第21話 夏祭り
ついにブクマ5000を突破しました。
ありがとうございます!
今話は、いつもより少しだけ文字数が多いです。
お爺ちゃん家に来て、四日経った。
その間、漫画を読破したり恭介たちとちょっとした海水浴に行ったりして楽しく過ごしていた。
簡易的な拠点を作ったあの日。
家に帰ったときには既に昼を大きく過ぎていて、皆には心底心配させてしまった。
朱美に潤んだ瞳で抱きつかれては、もうさすがに森に入るわけには行かなくなった。
今の段階では焦らずに、もう少し子供らしくしていようと思い、あれ以来外に出掛けるときは誰かと一緒だ。
差し迫った何かがあるわけでもないし。
「不可視の結界も張っておいたしな……」
ひとりボソボソっと呟きつつ、支度を終えた。
「祐也。忘れ物はないか?」
「うん。大丈夫だよ」
そう。今日、これから帰るところだ。
お爺ちゃんとお婆ちゃんと別れの挨拶をして、見送りに来てくれていた大伯父さんたちとも一言二言言葉を交わしてから、恭介が運転する車は出発した。
「あっという間だったな。楽しかったか?」
「うん!いっーぱい、遊んだからっ」
「そうか。またいつか来るか」
「うんっ!」
俺と恭介が話していると、隣に座っている朱美が何かの用紙を見ていることに気付いた。
「何見てるの?」
「ん~?来週、幼稚園の夏祭りがあるでしょ?それのお便りよ」
「ふーん」
そういえば、夏休みに入る前に遥先生が言ってたな。
泉も玲華も楽しみだっつってたっけ。
「夏祭りって準備とかないんだっけか?」
「今年はね。でも、来年から委員会に誘われてるのよ。先生と委員が協力して準備するみたいだから、もし入れば来年から忙しいと思うわ」
「そうか。それって、断わ……るのはダメだよな」
「何か正当な理由があればいいでしょうけど、あまり良い目では見られないと思うわ。約一名が特にね」
「でも、出産予定日来年の2月なんだし」
「そこは、上手く調整してもらえるみたいね」
「そうか」
恭介と朱美が話しているのを黙って聞いている。
この会話に入るのは、子供っぽくないと感じたためだ。
まぁ、今更な気もするが、一応このふたりの前では演技を欠かしたことはない。
「祐也は夏祭り楽しみか?」
「うん!久々に泉たちとも遊べるからっ」
「ハッハ。そうか。じゃあ、パパも余計な仕事が入らないように頑張らないとだな」
まぁ、無理はしないように。
精神は子供ではないから、来れなくても気にならないからな。
「祐也」
「ん?ママ、どうしたの?」
「夏祭り、楽しみ?」
なぜか改めて問いかけてきた朱美に、俺は満面の笑みで頷きを返す。
「そう。じゃあ、来年から委員やってみようかしらね」
どうやら朱美のやる気スイッチを押したようである。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
幼稚園の夏祭りの日。昼過ぎ。
甚平を着て支度を終えた俺は、朱美と恭介のふたりと共に幼稚園にやって来た。
門を潜った俺に気付いた泉が、満面の笑みを浮かべて近付いてくる。
「ゆうやくんっ!」
「おう、泉。……なんか、ほんとに女の子みたいだな」
薄い青色の可愛い感じの浴衣を着ている。
一応男物の浴衣なんだろうが、女の子にしか見えない。
「これ、キツケって言うんだって。ママに教えてもらったのっ」
「そうか。かなり可愛いよ」
「えへへ」
照れてる感じも女の子なんだよな。
そういうわけで、俺が口説いてるみたいになるんだが……。
「ほんと。可愛いわ、泉ちゃん」
「たしかに、女の子にしか見えないな」
うちの両親も、泉にメロメロのようだ。
まぁ、破壊的に可愛いからな、と俺が思っていると、ひとりの女性が歩いてきた。
彼女は朱美に気付くと、声をかけてきた。
「あっ、白井さんっ」
「あら、加藤さん。お疲れ様です。お忙しそうですね。お手伝いしましょうか?」
「えっ、そ、そんな悪いですよっ」
「これで出欠を取ればいいんですね」
「あっ、ありがとうございます!」
どうやら、朱美を委員会に誘ったママさんのようだ。
朱美の言動に物凄く感激しているのがわかる。
「今日まで夏祭りの準備をしていて、“お疲れ様“って労ってもらったのは初めてです……」
若干涙目になりながら、朱美に頭を下げている。
たぶんだが、朱美より若いお母さんだ。
それなのに………色々大変なんだな。
「加藤さん。委員会へのお誘い、お受けすることにしました」
「ほ、本当ですかっ!?」
「え、ええ。来年からですけど、そのときはよろしくお願いしますね」
「ありがとうございます!ありがとうございます!白井さんのような素敵な方に入ってもらえて、とても心強いですっ」
あまり他のママは気にしていなかったが、随分慕われているようだ。
まぁ、朱美にはカリスマみたいなものがあるからな。
「祐也。ママたちは少しお仕事があるから」
「うんっ。わかったよ。あまり無理しないでね」
俺は泉の手を引いて、中に入っていった。
「……加藤さん?どうかしましたか?」
「白井さんのお子さん、祐也くんって言いましたっけ?すっごく良い子ですねぇ。どういう子育てをしていらっしゃるんですか!?」
祐也も知らぬ間に、朱美の慕われ度合いを引き上げていたようである。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「ゆうやくんっ。あれ、やろ?」
「いいぞ」
泉に手を引かれてやってきたのは、折り紙で作った魚釣りだ。
泉がワクワクした目で懇願してきたので、それに付き合って一緒にやることにしたのだが。
「………なにがおもろいねん!これッ」
釣糸と魚にくっ付けている磁石を合わせて釣り上げるマグネット魚釣りである。
超超超子供向けの遊びに、関西弁をお借りしてついツッコんでしまった。
だが、俺の隣では楽しそうな笑顔で魚釣り(笑)をしている泉がいて、なんだか和んできた。
「ゆうやくんっ、また釣れたよー」
「おぉ、凄いな。……子供ってのは、純粋で良いな」
「?」
充分に魚釣り(笑)を楽しんだようなので、他にもいくつか回って遊んでいると、頬を分かりやすく膨らませた玲華が歩いてきているのに気付いた。
ピンク色の可愛い浴衣を着ていて、長い黒髪を赤い簪で纏めている。
さらに、何気ない所作や歩き方から育ちの良さが垣間見え、前世での貴族のご令嬢を思い出した。
いつもは制服だったので気付かなかったが、それなりの衣装を着るとやはり違うなというのが素直な感想だった。
「ゆうやっ!探したのよっ!」
「どうかしたのか?」
「ちょっと来なしゃい!」
玲華は、泉と手を繋いでいるのとは反対側の甚平の袖を掴むと、有無を言わせず引っ張っていく。
一体どこへ連れていくというのだろうか。
玲華に引かれ、泉を引っ張りながら、すぐに玲華の目的地に到着したようだ。
「ゆうやっ!あれ、落としてっ」
そう言って玲華が指差したのは、射的の的だ。
いくつか立っている板には番号が書かれており、それを撃ち倒すとその番号の景品をゲットできるらしい。
玲華が指差している的は一番奥に立っており、景品はどうやら子供用のアクセサリーセットのようだ。
欲しいもののチョイスが、普通に可愛い。
「ゆうやなら簡単でしょっ!」
「ふむ。玲華、人に物を頼むときの態度って知ってるか?」
「………お願い」
メチャクチャ小さな声だったが、俺の耳は拾った。
あんだって?なんて悪戯はさすがにやめておく。
「おっけー。一番奥のやつを落とせばいいんだよな」
「うんっ!」
一転、期待した目を向けられる。
そんなに欲しいのか。
俺は、店番をしているママさんから割り箸で作ったピストルを受け取る。
それがまたメチャクチャ懐かしくて暫し眺めていたのだが、玲華に急かされて的に向ける。
「とりあえず……」
俺は何も考えずに、とりあえず撃ってみた。
輪ゴムが見事、的に当たったが、少し揺れただけだった。
「ふむ。意外と難しい」
「ゆうや?」
ガッカリした感がある玲華が、低い声音で俺の名を呼ぶ。
次で倒すから、もう少し待ってほしいものだ。
これは、幼稚園児の夏祭りだ。
俺のプライドが、スキルや魔法の使用を不可にする。
少し後ろにズレたので、そこを上手く当てればバランスを失って倒れるはずだ。
俺は集中して、再度引き金を引いた。
「……………」
狙ったところには当たったものの、的が縦に移動しただけで倒れることはなかった。
なにこれ、むっずっ!
「これ、おかしいだろっ」
「ゆうや?」
玲華が不機嫌になっている。
わかった、本気でいくからもう少し待て。
残りはあと一回だったが、ママさんにお願いしてもうひとつ輪ゴムを貰った。
そして、ふたつ同時にピストルに引っ掻け、上ギリギリを当てて見事後ろに倒した。
「ふぅ」
「やったーーーっ!」
俺の腕に抱きついて、目一杯喜びを表している玲華に、俺はただただ生暖かい眼差しを向けていた。
「ゆうやっ、ありがとっ」
「ほう?」
玲華にお礼なんて言われたのは初めてである。
明日は雪でも降るかもな。
「れいかちゃん、行こー」
「あっちでお面があるってー」
アクセサリーセットを抱き抱えたまま、友達に連れられていく玲華は、見たこともないような笑顔だった。
俺がぬいぐるみをプレゼントしたとき以上に……。
「まぁ、嬉しそうだからいっか」
「ゆうやくんっ、ボクもあれ欲しいかな」
「やめとけっ!お前は男だぞっ!?」
「?」
泉に言われて振り返った俺は、手前にある的を指差していることに気付いてホッとする。
それは、某人気ブロック玩具のレ○だった。
『ボクも』とか言うから、アクセサリーセットかと思った。
それにしても、なんかやけに景品が豪華だなぁと思いつつも、泉にも景品を取ってやる。
その後も、ホクホク顔の泉を連れて夏祭りを目一杯楽しんだ。
残念ながら、大悟は家の用事があって来なかったが、彼の分まで遊び尽くした。
最後には、朱美と恭介、そして泉ママも合流して既に定番になっているママのバトルをしながらも、締めの手持ち花火を楽しんだ。
「白井さんも、来年から委員に入られるのですね」
「ええ。ということは、桐沢さんも?」
「フフフ。あなたみたいな小娘に務まるでしょうか」
「ご心配には及びません。若いですから」
「──フンッ」
……もう勝手にやってろ。
俺は泉と線香花火で勝負しつつ、今度は普通の夏祭りが良いなぁと染々思っていた。
批判コメントがありましたので第1話を改稿しました。
読み返さなくても問題はありません。