第29話 泉vs.大悟
転移魔法で、わかば幼稚園の資料室に戻ってきた。
一応死角になっている場所を指定したが、変わらず無人なのでその必要はなかったようだ。
「さて、これがあいつの荷物だな」
俊介の荷物と思われる大きなリュックを亜空間収納に放り込んでおく。
「これで、あいつは帰ったことになるのか?」
『是。最後に会ったのはマスターなので、マスターが帰ったと証言すれば怪しまれることはありません』
「ふーん。あ、因みに、お前はあの銃の入手先がわかるか?」
『マスターが暮らす世界でのことならなんなりと』
「さすがだな。週末にでも片付けるからそんときはよろしくな」
『御意』
俺はスキルさんと話しながら廊下に出ると、何食わぬ顔をして教室へ向かった。
年長クラス『すずらん組』の教室に入ると、ふたりの男の子が言い合いをしていた。
今にも手が出そうな勢いで食ってかかっている。
「ふざけんなよっ!なんで“る“ばっかりなんだよっ!」
「そういうゲームだってママが言ってたんだっ」
「アヒルは無しだっ!違うのにしろよっ」
「えー、じゃあ、さとしくんの負けでいい?」
「なんで俺が負けになるんだっ!“る“ばっかのお前が負けだろっ」
いつものように、些細なことで喧嘩になっているらしい。
今日はしりとりかな。
実にしょうもないが、もう二年以上幼稚園児をやっているのでさすがに慣れた光景だ。
窓際で玲華と話していた様子の泉が、俺が入ってきたのに気付くと、笑顔を見せて近付いてくる。
──ドンッ───
言い合いがさらにヒートアップしている男の子の肘が、泉の頬にヒットし、泉はよろけてしまう。
その頬がうっすら赤くなり、目が潤む。
「だから、“る“をやめろって………」
しりとりで“る“攻撃をしていた男の子の方が賢いようで、よろけた泉を視認すると、脱兎の如く逃げ出し、他の友達の背中に隠れてしまう。
文句を紡いでいた男の子──さとしは、急に逃げ出した友達にきょとんとしていた。
横から声が掛かるまでは。
「おい、さとし。泉にぶつかっておいて、何か言うことがあるだろう?」
「ゆ、祐也………。ふ、ふんっ。どんくさい泉が悪イテテテテテ」
俺はさとしのこめかみを、まぁまぁの力でぐりぐりする。
必死に俺の腕を離そうとするさとしだが、無意味だと悟り悲鳴を上げるしかない。
「わかった。わかったから………俺が悪かったっ」
若干涙目になりながら謝るさとしを見て、俺はようやく手を離す。
「俺に謝ってどうすんだ」
「……泉、その、悪かった」
「え?全然、平気だよ。そんなことより、ゆうやくん。これ、れいかちゃんの巾着なんだって。凄い可愛いよね」
「………ああ、そうだな」
泉にとっては、どうでもいいことだったようだ。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
わかば幼稚園の庭は広い。
基本的な遊具はもちろんのこと、変わった仕掛けのあるアスレチックや簡易的なサッカーゴールまである。
この幼稚園の方針として、勉学だけではなく運動にも力を入れているのだ。
怪我や事故などが多発し、良く言えば安全重視、悪く言えば面白くない公園が増えている一方で、この幼稚園の遊び場は、全てを兼ね備えようと苦心して出来上がった設計だというのだ。
中々、幼稚園側の本気度が伺える。
で、今俺たちは、そんな広い庭の中央付近にある砂場でまとまって遊んでいるわけだ。
「くそ、また崩れたー」
大悟はさっきから砂と格闘している。
どうやら何かを立体的に作っているらしいが、よくわからん。
「うふふ。砂が崩れないようにするには、水で濡らすとよくってよ」
砂場の外から、玲華が話しかけてきた。
少し前までは、発音が上手く言えないところがあって可愛いかったが、今はもう流暢に話せている。
「濡らせばいいのかっ」
水場に走っていった大悟を見送り、玲華に視線を向ける。
「そんなところで何やってんだ?こっちくればいいだろ」
「なっ、淑女に向かって、汚れろと言うのっ!」
「誰がレディだ、誰が」
「……ゆうや。ちょっとこっち来なさい」
「お前が来い。子供はただ無邪気に遊んでりゃいいんだよ」
「いや。砂遊びなんてゆうやにお似合いよ」
ふんっというように顔を背けると、どこかへ行ってしまった。
相変わらず、くそ生意気なお嬢さんだ。
「ねぇ、ゆうやくん。そっちから穴開けて」
「……泉は何やってんだ?」
「トンネル作ってるの。上が崩れないように気を付けてね」
慎重に穴を掘ってトンネルを開通させようとしている泉に、なんだかほっこりする。
子供というのがこんなに可愛いなんて、俺は今世で初めて知った。
「なぁ、泉」
「ちゃんとそっちから掘ってる?」
「ああ」
小さい砂山の反対側から、木の棒でカリカリと穴を開け進めながら、泉に話しかける。
「泉は野球とか好きか?」
「野球?うーん、パパが好きだよ」
「そっか。一緒に見に行こうかと思ったんだが」
「「行くっ!!」」
二人の声がハモった。
泉といつの間にか戻ってきていた大悟の声だ。
「大悟もか。泉は興味ないんじゃないのか?」
「ゆうやくんとなら行くっ」
「オラは野球見たいっ!」
ふむ、参ったな。
チケットは三枚しかないんだが。
「悪いな。チケットの枚数に限りがあって、ひとりしか行けないんだ」
俺が定員があると打ち明けた途端、泉と大悟の視線が交差する。
火花がバチバチ弾けている。
どちらも譲る気がない構えだ。
しかし、五分ぐらいそうして見つめ合っていただろうか。
大悟が突然白旗を上げた。
「いいの?」
「どうせオラは寝ちゃうからね。それに、ゆうやとはいつでも遊べるから」
たしかに、大悟とはいつでも遊べる。
実際、家に来たこともある。
しかし、泉とは幼稚園が絡まないところで遊んだことはない。
家の教育方針で、複数の習い事をしているらしいのだ。
そんな事情があるから、大悟は気遣ってくれたのだろう。
「ありがとう」
「気にすんなー。あっ、いつの間にかまた崩れてたー」
再び水場へ駆けていく大悟。
今のはたぶん照れ隠しだな。大悟が狼狽えるところなんてあまり見ないから新鮮であった。
「でも、習い事とか大丈夫か?」
「ママを絶対説得してみせるよっ」
そう意気込んでみせた泉は、穴堀りを続行する。
───ぎゅっ────
そして、どうやらトンネルが開通したようだ。
「………泉。そろそろ手離さないか?」
「ふふふ」
なぜか砂トンネルの中で手を繋いでいる俺と泉であった。