第35話 最硬の強化人間
糸が切れたマリオネットのように崩れ落ちる蜂崎を眺めながら、俺は頬をかいた。
「結局、お仲間のこと聞けなかったな」
横たわる蜂崎を見下ろしてから、外に視線を向ける。
あちこちから感じていた熱視線がパタリと止み、全速力でこの場所から引き上げて行く気配を感じた。
中々に素早い判断である。
「暗殺者にとって、判断力ってのは殺しのスキルよりも重要だからな」
そう呟いてから、誰もいないはずの入口に話しかける。
「お前も見習えば?」
「……ボクは大丈夫。死なないから」
例によって薄気味悪い笑みを浮かべながら、暗がりから少年が姿を見せた。
そして、血溜まりに倒れ伏す蜂崎をチラッと見る。
「まぁ、はっちーは普通の人だったからねー。撃たれれば死ぬから」
「お前は随分頑丈らしいな」
「ボク?ボクはちょっと特別なんだよ。よくわかんないけど、組織が最硬傑作ってボクのことを言うんだ。僕にはおじいちゃんが付けてくれた睦喜って名前があるのにさ。やんなっちゃうよね」
「お前のことはどうでもいいが、その組織ってやつについて聞いてみたいな」
「ああ、組織?なに、入りたいの?ボクは倒したいから、入られると困っちゃうなぁ」
「倒す?俺を?……いいなそれ。なんか昔に戻った感じがする。そんなら倒してみろよ、睦喜少年」
俺はそう言って、人差し指を曲げて『来い』と伝える。
本当は組織について聞いてみたいが、まぁ最悪スキルでなんとかなるだろう。
名前で呼ばれて嬉しくなったのかさらに笑みを深めた睦喜は、一直線に突っ込んでくる。
何も考えていないのか、バカ正直な動きだった。
ただ、スピードはかなり速い。
前世で自己加速スキルを用いたモブ敵に匹敵するほどだ。
睦喜が放つパンチを難なく躱してから、失敗を覚った。
その余波だけで、元々脆かった壁が吹き飛び蜂崎の死体も吹き飛んだからだ。
このあと火葬してあげるつもりだったのに、瓦礫に埋もれてしまった。
そして、俺たちが立っている場所も崩れようとしていた。
「ありゃ」
このまま逃げるかと思ったが、ワクワクしている子供を見てしまったら、昔の自分の力を試したくて仕方ない挑戦者たちを思い出した。
まぁ、中には最強の座が欲しいとか復讐目的とかもいたが。
「仕方ない。〝転移〟」
俺は睦喜を連れて、隠れ家に転移した。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「そういや、こっちきてから人を殺したのは初めてか」
そう呟き、拳銃を持つ右手を見る。
特に意識せず、普通に引き金を引いていた。
しかし、よく考えれば……いや考えるまでもなくこれは殺人だ。
前世で腐る程悪人を殺してきたとしても、白井祐也としては初めて人を殺めたことになる。
にもかかわらず、何も感じない。
心は至って冷静で、数日もすれば蜂崎のことなど忘れるだろう。
こっちの世界では間違いなく異常者だが、向こうの世界ではそれが当たり前だった。
俺が前世で初めて人を殺したのは、今と同じ5歳のときだ。
以前に少し話したかもしれないが、俺が生まれた村が魔物の集団に襲われあっさり壊滅した。
それまで可愛がってくれた両親は目の前で死に、たまに遊びにきていた村長や他の大人たちも魔物に襲われていた。
それはそれは凄惨な光景が広がっていたはずだが、生憎と記憶が不鮮明だ。
俺がよく覚えているのは、両親がただのゴブリンに蹂躙され、その命を散らしたところである。
必死に俺を逃がそうとする母親の顔もよく覚えている。
優しくて、そこらの男なんかより勇敢で、でもどこか抜けていて……朱美によく似ていた。
真っ先に村から逃げ出した旅の商人のタレコミにより、近隣の街から急いで駆け付けた兵士が見たのは、何も無い荒野だった。
村があるはずの場所には民家の影も形も無くなっており、そこだけぽっかりと空間が抜け落ちたかのように赤茶色の地肌が剥き出しになっていた。
訝しんでいた兵士が目を凝らしてみると、その中心にはひとりの子供が倒れ伏していたそうだ。
そう、俺の事である。
まだ精神的に未熟で、頭が真っ白になった俺は我を失い、魔力を暴走させた。
その結果、内に秘めていた膨大な魔力が外に解き放たれ、辺りを広範囲に渡って消し飛ばした。
既に息を引き取っていた両親や他の村人の亡骸もただのゴブリンも必死に逃げ惑っていた村人たちも全てを消し飛ばしていたのだ。
それは自爆に近かったが、魔力が自然と宿主を覆い、魔力がガス欠になっただけで自身は無傷だった。
俺はこれを魔法の師匠に教えてもらった。
自分が無意識に大勢の人々を葬り去っていたと。
当時の俺にはかなりショッキングだったが、『魔法を極めれば二度とそんなことにはならないし、大切な誰かを守ることだってできる』という言葉で、俺はがむしゃらに鍛錬に時間を費やしていった。
意識してではなかったが、俺が初めて人を殺めた瞬間だった。
その後に、勇者として担ぎ上げられる出来事があるのだがそれはまたの機会に。
「………ねぇ。ねぇってばっ!!」
子供特有の高く聴き取りやすい声に、俺は長い思考の底から浮上する。
俺の目の前には、両目をこれ以上ないほどキラキラさせて見上げてくる睦喜がいた。
「ワクワクすっぞ」とか言い出しそうな感じだ。
「ここどこ?お兄さんが連れてきたんでしょ?一瞬で景色がガラッと変わったよー。すごーい」
キラキラ全開で周りをキョロキョロ見ている。
さっきまでは崩れそうだったビルの中にいて、気付いたら森の中に移動しているのだからそれも無理はない。
「一応人もいるねー」
睦喜の視線を辿ると、白い椅子に腰掛けて目をまん丸にしながら、こちらを凝視している俊介の姿があった。
手には俺おすすめの漫画があることから、つい今まで読書をしていたのだろう。
俺が蜂崎のところへ話し合いに行っている間に優雅に読書とは、随分偉くなったものだ。
「エース?」
「──はっ!はひっ!」
声が裏返りつつ慌てて立ち上がる俊介を睨む。
その視線を受けて、俊介は顔を青ざめさせながらも納得顔で頷いた。
「お、お帰りなさいませ、若」
「………」
「こ、この漫画凄く面白いですね。妹が兄を庇うところはグッときますし、技も格好良いです」
「……だろ?でもやっぱ、兄が妹を守らないとな。妹に戦わせるなんてありえねぇ……まぁ面白いけど」
「小さくなるところもコミカルでいいですね」
「ああ。それと───」
睦喜そっちのけで漫画談義をおっぱじめてしまう。
やっぱり好きな物の話は楽しい。
「……あの。ところで、さっきの少年は?」
「ああ、なんか家に入ってったぞ。好奇心旺盛なのは良いことだ」
俺と俊介が話に熱中していたので、睦喜は探険に出ていったみたいだ。
あの年代なら当然だな。
「それで、若。ずっと気になっていたことを聞いても?」
「ん?このあとの展開か?」
「あ、いえ、漫画のことではなく。そのお姿はどういう?」
「ああ、リアンのままだった。秘密基地に戻ってきたことだし、もういっか」
俺は変身のスキルを解除し、元の愛くるしい幼児の姿に戻る。
ガラッと視界が変わって、これまた変な感じがする。
目線の高さにあった俊介の顔が、今はかなり高いところにある。
「………もう若が宇宙人だと言われても驚きません」
呆れたように俊介が言った。
宇宙人か。
実際、宇宙なんかよりも遥かに遠いところからきたんだよなぁ。