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第17話 雅の悩み相談[前編]

 

「ウォーターボール」


 無詠唱で展開した水の球が、俺の頭上に5つ浮遊している。

 どれも、訓練を始めたときからはふたまわり以上大きくなっていた。


 そして、俺は10m先に置いた5つの薪へ向けて、ウォーターボールを発射させた。

 それは同時に、狙いたがわずに命中すると、薪を吹っ飛ばす。

 どうやら破壊する威力にはまだ届いていないらしい。


「でも、丁度良い威力だな。実戦で使用するならこのぐらいの方がいいな」



 俺は再度薪を置いて、今度は別の魔法を練る。


「エアカッター」


 お次は、5つの風刃を放った。


 それぞれの薪を"ガッ"という音を立てて切り付ける。

 結果、5つの薪は切り傷が付いたその対角線上に吹き飛んだ。


「やっぱりバフを掛けないと割るのは難しいか」


 何れも下位魔法に分類される初歩的な魔法だが、人を殺傷するには充分な威力が出る。

 まぁ、俺が力の加減を誤るなどあり得ないが。


「そろそろ次の実験を行いたいが、この庭では危なくて出来ないしな。かと言って、ひとりで出掛けるのも難しい。……当分は魔力量を増やす訓練だけに留めるか」


 ひとり呟きながら、散らばっている薪を拾い集めていると、近付いてくる朱美の気配を捉えた。


 即行で薪を"亜空間収納"に仕舞い、脇に置いておいたバスケットボールを手慣れた感じで掴み取る。


「ん。懐かしい感触だ」


 5本の指全てで器用にボールを回し始めると、丁度良いタイミングで朱美が姿を見せた。

 しかし、いくら待っても話しかけてくる気配がないので、何気ない感じで後ろを振り向いた。


「……ママ?どうかしたの?」


 なぜかキラキラした目で、俺のことを凝視していたのだ。

 まるで憧れのアーティストを前にしたような感じとでも言えばいいのか、興奮しているのが見てとれた。


「祐也っ!いつの間にそんなことまで出来るようになったの?凄いわ!」


 小指の第二関節、薬指の第二関節、中指の付け根、人差し指と親指の間の手の甲と、順々に移動させながらボールを弄ぶ。

 このぐらいなら前々世の俺でも出来たので、そこまで驚くことでもないと思うが。

 ……まぁでも、このちっちゃい手では片手で持ち上げるだけでも無理があるか。


「祐也にはバスケットの才能があるのね。幼稚園を出たらクラブにでも通わせてみようかしら」


 もちろんナイトなダンスの方ではなく、ミニバスのチームのことだろう。

 気が早いというか何というか。


「それで、どうかしたの?お夕飯にはまだ早い気がするけど」

「あら、そうだったわ。祐也、お友達から電話よ」

「お友達?泉のこと?」

「それは出てのお楽しみよ」


 なぜか勿体ぶる朱美に訝しむも、とりあえず部屋に戻り受話器を取って保留ボタンを押した。


「もしもし?」

『あっ、ゆうやくん?わたしわたしっ』

「俺を騙すには100年早い。それじゃ」

『ちょちょ、ちょっと待って!オレオレ詐欺じゃないから!』

「………どうして雅が?」


 電話の相手は、静岡の旅館で知り合った美少女、矢代雅だった。


 人気アイドルとしてテレビに引っ張りだこの売れっ子であり、俺は旅行から帰ってきてから何度も彼女が出演している番組を見てきた。

 まさか、あそこまで有名人とは思わず、結構驚いたものだ。


『今近くでロケ終えた帰りなんだけどね、よかったら寄ってもいいかな?と思って電話したんだけど』

「……はい?どこの近くだって?」

『もちろん、ゆうやくん家の近く』

「…………なぜ、家を知ってる。いや、それ以前になぜ家の電話番号を知ってる」

『えー?ママさんから聞いてないの?この電話番号と住所教えて貰ったんだよ』

「……………」


 朱美が個人情報垂れ流してる!

 まぁ、あの人はホンワカしてるけど割りと鋭いし、雅も悪い奴じゃないから別にいいんだけど。

 さっきの朱美の微笑を思い出すと、悪戯を実行中の悪ガキの笑みに思えてきた。


「それで、家に寄るって?なんで?」

『友達と遊ぶのに理由がいる?』

「本音は?」


 俺がわざと感情を一切乗せない無機質な声で聞いてみると……。


『今癒しを求めてるの!だからお願い!私の抱き枕になって!』


 俺も癒し()に対して、ここまで度が過ぎると引かれるのかと自分自身で思い至った。

 今後の教訓としよう。


 だが、予定があるわけでもないので断ると可哀想だと思い、夕飯までに帰るならという条件付きで了承した。






 ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



 電話を受けてから20分後、雅がマンションにやって来た。


 160cmぐらいの背丈で、薄い色の茶髪を肩の辺りまで伸ばしている。

 薄青色のレースが付いた白のキャミソールに、クリーム色のミニスカートを履いていて、変装のつもりなのか赤いサングラスを掛けている。

 いかにもアイドルが変装してますって感じの出で立ちだが、違和感は全くなく、むしろ抜群に似合っていた。


「お邪魔します。ゆうやくん、元気してた?」


 靴を綺麗に並び終えた雅が、頬を緩めながら近寄ってくる。

 俺は少し警戒しながらも、軽い挨拶を返す。


 すると案の定、手が触れる距離まで接近した雅が、両腕をガバッと広げて抱き付こうとしてきた。

 俺はやっぱりかと思いながら、バックステップを踏んでそれを躱す。


「ちょっ!?なんで避けるの!?」

「いや、雅の柔らかい身体は睡眠作用効果があるからな」

「──ッ!……ゆうやくんエッチね。今からそれじゃ、お姉さん君の将来が心配なんだけど」

「なんでそうなる」

「柔らかくてすべすべでエッチいカラダって言ったじゃない」

「誰が言ったよ、そんなこと!」

「やっぱり照れてるゆうやくんもめっちゃ可愛いよ」


 なんか、徐々に雅のペースに乗せられてるのは気のせいだろうか。

 気にしたら負けだな、うん。



「雅ちゃん、いらっしゃい。ゆっくりしていってね」

「はい。ありがとうございます」


 奥から姿を見せた朱美に、雅はペコリと頭を下げてからお互いに意味深な微笑みを浮かべている。

 いつの間に繋がっていたんだこのふたり。


「祐也。お肉切らしてたからちょっとスーパー行ってくるわね」

「うん、わかった。くれぐれも転んだりしないように気を付けてね。今は大事にしてないといけないんだから」

「わかってるわよ。うふふ。息子に身体を心配されるというのもいいものね」


 朱美のお腹の中には、3ヶ月になる新しい命があるのだから心配になるのは当然だろう。

 親からしたらそれが嬉しいらしいが。


 そう言えば俺は精神年齢ではおっさんになるが、結婚とかは考えてこなかったな。

 この人生では当分先になるが、今回は普通の家庭というものを築くのも悪くないかもしれない。


 と、そんなことを思っていると、雅が首を傾げて聞いてきた。


「ママさん、どこか身体悪いの?」

「いや、妊娠してるんだ」

「本当!?それは、後でおめでとうって言わないと」

「ママも喜ぶよ。……雅は、何がいい?お茶とか牛乳とか、パパのビールとかもあるけど」


 俺は雅と話しながら、冷蔵庫を開ける。


「ビールがいいけど、ゆうやくんと同じものでいいわ」

「そこは、お構い無くとか言うんだぞ」

「友達ん家じゃ、言わなくない?」

「それもそうか」


 そんなくだらないことを話しながら、テーブルに座ってお茶を注ぐ。

 すると、向かい合って座っていた雅が隣に移動してきた。


「おい」

「抱き締めないからこっちに座る」

「まぁいいけど」


 お茶を飲む。

 雅が隣で嬉しそうにしながら、俺の頬をツンツンして遊んでいる。

 俺も泉にたまにやるやつだ。

 されてる側はなんとも言えない気持ちになるな。



 このマンションには、1階にスーパーが入っている。

 そのため、朱美が帰ってくるまであと10分ぐらいしかないだろう。

 その前に、雅に聞いておきたいことがあった。


「雅。なんか悩みでもあるのか?」


 俺は鋭利な刃物を突きつけるかのように、急に本題を投下した。





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