第37話 祐也の弱点
俊介と他愛もない話をしていると、睦喜が満足顔をして戻ってきた。
「楽しかったぁ。あのお家すごく中広いねっ。あれ?お兄さんがいなくなっちゃった。もしかして逃げたの?」
そんなことを言ってキョロキョロと周りを探し始める睦喜に、試しとばかりに少しだけ殺気を放つ。
「───ッ!!」
それを敏感に察知して、素早く飛んで距離を開けた睦喜は俺のことを興味深そうに見てくる。
だが、さすがにリアンの姿だった俺と同一人物だとは思っていないようだ。
「君、なに?ボク年下にワクワクしたの初めてだよ?」
獰猛な笑みを讃えて、今にでも襲いかかってきそうだ。
どうやら俺のことを敵だと認識したらしい。
「………ふっ」
俺が瞬きをした一瞬をついて、睦喜は一直線に突進してくる。
一歩目でトップスピードに達し、その勢いをつけて力任せに殴りつけてくるようだ。
「さっきとまるっきり一緒じゃねーか」
悠々と左に躱し、睦喜の腹部に蹴りをお見舞いする。
なんの受け身も取れずに大きく後方へ吹き飛び、結界の膜へ背中からダイブした。
「───グゥッ!」
呻き声を漏らして、ズルズルと地面に座る。
このエリア半径50mには、様々な効果を持つ結界を複数張ってある。
例えば虫や物は通り抜けできるのに対して、人間が通るのは不可能である。
もちろん、俺の想定以上のパワーで力づくで破るという方法もあるが、この世界にそれができる奴がいるならぜひとも会いたいぐらいだ。
なぜならそれは、俺と同じ転生者である可能性が高いから。
「今蹴ったの?全然反応できなかったよー」
睦喜はケロッとしながら、感心したような顔で戻ってきた。
それを見たら、なんとなくイラっとした。
「もしかして、君さっきのお兄さんの弟子?すっごく強いね。ボクこんなに楽しいの初めてかもっ」
無邪気な笑顔。
先程まで浮かべていた薄気味悪い笑顔ではなく、心からの笑顔を受かべている。
本当に楽しそうだな、おい。
そして、再度突っ込んでくる。
なぜか数段スピードがはね上がった睦喜は、笑いながら蹴りを放ってくる。
俺はさっきと同じように左に躱し、今度は俺が殴りつけようとするが、睦喜が一瞬早く地面に踵を落とした。
───ドゴーーン!!
大きな土煙が舞い、数十cm凹んで足元が不安定になる。
咄嗟の機転にしては中々上手いが。
「これで姿をくらましたつもりか?」
背後からの鋭い回し蹴りを片手で受け止め、逆の手で睦喜の顔面に掌底を食らわす。
視界が悪かろうが、俺には睦喜の動きが手に取るようにわかる。
目に頼る戦闘に先はないからな。
───ズシャアアアアアアアァァァァ。
物凄い勢いで地面を転がっていく睦喜は、また結界の境目で停止した。
しかし、数秒後にはまたゆっくり立ち上がり、玩具を前にした子供のように笑う。
これにはさすがの俺も驚いた。
あまりにもケロッとしてるので、今の掌底は少し力を入れたのだが、まるで効いていないらしい。
俊介だったら脳震盪でも起こして、すぐに死んでるレベルなんだが。
「強すぎるでしょ。後ろに目ついてるの?」
「……お前どんな身体してんだ?」
「んー。ボクもよくわかんなーい」
ふむ。なら見てみよう。
「ウィンドエッジ」
瞬時に発動した俺の魔法が、空を切り裂いて睦喜の元へ飛翔した。
魔法発動の兆候として一瞬魔法陣が形成されるものの、それはすぐに消え、視認できない風の刃となって対象に襲いかかる。
魔法に免疫のないものには、到底知覚不可能な攻撃だった。
しかし、睦喜は何かを感じ取ったのか慌てて回避行動をとる。
さっきまで以上にその顔が必死だった。
「戦いにおける勘が鋭いみたいだな」
しかし回避は間に合わず、睦喜の左腕を風の刃が通過した。
そして、肘から下がゴトリと落下する。
その音からしても生身の腕ではないし、普通出るはずの赤い血が流れていない。
〝サイボーグ〟
俺の頭にこの単語が浮かんだ。
前世にも狂ったように自身を改造しているバカがいたが、まさかこの平和な日本でもそんなものに会えるとは思わなかった。
道理で異常なまでのタフさだと思うが、その反面今の日本にここまでの技術があるのかと少し驚く。
恐らく普通に生きていたら、まず知ることの無い裏の知識だ。
「随分ユニークな身体だな」
「……やっぱりその口調に雰囲気。さっきのお兄さん?」
「よくわかったな。これが本来の俺の姿だ」
「ふふふ、なるほどー。君も人間を辞めてるんだねっ!」
同じ仲間(人外)を見つけて嬉しいのか睦喜は無邪気に笑う。
そして、なんとなく一緒にされるのが嫌な俺。
「こんなに楽しいのは逸核以来だよ。あれと殺し合いするのも楽しかったなぁ……さぁ、続きをやろう!」
どうやら睦喜は勘違いしてるようだ。
これは殺し合いなどではない。
言うなれば、俺の暇つぶしだ。
……のだが、今ちらっと気になることを言っていた気がする。
「逸核?そいつもお仲間なのか?」
俺は睦喜のタックルを軽くいなしながら、疑問を口にする。
左手はなくなっているが、動きにキレが増している。
「仲間じゃないよ。ボクが一番殺したい相手だよっ!でも、今二番になっちゃった。君を一番に殺したい!」
そう言って豪快な蹴りを放ってくるが、俺も一段ギアを上げて、その蹴りごと殴りつけた。
足が変な音(鉄パイプがねじ曲がったような音)を立てて、勢いよくすっ飛んでいく。
物理結界に叩きつけられて小さく悲鳴を上げる睦喜。
今度はしっかり効いてるようで、足が上手く立ち上がってくれないようだ。
「ははは。こんなにダメージを負ったのは初めてだよ。た、立てない……」
さっきまでの殺すと意気込んでいた勢い虚しく、今は乾いた笑いを浮かべている。
意外と表情は豊かなのかもしれない。
「サイボーグなのに、指先からマシンガン放ったりできないのか?」
「ぶふっ!それ漫画の見すぎじゃないの?」
「そうか?俺の昔の知り合いは、目ん玉からレーザービーム出してたが……」
「どんな知り合い!?」
喜怒哀楽のうち、人体改造によって喜と楽のみが残り、笑いながら幾多の人を殺してきた裏の世界の怪物、睦喜。
彼は祐也と出会い、初めて本物の〝人外〟を目にする。
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翌日。俺は秘密基地を訪れた。
え?幼稚園があるのにそんな暇あるのかって?
今は昼寝タイムだからこっそり抜けてきた。
え?遥先生に気づかれないのかって?
大丈夫。分身を置いてきたから。
……俺はなにひとりで自問自答しているのだろう。
なんか聞かれた気がしたんだよね。
ついでに、分身についても少し説明を。
『変身』のスキルと違って『分身』スキルは魔力を必要とせず、分身を一体生み出すごとに体力を消耗する。
ならば、体力を回復可能なポーションを併用すれば、無尽蔵に分身を生み出せるのかと言うとそうでもない。
俺が見てきたほとんどの術者は、一度で半分以上の体力を削られる。しかも、分身にもダメージが通るのだからそこまで有能なスキルでもない。
しかし、なにかと便利なことには変わりがない。
そう。昼寝させとくこととかな。
まぁ、俺の場合はレアスキルに該当する『体力自動回復』を極限まで極めているから、某漫画のえげつない量の分身だって可能だ。
漫画の非現実を再現できると思うと、少しテンションが上がってくるのだ。
少し脱線した感が否めないが、とにかく秘密基地にやってきた。
のんびり漫画でも読みたいのだが、生憎と昨日から居着いてしまってうるさいやつがいる。
「おりゃーーーーー」
そいつは、大声を出しながら嬉しそうな笑顔で飛び蹴りを放ってくる。
十メートル以上先からの大ジャンプだ。
この子供の無垢な笑顔に騙されてはいけない。
この蹴りには、人体など容易に破壊できうる威力が備わっているのだから。
俺は流麗な動きでそれを躱すと、挨拶がわりに重たいチョップを睦喜の頭に落とす。
地面に叩きつけられ、ぽかんとする睦喜はすぐに我に返って笑顔で飛び起きる。
「やっぱり速すぎて全然見えないよ」
「だから見るんじゃない。感じろ」
「わかった。……おらっ!」
諦めてとぼとぼ歩いていくと思いきや、振り返りざまに蹴りを放つ睦喜の足を難なく掴む。
「へぇ?」
そして、その場でぶんぶん振り回す。
片手でタオルを振り回すように………。
「うえぇ~~~~~~ぇ~~~」
そして手を離すと、ヒュんっと勢いよく飛んでいった。
もちろん結界に激突して落下する。
目をグルグル回しているので、これで暫くは静かになるはずだ。
ちなみに、無くなった左腕と損傷した足は『逆行回復』によって元通りになっている。
これはある時点まで時間を巻き戻して、元の状態へと戻す回復魔法だ。
ここで修行するとか言うから、まあ勝手にしろってことで一応治してあげたんだよな。
「俊介がいないな。……まぁ、いいか」
俊介の姿が見当たらなかったが、どこかに出掛けているのだろうと思い、小屋に入る。
何度も言っているが、とても室内は小屋の規模ではない。
しかし、面倒なので小屋と呼んでいる。
俺は十畳ほどもある自室で漫画を読み始める。
ここ最近は、分身を使ってのサボり癖で出てきてしまって、あまりよくないとは思うのだが、趣味の誘惑には勝てそうにない。
前世はこれ以上ないぐらいに好き勝手に生きていたので、そういう人格形成をしてしまったのかもしれない。
「まぁ、昼寝なんて退屈で仕方がないからなぁ」
俺はパラパラ漫画を読み進め、ふぅと一息ついたところで、部屋に睦喜が入ってきた。
随分な時間目を回していたなと思いつつ、用件を聞く。
実は、昨日小屋の中に虫が飛んでいたという理由で一部屋丸々破壊しくさりやがった睦喜を、コテンパンに教育したのだ。
それから小屋の中で暴れるなと厳しく言い付けてあるので、ここで事を起こすことはないはずである。
「今日は色々とユウヤの話が聞きたいと思って」
にこやかにそう言いながらソファに座る。
話か。俺の弱点でも聞き出したいのだろうか。
「いいぞ。俺も少し聞きたいことがあったし」
それでも漫画を読むことは継続だ。
話をしながらでも全然問題はない。
「じゃあ、ユウヤって弱点ある?」
「いきなりそれか。本当に戦いしか興味ないのか?」
「うん!雑魚を蹴散らすのは爽快だけど、自分のことを強いって思ってるヤツを殺すのはもっと爽快っ」
清々しいほどの笑顔でそんなことを言う睦喜。
まぁ、今更か。
「まぁ、弱点ならあるぞ。俺も人間だからな」
「ほんとっ!?なになに??」
「話してもいいが、お前も俺の質問に答えろよ」
「全然いいよー。それで、弱点って?」
どんだけ俺の弱点が気になるんだ。
別に話しても構わないが。
「俺の家族。そして、それ以外の大切な人たちだ」
その言葉と同時に睦喜へ殺気を突き刺す。
それなりに力を入れた殺気は、睦喜を硬直させ冷や汗を垂らさせる。
意識が飛ばないギリギリを調整するのはダルい。
「あぁ、でもこれは俺を倒すという意味では弱点足りえないな。指一本でも触れたらお前はこの世から消え去るから。ついでに全ての記憶も消して、お前の存在自体がこの世からなかったことになるかもな」
一転して、俺も清々しい笑顔でそう言い放つ。
まぁ、世界から記憶を消すのはさすがに無理だけど。
睦喜の顔からは笑顔が消え、無表情で俺の言葉を受け止めている。
これは、どういう感情だろうか。
『初めて恐怖をおぼえて戸惑っている顔です』
『これが?』
『はい。喜怒哀楽が色々狂っているようです』
『ふーん。それよりさ、ここんところ勝手に出てくるよな、スキルなのに』
『スキルもマスターの成長に伴って日々進化しているのです』
『へー、そう』
俺はめっちゃ久しぶりに自身を鑑定してみた。
もちろん余計な情報は大幅カット。
進化『サーチエンジン』
↓
『ワールドセクレタリー』
マジで進化でした。
セクレタリーってたしか秘書とかって意味じゃなかっただろうか。
『…………』
道理で流暢な話し方になってると思ったよ。
でも、前世で進化しなかったのは?
『不明です』
『まぁ、今はいいか』
俺は鑑定を切って漫画を閉じ、睦喜に視線を向けた。
「さて。んじゃ、俺の質問にも答えてもらおうか」




