表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/68

第28話 フラれる遥、震える俊介

 

 俊介が大胆な行動に出る数時間前───



 わかば幼稚園の朝は早い。

 子供たちが来るのは九時頃であるが、それよりも先生たちは数時間前に来て仕事をしている。

 しかし、今はまだ通勤している先生もまばらで、警備員とすれ違うことの方が多い静かな園内。


 そんな朝早くに、俊介の姿は園長室にあった。


 穏やかな表情で椅子に腰掛けている園長先生は、机に置かれた白い封筒に視線を落とす。


「これは、どういうことですかな?」

「見ての通りの退職願です。急なことで誠に申し訳ありませんが、本日付で辞めさせてください」

「……そうですか。河合先生は優秀でしたので非常に残念ですが、引き留めることはできません。ですが、理由を聞いてもよろしいですかな?」

「どうしても欲しいものがあるから、ですかね」

「なるほど。決意は固いみたいですね。わかりました、受理しましょう」

「今までお世話になりました」


 俊介は深くお辞儀をする。

 彼はこの幼稚園に六年勤めてきた。

 それからわかるように、非常に働きやすい環境であった。

 その中でも、園長先生には大学時代からお世話になっていたので、もしもの時に迷惑がかからないように辞めることにしたのだ。


 犯罪に手を染めている人間が、誰しも常識が欠如しているということはない。

 “それはそれ、これはこれ“である。


 俊介の場合は、常人よりも欲望に貪欲で、常人よりも性欲が強く、常人よりも支配欲が強いというだけなのだ。

 それをコントロールできるかは、また別の話である。


「引き継ぎは今日一日で完了させますので、そこは心配しないでください」

「もちろん、そこは心配していないですよ。今日までお疲れ様でした」


 俊介は再度、頭を下げると、園長室を辞した。

 そして、関係各所を手早く回り、僅か一時間で引き継ぎを済ませた。

 その仕事ぶりは、他の先生や親御さんたちから高い信頼を得ていた。

 誰も俊介が裏であんなことをしてるなど思わないであろう。



 時間に余裕を持って、職員室の自分のデスクを整理していると、ひとりの先生が声を掛けてきた。

 自分にうっすら好意を抱いていると感じ取りつつも、何かとストレス発散に使ってきた新人教諭、吉澤遥だった。


「あの。河合先生………」

「吉澤先生。どうかされましたか?引き継ぎは先程行ったはずですが、何か疑問点でも?」

「い、いえ。えっと、次の職場は決まってるんですか?」

「暫くはゆっくりしようかと思ってますよ。“お暇“というやつですね」

「そ、そうなんですか。………あ、あのっ!」


 遥が意を決して、声を張り上げた。

 少し驚きつつも、次の言葉を待つ俊介。


「わたし、河合先生のことが好きなんだと思います。こんな気持ち初めてで、よくわからないんですけど。ドキドキするんですっ」

「申し訳ありません。私には彼女がいるんです。だから、吉澤先生の気持ちには答えられません。吉澤先生は魅力的ですから、すぐに良いお相手が見つかりますよ」

「~~~~~ッ!!」


 遥にとっては破壊力抜群の俊介の笑顔に、何も言えずに赤面して、口をアワアワさせながら、至るところに身体をぶつけつつ職員室を慌てて出ていった。


 暫し、遥が去ったドアを見ていた俊介は、真顔でひとこと呟いた。


「その大きな胸だけだが」



 そして、おもむろに机の整理を再開した。


「そろそろ祐也くんの乗るバスが着く頃か………」


 俊介は、周到に準備を済ませると、人質の確保に向かった。










 ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


 そして、現在───




「お前があのときの奴というなら話が早い」


 俺の声や態度が変わり、頭が少し混乱していた様子の俊介だが、謎は一端棚上げにしたのか、腰に差していたモノを引き抜いた。

 そしてそれ──拳銃を、目の前の俺に向ける。


 あのときと同じ声と口調、それにこの威圧。

 どうやら、あのときの“闖入者“が俺だとはっきり自覚したらしい。

 いや、俺はそんなことよりも大層気になることがある。


「お前。どこでそんなものを手に入れたんだ?」

「……………」


 実物の拳銃なんて見たのは初めてだ。

 しかし、俺の“直感“が本物だといっている。


「じゃあ、質問を変えよう。俺を拉致ろうとしてたのはなぜだ?」

「俺の邪魔をしたあいつを誘き出し排除するためだ。朱美を俺のモノとするために。そのためにも、お前を人質にと思ったんだが………」

「………………はぁ」


 あまりにも糞で勝手な物言いに、自然と大きなため息が出た。

 こっちの世界にもこういう輩がいるんだよな。

 やっぱり、サクッと殺しておくべきだったか?


「お前………いったい、何者だ?」


「俺か?俺は白井祐也。探偵さ」


 あ、口が滑った。

 同じような状況だったからついうっかり。


「探偵だと?」

「いや、気にすんな。最近漫画を大量に読んで、言ってみたいセリフがあっただけだから」

「てめぇ、状況がわかってないのか。朱美が待ってんだから、死にたくないなら失せろ!」

「は?誰が誰を待ってるって?よくまぁ、そんな恥ずい妄想を普通に話せるな」


 俺は軽~く殺気を放ちながら、ゆっくり近寄っていく。


「ひっ………く、くるなっ!それ以上近付けば本当に撃つぞ」

「手が震えてるぞ?さすがに、こんなことまでしたのは初めてか?」


 ドンッ!


 俊介は今まさに迫ってくる殺気に耐えられずに、引き金を引いた。

 それは恐らく無意識だったのだろう。

 撃った本人が真っ青な酷い顔をしていた。

 震えた手で発砲した銃口の先は、俺の右足。


 そこから起こる未来は、銃弾が足を貫通して血が吹き出し、崩れるようにして倒れ込む俺。

 ……なわけがない。


 俺の足から数cmのところで停止した銃弾は、やがて重力に従い落下した。

 スキル“念力“による、物体操作能力である。

 操作する物体の体積が大きい程に、緻密な集中力を必要とする難しいスキルだ。

 そしてこのスキルの欠点が、認識できなければ使えないということである。

 拳銃による銃弾の飛翔速度は、音速を軽々越える。

 人間が目視するなど不可能な領域だ。

 しかし、そこは()()()()()()()()()()()()()()()()()

 認識領域を大幅に引き上げるスキルぐらい、多く所持している。

 俺にとってはゆっくり進んでくる銃弾を、念力で止めたというだけである。

 もちろん、跳ね返したり消したりもできたわけだが、これが一番印象が強いかと思ったのだ。


 案の定、俊介は何が起こったのか理解できていないようで呆然としている。

 自分が持つ拳銃を見つめ、撃った反動で少しヒリヒリしている手と硝煙の匂いで、間違いなく撃ったと自覚し、さらに顔がひきつる。


「お前がこれから口にする言葉、当ててやろうか。“化け物“だろ。それは聞き飽きたから、違うのにしろよ」

「ば、化け物…………」

「おい。言ってるそばから」

「お、お前、ほんと何なんだよっ!」


 一周回って喚き出した俊介を無視して、俺はパンパンと掌を叩いた。



 ───ズン、ズン、ズンッ、ズズンッ──



 地響きを立てながら小屋の後ろから現れたのは、全長五メートルを越える巨体。

 白銅色の特殊金属、ミスリルでできているメタルゴーレムである。


 俺の背後に控えたメタルゴーレムに、俊介はもう言葉も出ない様子だ。

 前々世の俺だったら、跳び跳ねて喜びを表現してることだろうな。

 あのときは、なぜかやたらとロボットとかに憧れがあった。

 某ロボットアニメも流行ってたし。


「もう十分以上経っちゃったから、俺はそろそろ戻らないと。先生の相手はこいつがしてくれるから。………あ、でも、先生も戻らないと大騒ぎになるか?」

『非。今朝、退職願を提出し、荷造りも終えているので問題ありません。資料室に置いてある河合俊介の荷物を隠すことを推奨します』

「へぇ。それなりの覚悟あっての行動だったのか?まぁ、どうでもいいや。メタンゴ、後をよろしく」


 メタルゴーレム──メタンゴが、コクリと頷いたのを確認すると、俺は転移で幼稚園に戻った。

 夕方、俊介がどう変わっているか少し楽しみである。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] おぉ、AIミスリルメタルゴーレムだぁー! 性能詳しく!
[気になる点] アイアンは鉄では?そのままミスリルかメタルが無難かと
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ