第22話 シスコンの兆し
俺は5歳になり、年長さんになった。
そして、なんといっても家族が増えた。
白井琴那。
俺の初めての妹である。
「ことー。今日も可愛いなぁ~。将来は超絶美少女になること間違いなしだなぁ」
俺は琴那を抱っこしながら、朱美が搾乳して哺乳瓶に入れておいてくれた母乳を飲ませてあげている。
今家にいるのは俺と琴那だけであり、所謂お留守番というやつだ。
目を半開きでゴクゴクと勢いよく飲んでいる琴那に、なんだか心が浄化されていく気分である。
だって、めちゃめちゃ可愛いんだもん。
「ことー。絶対に”パパのお嫁さんになる”なんて言うなよぉ。そこは俺にしとけー」
和やかな気持ちで、一方的に琴那に話し掛けている。
祐也を知っている幼稚園の子供たちや、前世でリアン・デライシャスという男を知っている者たちが見たら、お化けを前にするときのような愕然とした表情になるに違いない。
それほどまでに、琴那を前にしたときの態度が軟化しすぎていた。
──チュポッ──
琴那がミルクから口を離したときに鳴った音でさえ、今の俺にとっては最高の癒しであった。
「……こと。俺と禁断の兄妹愛というものを育んでみるか?」
「あうあ~」
真面目なトーンで話しかけた俺に、眠そうな目で頷いた……気がした。
しかも、俺の耳には「いいよ~」と聞こえた。
ならば早速デートにでも連れていこうかと、俺が行動を起こそうとしたとき。
「わ~。もうこんなに大きくなってる。ゆうやくんに似て可愛い子になりそうだねー」
「ほんとだな」
背後から聞き馴染みのある声がして、俺は我に帰ってすぐに振り向いた。
そこにいたのは、雅とあっしーのコンビだった。
琴那に夢中すぎて、つい気配察知を疎かにしていたようだ。
「お前ら……いつから」
「相変わらず口悪いな、お前は」
ガシガシと乱暴に頭を撫でてくるあっしーから、重心を一ミリもずらさずに慎重に素早く距離をとった。
琴那が泣き出さないための配慮である。
「おい。ことが泣いたらどうしてくれるんだ」
僅かに漏れ出た俺の殺気を感じ取ったあっしーが、青白い顔をして数歩後ずさった。
それを見て、俺は慌てて殺気を引っ込める。
もし琴那が泣いていたら、あっしーの意識が飛ぶ程の殺気を放っていたかもしれない。
そうなれば、かなりまずかったと少し反省する。
まぁ、今のでもあっしーに与えた衝撃は大きそうだが……。
「ゆ、祐也。お前は………」
「ごめんねーゆうやくん。こいつ昔から野球しか出来ないバカだからさー」
「………どうせ、俺はバカだよ。お前だってあのふたりに比べたらバカだろ」
「あのふたりを比較対象に出しちゃダメでしょ」
雅の天然?のおかげで、あっしーとギクシャクせずにすんだようだ。
これで有耶無耶にしてくれると有難いが、あっしーは雅と話しながらも俺の方をチラチラ見ているので、ふたりきりになるのは控えようと思った。
因みに、俺は咄嗟のことだとしても、周りに殺気をばら蒔くような野蛮なことはしない。
故に、雅は俺があっしーを軽く睨んだとしか思っていないはずだ。
「それで、なんでふたりが?ふたりとも忙しいんじゃ?」
「あー。私は付き添いなの。今日は、あっしーが用事あるんだって」
へー。それは珍しい。
最近は映画に主演までし始めてくそ忙しいはずなのにしょっちゅう来る雅と違い、あっしーはあの旅館で知り合って以降来たことはない。
俺にどんな用があると言うんだろうか。
因みに、このマンションはセキュリティも万全であり、中にいる人が遠隔で開けるのを除けば、カードキーを翳してパスワードを入力しなければ入ることは出来ない。
ドラマ等でよくある住人が通るタイミングを見計らってこっそりと入るのは可能だろうが、エレベーターを動かすのにもカードキーが必要な為、もし入れても上階に行くことはほぼ不可能である。
とまぁ、面倒なことこの上ないので、雅には予備のカードキーを渡し、パスワードも教えている。
セキュリティ的にはどうかと思うが、所詮はマンションの部屋の前まで来れるというだけなので大したことはない。
部屋は鍵が開いていたから入ってきたのだろう。
そこら辺は、割りと気にしない人が多い気がする。
俺がひとり考え事をしていると、あっしーが頭を掻きつつ口を開いた。
「いや、その、なんだ。雅や才花姉ぇがいつもお世話になってるみたいなんでな。タイミングも良かったんでお礼でも出来たらと思って」
たしかに、雅に連れられて才花もたまにくる。
でも、お世話は別にしていない。
一応こいつらは友達という認識なんだが、「お世話になってる」って言うのか?
「別にお礼されるようなことは何もしていないが」
「みや……の………ぎが……おま……」
「なんだって?」
「雅の……演……が」
「雅。通訳を」
あっしーがボソボソ言っていてまったく聞き取れないので、雅から聞こうとする。
俺の強化された聴覚でも聞き取れないってことは、もう小さいとかではなく言葉を所々発していないだろ。
「どうしたんだろね。あっしーらしくないような」
「ふむ。………雅。向こうの部屋に、こと用のベッドがあるから寝かしてきてくれないか?」
「え?あっ、すやすや寝てるね、可愛い。うん、いいよ」
慎重な手つきで琴那を受け取ってくれた雅に、やっぱり女性だなと思いつつ安心して任せられた。
俺は雅が部屋を出ていったのを確認してから、あっしーに目を向ける。
ふたりきりは控えようと思ったばかりだが、中々話してくれないので仕方ない。
「雅は出て行ったぞ?これで気楽に何でも話せるか?」
「………今の幼稚園児って、そんなに気が回るのか?」
俺があっしーの愚痴ともつかないような質問?を聞いていると、扉の向こうから「ゆうやくんが特別なんだよね」というボソボソッとした声が聞こえた。
聞き耳を立てていたのか。
変なところで勘が鋭いな、女って奴は。
「それで、お礼だっけ?」
「あ、ああ。雅のヤツがずっと悩んでた女優転身の件で、祐也の力が大きかったって聞いてな。正直、どんなアドバイスをしたのかめっちゃ気になるが……。んん!だから、そのお礼をしたいと思って来たんだ」
「なるほど。あっしーは、雅のことが好きなんだな?」
「なッ…………!!」
率直に聞いた俺の断定的な質問に、絶句して言葉が出ない様子のあっしー。
何をそんなに驚くことがあるのか。
今の話だったら別に雅に聞かれても何の問題も無さそうだが、それを聞かれたくないと言うのなら、こう考えるのが自然だろう。
余程鈍感でもなければ──。
「お前………なんで」
「勘?余程大事でも無ければ、そんなことでお礼に来ないだろうしな」
「……はぁ。わかった。俺が降参だ。雅たちの言うとおり、お前は子供として見ないことにするよ」
「何の話だ、そりゃ?」
「こっちの話だ。……今の話は絶対に雅にはするなよ?」
「あぁ。するなと言うならしないさ」
そこで聞いてるから、する必要はない。
「だが、ひとつ聞いてもいいか?」
「……断る、と言いたいとこだが、一応聞いてやる」
「告白する気はあるのか?」
「……………」
どうやら黙秘のようだ。
まぁ、幼馴染みから恋人になるのって色々難しいらしいからな。
恭介の漫画部屋には、少しだが少女漫画もあったのでそれの情報である。
「まぁ、俺には関係ないことだ。大人同士勝手にやってくれ。お礼というのも別にいらない」
「………祐也は野球が好きだと聞いたんだが?」
「(ピクッ)」
自然と眉が動いた気がした。
俺の感心があるところを突いてきたからだろう。
「野球?」
「あぁ。来月、京東ドームで日本vsオーストラリア戦があってな。俺も一応出場することになっている。たぶん代打要員だが。その試合のチケットが三つ取れたから祐也とその家族を誘いに来たってわけだ」
「……三つじゃ足りないな」
「それは悪い。赤ちゃんがいるのを忘れてたんだ。じゃあ、来ないか?」
「いや、行くっ」
チケットに書かれている日付は日曜日。
ならば、恭介がいるだろう。
朱美は恐らく野球に興味がないから琴那は彼女に任せるとして。
俺は恭介と……そうだな。
予定が空いているなら雅も連れて行くとしよう。
俺はそんなことを思いながら、あっしーから野球観戦のチケットを受け取った。
妹か弟か迷いましたが、結局定番でいくことにしました。