぱりなのかわからないが、笑顔が可愛いのでとりあえず撫でとく。
「えへへっ」
泉に癒されてる間にも試合は進む。
四番の不甲斐ない三振で攻守が入れ替わる。
長身ピッチャーは、今のホームランをあまり引き摺ってはいないようだ。
さすがにこれぐらいでは流れを渡さないらしい。
対する日本の先発は、東西の二強のひとり、浅井太郎である。
メジャーな呼び方なのかは知らないが、なんかかっこいいので採用。
「それにしても、先発に浅井太郎を持ってくるとはな。予想が外れた」
「だめなの?」
「いや、力でもプロ成績でも全く問題はないけどな。先発に若手の筆頭格を持ってくるとは思わなかっただけだ」
「ふーん」
まぁ、見応えのある試合なら、俺はそれでいい。
あっしーのライバル浅井太郎は……なんというか。
一言で言うと、『綺麗』だった。
ピンと真っ直ぐ張った背中、高く上がる左足。
その体勢で僅かに停止し、大きく踏み込んで右腕を振り抜く。
その一連の動作が、芸術として完成しているひとつの型のようだった。
何球投げても全く崩れない異常に綺麗なフォームである。
「ストライ~~クッ!バッターアウッ!!」
三球三振。
これで三者連続三振である。
ついその綺麗すぎるフォームに目が行きがちだが、なにより凄いのは変幻自在な投球だ。
球種は二種類ぐらいしか投げていないはずだが、コントロールと球速を上手く使い分け、何通りものパターンを作り出している。
今の俺には簡単に捉えることができる軌道だが、スキルが無ければ、かなり難しいはずだ。
「すごい……」
「ああ。あのピッチングで、去年数ある猛者を討ち取ってきたんだ。オーストラリアじゃ簡単には攻略できないはずだ」
なぜか恭介がやたらとドヤ顔だ。
まぁ、自国の選手が強いと、鼻が高いっていうのはわかるけどさ。
その後は投手戦の様相を呈して、割と早く一巡した。
四回の表、日本の攻撃。
先頭打者は、先程ホームランを打ったあっしーである。
ここでまたホームランを打てれば、自身の予告に王手を掛けることになる。
野球してるときのあっしーって、あんなに格好良い顔するんだなぁと、俺が折角見直してやっていたというのに……。
少し振り遅れたバットに弾かれたボールは、結構な勢いでこちら、ライト側の内野席に飛んできた。
正確には俺の右隣、泉の元へ一直線に……。
『ファウルボールにご注意ください』
「……あいつ、はったおす」
ボールを素手で掴み取った右手に力が入る。
危うく野球ボールを握り潰すという、ヤバいことをするところだった。
もちろん、実在の人物や団体とは関係ありません。
イメージしやすいように似せることはありますが。