第33話 暗殺結社〝SEGRETO〟
今話は敵側のお話です。
祐也が登場しないので、次回に活躍します……たぶん。
(気が変わって話を差し替えりすることが多々あるので断言はしない)
とある高層ビルの屋上で、キラキラと煌めく夜景を見下ろしながら一服している男がいた。
「ふーー。今日も良い眺めだ」
大きく息を吐いた後、内ポケットのスマホが震えているのに気付き、電話に出た。
『……もしもし』
「おー。可愛い俊介君か」
『河合俊介だ』
「フッ。まさかお前からコンタクトを取ってくるとは思わなかった。なんでも、雲隠れしたらしーじゃねえか」
『……監視してたのか』
「あいつらを巻くなんて素人には無理だ。どんな手を使ったのかぜひ聞きてーな」
『……じゃあ、次の日曜日。例の場所にまた行くから、そこで話す』
男の眼光が一層鋭さを増す。
何を企んでいるのか読み取れないからである。
もし裏切ったのなら、おめおめ姿を現せば命がないことは分かっているはず。
「ああ、いいぜ。楽しみに待っている」
その言葉を最後に通話は切れた。
男は夜景を眺めながら、不敵に笑う。
何を企んでいるのか知らないが、俺に仇なす者には死あるのみだと。
「本当に楽しみだ」
そう呟いた男──蜂崎は、屋上にあるエレベーターに乗り込み、下の階へ降りていく。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
エレベーターが止まったのは42階。
少し固くなった首をゴキゴキ鳴らしながら彼が降りた場所は、至る所に配線が敷き詰められ、多くの機材が置いてあるTHE・アジトといった雰囲気の薄暗い部屋だった。
蜂崎は新しく煙草を取り出して火をつけながら、ズカズカ奥に入っていく。
「おい゛ーっ!こわっぱあっ!ここは禁煙ゆうとるやろうがボゲェッ!!学習能力ないんかワレわァ」
周りに五台ものPCを配置して、素早い動きで全てのキーを操作していた老齢の男が、顔だけ蜂崎に向けて怒鳴り始めた。
顔以外の身体は全てPCの操作に向けられており、とんでもなく器用な爺さんだった。
そして、鼓膜に響く大声量である。
蜂崎は煙草をポイっと捨てて、両の耳穴に指を突っ込み、「聞こえねー」と言いながらさらに奥に進んでいく。
後方からは、「火事になったらどう落とし前つけんだゴラァ。ここには儂の命より大事な機械がたくさんあるゆうとるやろうがっ!!」と、とても老人が出せないような大声で喚いている。
「あの不死身頑固爺がっ。鼓膜破けんだろうが」
「あはっ。なら少しは聞いてやれば?」
蜂崎がその声に従い左に視線を向けると、ソファの上で寛ぎながら、堂々とエロ本を読んでいる女がいた。
胸元は大きく開き、豊満な胸を半分以上露出させ、長く白い脚はモコモコのショートパンツからスラリと伸びている。
オツムの悪そうなスタイルお化けである。
「いたのか、御島。気付かなかった」
「……殺すよ?」
女──御島はにっこり笑いながら、いつの間にか手には極太のナイフが握られている。
持ち手の部分には小さなアクセサリーが付いており、刃以外はキラキラデコレーションが施されている。
ある意味、とんでもなく目立つナイフである。
そして片手には、エロ本。
見るからに変人であった。
「フンッ。お色気担当に何が出来る。てめぇはチョロい中年おやじとでもヤッとけ」
「あはっ。スマートに殺るのがカッコイイんだよ?こんなふうに」
「───ッ!」
突如背後に出現した人物の回し蹴りを間一髪で躱した蜂崎は、少し距離を取りつつ舌打ちを零した。
「クソガキがまた買収されやがったのか」
その人物は、蜂崎や御島よりも一回り小さい少年だった。
しかし、その愉悦に満ちた表情は、とても同年代ができるようなものではない。
明らかに常軌を逸した少年である。
「ボクには睦喜って呼び名があるんだから、そう呼んでよねー」
いつもニコニコ笑いながら人を殺す殺戮マシーン、睦喜。
実の父親が、小学生だった睦喜の身体を弄くり回し、強化人間とした。
溢れんばかりの力を手に入れたものの、盛大に頭がイカれ、その場で父親を惨殺したのである。
今も幼い容姿なのは、そこから成長していないから。
しかし、これはある意味奇跡と言ってよかった。
国内外の特殊機関が未だ研究段階で苦戦中の強化兵を作り上げたのだから。
精神には大きな異常をきたしているが、その力は人間の想像を遥かに超えていた。
「今度は何に釣られたんだてめぇ」
「御島お姉ちゃんが面白そうな仕事譲ってくれたから。だから、お姉ちゃんが殺せって言うなら殺すー」
実に楽しそうにニカッと笑いそう言うと、地を蹴って蜂崎に迫ってくる。
動きは直線的で捉えやすいが、下手に睦喜の攻撃を受ければ簡単に身体を破壊される。
蜂崎は本来、銃全般を扱う暗殺者だ。
無手単騎で軍の本隊を叩けるような化け物=睦喜とは違うのである。
「チッ。この単細胞がっ」
睦喜を迎え撃つために、腰元から拳銃を引き抜いた。
それは、究極のハンドガンとして知られる大型の回転式拳銃『Pfeifer Zeliska』を、組織の研究員が秘密裏に改造し、威力はそのままに連射性の向上及び小型化に成功した蜂崎の愛銃であった。
本来、桁違いの威力で猛獣等を仕留めることのできる銃だが、相手はその猛獣をも歯牙にも掛けない正真正銘の化け物。
通常の銃の威力では当たっても碌にダメージを負わせることができない。
もうほとんど人間を辞めている相手である。
蜂崎は瞬時に銃の照準を睦喜の額に固定する。
そして、ついに引き金を引くというときになって、睦喜の向こう側に見知った人物が立っているのに気付いた。
「い、逸核…………」
驚きのあまり拳銃を下ろしてヒョイッと躱した蜂崎の真横を、勢いがつきすぎた睦喜が通り抜けていく。
ドガアアアアアンッッ!
後ろの部屋に突っ込んでいった睦喜を無視して、蜂崎は唖然としていた。
まさか組織最強のコードネーム『逸核』を持つ暗殺者が出張ってくるとは思いもよらなかったからである。
余程の案件でもない限り、姿を見せる人物ではなかった。
蜂崎でもその姿を見たのは今回二度目である。
ボロボロの、物語に出てくる死神が着ていそうな漆黒のロングコートを羽織り、鼻先まで黒い包帯で隠している。
そして何より特徴的なのが、相手を凍てつかせるような冷たく突き刺す切れ長の瞳。
(忘れもしない。この男は……)
本能に突き動かされるまま、出会ったその日に殺ろうとした蜂崎だが、転げ回ってバカ笑いしたくなるほどの力の差を思い知らされた。
まさしくこいつこそが、『人類最強』だと蜂崎は思うのだ。
「久しいな、蜂崎。少しは腕を上げたか?」
意外な男の登場に呆気にとられていた蜂崎に、逸核が話しかけてきた。
「あ、ああ……」
逸核に対して少し苦手意識を持っている蜂崎は、曖昧に返事をする。
「それは何よりだな。我等が暗殺結社〝SEGRETO〟は、これからさらに大きくなる。せいぜい『蜂崎』の座を奪われないことだ」
「……言っとくが、俺が本気で殺れなかったのはあんただけだぜ?」
「それもいつまで続くか。まぁ、いい。今日は蜂崎に用があるというお方を連れてきた。大婆」
逸核の後ろから姿を見せたのは、逸核や蜂崎の膝丈ぐらいしかない小さなヨボヨボのおばあさんだった。
それを見て怪訝な表情を見せる蜂崎だが、今逸核が呼んだ名前を、一拍遅れて脳が処理する。
「大婆って、たしか……」
「ああ。SEGRETOの相談役『大婆』だ。聞いたことはあるだろう?」
『大婆』と呼ばれる年齢不詳の老婦人。
噂では、ボスの愛人とか江戸時代から生きているとかいう可笑しなものまで存在する。
そしてなにより信じ難いことだが、この大婆は未来を覗ける。
もちろん幾つか条件があるが、今まで予言してきたことで外れたことはないという。
「大婆じゃ。まぁ、よろしゅう」
そう言って軽く手を上げる小さな老人に、自然と胡散臭いような視線を突きつける蜂崎だった。
「大婆を連れてきたことだし、俺は戻る。イランでやり残したことがあってな」
逸核はそう言うと、颯爽とこの場を後にした。
どうやら、大婆の護衛として同行してきたようで、噂通り組織の重要人物なようであった。
「へぇー。あれが逸核なのかぁ、たしかにヤバそうだなー」
今まで空気だった御島が、エロ本を読みながら足をバタバタさせてそう呟いた。
ヤバそうと言いつつ、本人はいつも通りお気楽だった。
「おっ、おおっ!この子いいっ!こんな可愛い子どこかに落ちてないかっ。……あはんっ!上下前後隅々まで犯したいっ躾けたいっ」
恍惚の表情で興奮してやかましい変態は無視して、蜂崎は大婆に注視する。
組織の相談役がいったいなんの用かと。
「主が蜂崎か。ふむ、やはり死相が出ておるな」
「はぁ?何言ってんだババア」
「ほほ。主、趣味で拳銃をばら撒いとるそうじゃな」
「……なんだいきなり。ちゃんと回収してるし、口封じもしてるから文句言われる筋合いはねぇぞ」
「その件で一週間以内に会う約束をしてる人物がおるじゃろう」
「いねー……いや。さっきしたか」
「恐らくそれじゃろう。そこには行かんほうがええ。主が死ねば組織にとっては損失じゃ」
蜂崎は無言で銃口を突き付ける。
少しイラついた心を煙草を吸って落ち着かせる。
「……おい、ババア。それは予言か?」
「うむ。詳しいことは分からんが、そこに行けば主は死ぬじゃろう。今まで見たことの無い巨大な〝何か〟が見えたのじゃ」
「フンッ、くだらねぇ。とうとう外れたらしいな、あんたの予言ってのは」
「そう思うのならそれで結構じゃ。だがのお、あの逸核がこの話を聞いてノータッチで帰ったのじゃ」
蜂崎は危うく煙草を落としそうになった。
逸核なら、今の話を聞けば組織の勧誘に動く可能性が高いからだ。
あの男がこの件に触れずに、自らの仕事に戻った。
それの意味するところは………。
「なにそれーーーっ!めっちゃ面白そうじゃん!ボクも行きたーいっ」
そんなハイテンションな声が、大婆の向こう側から聞こえてきた。
そして、タッタッタッと走ってきた喜色満面の睦喜が姿を見せる。
「……ん?ちょっと待て。お前なんでそっちから。後ろの部屋に突っ込んだはずじゃ」
「あー。勢い付きすぎちゃって、壁ぶち破って落っこちちゃったから。さすがに死ぬかと思ったねー。いや、それよりも強そうな奴がいるんでしょ!?ボクも付いてくよー。楽しみだなー」
「主が噂の睦喜か。ふむ。さすがの頑丈さじゃな。主が同行すれば未来も変わるかのう」
「むつきー。もうそいつの殺しはいいから、こんな可愛い子見つけてきてくんなーい?」
お気楽な面々を見て呆れる蜂崎だが、ひとことだけボソッと呟いた。
「……ここ42階だからな」