第16話 お嬢様はツンデレ気味
せっかく爆弾の在りかは"レインボーモール"にあるとわかったというのに、捜査員を総動員して捜索したというのに、一向に見つけられず時刻は正午になった。
だが、いくら待っても爆発はしなかった。
青い顔から一転、ホッと息を吐く捜索員たち。
「須崎さん。どうやらあの野郎のハッタリだったみたいですね」
須崎の部下である若い刑事が話しかけてくる。
心底安堵している様子が伺える。
「そんなようには思えなかったが………」
安堵している捜査員たちの中にあって、須崎だけが納得いっていなかった。
しかし、羽賀が指定した時間はもう過ぎている。
「まさかッ」
須崎は慌ててスマホを取り出すと、自らの上司である亜垣へ電話をかけた。
「亜垣警部。須崎です」
『おや、爆弾は見つかったかい?』
「い、いえ。それで、他の場所で爆発した情報が入っていないかと思いまして」
『………いや、そんな情報はない。見つからなくて、爆発しなかったのかい?』
「はい。時間が無かったので捜索が完了していない区画には避難勧告を出したのですが、結局爆発は起きませんでした」
『おかしいな。そんなはずはないと思ったんだけど。まぁでも、爆発しなかったならよかった。念のため、全てを捜索し終えたら引き上げて構わないよ』
「わかりました」
電話を終えた須崎は、亜垣の指示に従い、最後の捜索を開始した。
自分のデスクで連絡を受けた亜垣は、すぐに席を立ち上がり、羽賀を取調室に連れてこさせた。
「羽賀くん。してやられたよ。まさかこの僕を欺くなんてね」
「?」
羽賀は「なんのことだ?」と思いながらも、亜垣の話をスルーした。
彼は、爆弾が発見されずにちゃんと爆発したかが気になっていたのだ。
「もう正午を過ぎたんだし、惚けなくてもいいよ。まさか、この僕がハッタリを見抜けなかったとは……少しショックを受けたよ」
「ハッタリ?お前はさっきから何を言っているんだ?」
そこで、亜垣の瞳の奥がギラリと光った。
羽賀の自分の言葉に対する返し、表情、声質等から一瞬で相手の心理状態を見抜いた。
「いや、なんでもない。……どうして、あんな場所に仕掛けた」
亜垣は歯軋りしながら、羽賀を睨んだ。
それを見て、羽賀は大声で笑いだした。
「なんだっ、やはり間に合わなかったのかっ。俺があそこに仕掛けたのは、楽しそうなガキどもに虫酸が走ったからだっ。親もまとめてぶっ殺すにはあの使われていない倉庫は最適だったぜっ」
余程愉快なのか高笑いしながら、べらべら情報を話してくれる。
それを、さっきのイラついた様子とは一転、冷静な眼差しで見ていた亜垣は、自分の中で仮説を立てた。
「それで、あの倉庫に爆弾を仕掛けたのか?」
「そうだっ!ショーなんざ格好の餌食だったよっ、フフフフ」
ようやく確実な言葉を引き出した。
そこで、亜垣は自分の部下に連絡した。
「亜垣だ。至急捜索し直してもらいたい場所がある」
10分後──。
祐也が爆弾を猫ババした例の倉庫に、捜査員が集まっていた。
「本当にここだと?」
「あぁ。羽賀はこの場所に爆弾を仕掛けたと言っているそうだ」
「だが、爆弾なんてないぞ?やっぱり奴のハッタリじゃないのか?」
「いや。ここに仕掛けてあった可能性は高い。この上に何かが置かれていた形跡がある。職員に聞いても分からずだったしな」
「消えた爆弾ってか?推理小説じゃねんだから勘弁してほしいぜまったく」
その後の懸命な捜査にも進展はなく、書類上は羽賀が嘘を吐いていたということでこの事件は幕を閉じた。
ひとりの子供が爆弾をかっさらったなど、想像の埒外であった。
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翌日、月曜日──。
俺はいつものように朱美と幼稚園まで歩いて通った。
入口で朱美と別れて遥先生に挨拶をする。
「遥先生。これ、お土産」
先生に買っておいたクッキーを手渡す。
実は先生の分のことは忘れていたのだが、大量に買っておいたので今朝朱美に言われて持ってきたのだ。
「え?先生に?ありがとう!祐也くん!すっごい嬉しいっ」
めちゃくちゃ喜んでくれて、今にも飛び跳ねそうな遥先生。
ここまで喜んでくれるなら買ったかいがあったな。
金を出したのは俺じゃないが……。
教室に入ると、いち早く俺に気付いた泉が満面の笑みを浮かべて寄ってくる。
このクラスではよく見られる光景である。
「ゆうやくん。おはよー」
「おう。相変わらず元気だな」
「そうかなー?それよりも、昨日楽しかったぁ?」
「あぁ、収穫はあったかな」
「へー」
わかってなさそうな感じで、可愛く頷いている。
条件反射でついつい泉の頭を撫でていると、いつの間にか左下に大悟がいた。
彼は寝そべりながらも、覚醒した目で俺の持つ袋を見つめていた。
「じーーーー」
もしかしてクッキーの匂いを嗅ぎとったのか?
だとしたら、さすがは爆食小僧だ。
……よく見たら、軽く涎を垂らしている。
「ほれ。そんなに物欲しそうな目をしなくても、お前の為のお土産だから好きなだけ食え」
そう言って俺は、袋からクッキー3箱を取り出して渡す。
途端に嬉しそうな笑顔になってそれを抱き抱える大悟。
「ありがと。今度オラが大事にしてるバイキ○マ○のおもちゃあげるよ」
「いや、いらない。大事にしてるなら簡単に手放すな」
「わかった」
俺のとってつけたような拒否理由に、大悟はなんの疑問も持たずに頷くと、テクテク歩いていって席についた。
そして、早速クッキーの箱を開けようとしていたところを、遥先生に叱られて没収されていた。
間食はメッ!……だそうだ。
大悟の行動を追っていた俺の視線に、泉が割り込んできた。
何かを言いたそうに口をモゴモゴさせている。
可愛いからこのまま見ているのもいいが、そろそろ授業が始まるので俺から話しかけた。
「どうした?」
「あっ、うん。えっと、ボクの」
「おどきなしゃい!ゆうや、じゃまなのよ!」
泉の言葉を遮り、俺の後ろから高飛車な声がした。
その声と口調から、玲華だと気付く。
俺と泉が話してる場所は、ドアからは少し離れたところである為、邪魔にはなっていないはずであった。
だから泉との会話を優先した。
「ボクの……なんだ?」
俺が聞き返すと、泉はひょこっと俺の横から後ろを覗いた。
そこには、玲華がいるはずである。
「いいの?」
「あぁ。玲華の相手は後でするから、お前は気にしなくていい。それで、泉の……なんだ?」
「えっと、ボクもお土産欲しい」
「あぁ、お土産な。泉には良い物を買ってきたんだ。絶対に似合うと」
─ギュッ──。
突然、背後から制服の裾を握られた。
首だけで振り替えると、俯いている玲華の姿があった。
「どうした?」
「……………」
「玲華?」
「…………なんで無視するの」
ボソボソっと呟いた玲華の声を俺は聞き取った。
あの玲華がデレた!?
「れ、玲華。お前、頭でもぶつけたか?」
普段ではあり得ない玲華の言動に、俺は少し慌てながら理由を探った。
玲華が顔を上げて、俺と視線が交差する。
キッ──と潤んだ目をしながら睨み付けてくる。
「なんで、しょうなるの!」
いつものように俺の頭をポカポカ叩いてくる。
ツンに戻ったらしい。
「あ、そうそう。玲華、これ土産な」
そう言って、袋からパンダのぬいぐるみを取り出す。
雅には好評だったみたいなので、玲華も気に入ると思うのだが………。
「きゃわいいいい」
俺の手からぬいぐるみをふんだくると、緩みまくった頬に押しつけ始めた。
ムギューとぬいぐるみを抱いて幸せそうな玲華を見て、俺は思った。
(デレた………)