第27話 懲りない男
いつもありがとうございます。
更新は遅いかもですが、今のところエタる予定はないので、これからもよろしくお願いします。
都内にある、とある街。
酒の匂いを漂わせた大人たちが、零時を回ってさらに賑わいを見せる歓楽街。
至るところでネオンが夜道を照らし、人の話し声で溢れる活気に満ちた大通り。
そこを外れて迷路のような細い道をくねくね進んでいくと、しんと静まり返った場所に抜ける。
先程までの喧騒が嘘のような静けさである。
「ここか…………」
黒い帽子を目深にかぶったまま、四階建ての廃ビルを見上げてそう呟いた男。
それは、入念な準備をしたにも関わらず、想定外の闖入者により失敗に終わり、これ以上ない屈辱を味わった男──河合俊介であった。
彼は、暫し立ち止まって見上げ続けていたが、やがて決心がついたのか、真っ暗な廃ビルの入口へと姿を消す。
所々穴が空いている鉄製の階段を登り、最上階に着く。
隙間から差し込む月明かりだけが頼りで、完全に闇と化していた。
慎重に進んでいたところで、ハッとして立ち止まる。
そして、恐る恐る片足を数cm前に出して確認をする。
地面がなかった。
少し間違えれば落っこちていたと気付き、顔が蒼白になる。
「危ねぇ………こんなところ、指定しやがって」
その後も、まるでトラップのような危険な場所を通りながら、なんとか最奥の開けた部屋に辿り着いた。
その部屋だけは、格子から差し込む月明かりでよく見渡せるぐらいに明るかった。
だから、奥にあるソファに腰かけている人物にすぐに気付いた。
「……あんたが、蜂崎か?」
「……………」
ソファに腰かけている黒いロングコートの男は、手をクイクイとさせて、近くに来いと訴える。
俊介は、無言で2m程手前までやってきて口を開く。
「浅間って奴から聞いてると思うが………」
男は、無言でコートの中に、右手を差し込んだ。
それを見て、俊介に緊張が走る。
この男がどういう人物なのかを、嫌というほど聞かされていたからだ。
その危険性についても。
そして予想通り、男が取り出したのは拳銃だった。
それを俊介に向ける。
俊介は、恐怖で顔がひきつりそうになるのをなんとか堪え、固唾を飲んで見守ることしかできない。
男は、銃口を俊介に向け続けながら、左手で煙草を取り出し口に咥えると、ライターで火を付けた。
そして、のんびりと白い煙を吐き出しながら、ようやく話し出した。
「俺の噂を聞いていながら、約束通りひとりでくるとはな。足が震えているぞ?」
俊介は蜂崎から目を離さずに、余裕のある表情を作って、言葉を返す。
「…………あんたが、そう簡単には人を殺さないって、噂も聞いてる」
「ほぉ。それに賭けて来たわけか」
「あとは、どうしても必要だからだ」
「フッ、まぁいい。聞いているとは思うが、裏切りは“死“だ。もし警察に捕まっても、安心して吐かないことだ」
「………わかってる。最悪の前例は聞いた」
「ならいい」
そこで話を打ちきり、拳銃をしまう男。
そして、俊介に背を向けて裏口から消える直前に一言呟いた。
「二階のソファだ」
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週が明けて、月曜日──。
いつものように幼稚園に通園し、教室を目指して大悟と廊下を歩いていると、相変わらずの嘘臭い爽やかな笑顔で河合先生が現れた。
一昨日とは、まるで別人である。
「おはよう。祐也くん、大悟くん」
「「おはようっ」」
あのまま姿を消すという可能性も僅かだがあった。
しかし、やはり来たようだ。
俺との約束を守って辞めるのか、それともまだ懲りていないのか。
一昨日の感じだと、恐らく後者……なんだろうな。
「祐也くん。少しお話があるんだけどいいかな。大悟くんは先に教室に行ってて」
「うんっ。ゆうや、また後で」
スタコラサッサーと駆けていく大悟を見送る。
眠そうにしてたからな。相変わらず欲望に忠実だ。
「話って?」
「うん。そっちの資料室で話すよ」
「わかった」と言いながら、如何にも無防備な感じで資料室に入っていく。
さて何をする気なのかなとか思いながら、振り返ろうとした瞬間、後ろから俊介に抱き付かれた。
もちろん抱っこなどではなく、普通に右腕で首を絞められている。
こんな細くて弱そうな首を締めるとは、やはり徹底的な教育が必要なようだ。
俺は、じたばたして苦しそうな演技をしながら、勢いをつけて踵で後ろに蹴りあげた。
「~~~~ッ!?」
直ぐに俺を離して、両手を自分の股間に持っていき、ピクピクと悶絶している俊介。
そう。踵落としならぬ、踵上げで蹴り付けたのは、奴の大事な……いや、男の大事な場所である。
悶絶しながら、涙目で俺を見上げ、何か言いたそうな俊介に近付き、手を添えた。
「死んだほうがマシなことなんて、この世にはたくさんあるってことを教えてやるよ。──“転移“」
ついさっきまで、幼稚園の資料室だった場所が、森の中へと変わる。
ここは、俺が魔改造した“ひみつ基地“である。
転移ができるようになってからは、度々魔法の練習で訪れている。
その甲斐あって、前世の半分くらいの力を出せるまでになっていた。
俺が五感を使って自然を堪能している前では、唖然とした様子で周りを見渡している俊介がいる。
どうやら、先程の激痛は、今の驚きで薄れてしまったらしい。
「こっ、ここは、いったい………」
「ここは、俺の“ひみつ基地“だ」
「───ッ!!」
バッと素早くこっちに振り返った俊介は、俺を見て困惑する。
なぜなら、今聞こえた声は、一昨日の闖入者と同じ声だったからだ。
スキル“変声“で、リアンの声に変えた、今の俺とは全く異なる成人男性の声である。
しかし、実際に目の前にいるのは──白井祐也。
「今…………」
「この声か?」
「──ッ!」
「一昨日、朱美を助けたのは俺だ」
「……う、嘘だっ!ガキが大人をバカにするのも良い加減に──ヴッ」
突如放たれる一昨日と同種の威圧感に、俊介は口を半開きにしたまま呆然とする。
無理もない。
あのときの──蜂崎以上のヤバさを感じた男が、自らの教え子であるというのだから。
「あのときの約束、覚えてるよな?お前は、早々にそれを破った」
「な、なにを………」
「二度と近付かないという約束だ。だが、お前はあっさりと俺に近付いてきた。それも、虫酸が走るバカ面で」
「それっ……………」
恐らく、俊介はこう思ったことだろう。
朱美にじゃなかったのか、と。
しかし、そんなツッコミをさせない雰囲気がこの場にはあった。
「というわけで、お前には俺の教育を受けてもらう。なぁに、安心しろ。これは、傲慢な魔王を一日で忠実な僕にしたという実績がある。お前なら数時間で、真面目な先生になれるさ」
こうして、俊介更正プロジェクトが始動した。