第14話 爆破予告
静岡県警捜査第一課に所属する須崎正登警部補は、イラついた様子で舌打ちを溢した。
精悍な顔つきの青年で、まるでベテラン刑事のような雰囲気を醸し出している若手刑事だ。
捜査ではまだまだ半人前だが、柔道黒帯の実力者である。
いや、ベテラン刑事というよりは、肉体的な強者の風格が備わっている。
若手といっても今年で30だが、刑事歴では若手の部類である。
交番勤務からトントン拍子で県警本部の捜査一課にまで上がってきた期待の新人だった。
これまでいくつかの事件に少なくない貢献をしてきた彼は、つい先日警部補に昇進して自信がついてきていた。
これは、その矢先の事件だった。
連続爆破テロの首謀者、羽賀那伊。46歳。
静岡県内で起こした爆破は今のところ4件で、死傷者は十数人にも上った。
4件目の爆破に至っては、仲間を標的としたもので、生存しているテログループは首謀者の羽賀のみとなった。
羽賀の逮捕にようやくこぎつけた警察だったが、彼が取り調べ中に発した第一声が捜査員を慌てさせることになった。
「3日後の正午までに私を解放したまえ。さもなくば、地獄を見ることになるぞ」
この発言に捜査当局は、まだどこかに爆弾を仕掛けているものだと判断した。
たとえハッタリだとしてもその証拠はない。
それから幾度となく取り調べを敢行したが、人が集まる場所に爆弾を仕掛けたという情報を話してからは、うっすらと気持ちの悪い笑みを浮かべているだけだった。
「須崎くん、お疲れー。どうだい?奴は吐いたかい?」
イライラしつつ慌てているのか足を小刻みに震わせながら、喫煙室でタバコを吸っている須崎警部補の元へ、軽い調子でやってきて声をかける男がいた。
屈強な肉体ながら、スーツをピシッと着こなしている須崎とは対照的に、茶髪のくせ毛でtheクールビズといった装いのチャラい男だった。
チャラいと言っても須崎より10歳は上だろう。
須崎はその男の登場に不快感は見せないものの、代わりに呆れを見せた。
しかし、それはチャラい格好に関してではない。
「亜垣警部。今までいったいどちらにいらっしゃってたんです?」
須崎の声には多分に呆れが入っているが、どこか尊敬しているような口調でもあった。
それもそのはず。
この男の名は、亜垣奏史。
全警察官で1割にも満たない警部の階級を持つ。
須崎が頭脳面では完全なる信頼を置いている上司だった。
彼の口利きが無ければ、須崎が県警本部に入れていたかどうかはわからない。
「うん。ちょいと調べものをね。それで、爆弾の在りかはわかったかい?」
「いえ。もう時間がないっていうのはわかってるんですが。羽賀を全く落とせなくて。このままでは……」
須崎は悔しそうに歯軋りしながら、タバコを指で折った。
そんな部下の姿に、亜垣は仕方がないというように苦笑いしながら、3枚の写真を取り出した。
「……警部。それは?」
「奴が捕まる直前に訪れたと思われる場所があってね。その10km圏内に人が多く集まる場所がこの3箇所だった」
「ッ!!どこからそんな情報を」
「それは、須崎くん相手でも易々と言えないね。ただ、正規のルートから入手した情報、とだけ言っておこうか」
いつもの怪しい情報の入手先だが、自分では亜垣の口を割ることなどできないと悟っている須崎は、早々に諦めて本題に入る。
「では、この3箇所のどこかに羽賀が爆弾を仕掛けた可能性が高いということですね?」
「うん、そうだね。どこだと思う?」
その亜垣の問い掛けは、まるで自分はわかっていて相手を試すような口調だった。
表情も須崎を試すようにうっすらと笑みを湛えている。
須崎はそれに気付いていないのか、あるいは気付いていてもそれどころではないのか、真剣な顔で写真を見比べていた。
「駒木温泉街………駒木の緑動物園………そして、レインボーモールか。今日は日曜だからどこでも可能性はある。この3つを同時に捜索します」
勇んで喫煙室を出ていこうとする須崎を亜垣が呼び止めた。
「亜垣警部?」
「もう奴が指定した正午まで数時間しかない。人員を割いている余裕はないはずだよ」
「しかしッ」
「はぁ。仕方ないね。まず、駒木温泉街。あそこはたとえ日曜日でも昼間は人が疎らになる。動物園は確かに可能性があるけど、あそこは元々そこまで人気はない。そして、レインボーモールだ」
亜垣は、ポケットから1枚のパンフレットを取り出した。
そこには、でかでかと特大セールの文字が。
「ッ!!」
「どう思う?須崎くん」
「……羽賀を吐かせますッ!」
そう言ってドアノブに手を掛けたところで、再度亜垣から声が掛かる。
「須崎くん。最後にひとつ助言をしよう。奴は嘘をつくとき左目が一瞬外を向く。ほんの僅かな一瞬だから見逃さないように」
「──ッ。ありがとうございます、亜垣警部。いえ、亜垣一課長。行って参ります!」
最後にそう言って直立不動で敬礼すると、急いで喫煙室を出ていった。
ドアが閉まる。
亜垣は部下の大きな背中を見送って、欠伸をしてからひとりのんびりとタバコを吸い始めた。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
レインボーモールへ到着した俺たちは、パンフレットを片手にショップを梯子していた。
一応カートがあるので、男(恭介)が大変になるということはない。
まぁでも、この勢いだったらいずれ載せきらなくなるかもしれない。
そのときは、車に一回置きにいくか、父親に頑張ってもらうしかないだろう。
「祐也。これでいいのかしら」
スポーツショップに入って、朱美がひとつのバスケットボールを指差した。
車内で話してた欲しいものを覚えていたらしい。
最悪ごまかされることも覚悟していたが杞憂に終わった。
「ママ。それ7号だよ。高校生以上が使う大きいやつだから、こっちで十分」
そう言って、ミニバス用である5号の小さいボールを持つ。
懐かしい感触に、ボールを胸に抱く。
自分の体が小さくて、持つとそうなるだけだが。
「よく知ってるなぁ」
恭介が隣で感心していた。
「こないだテレビでやってて」
もうこれがごまかすときの俺の常套句になっている。
「まぁ、最近はバスケも昔より断然注目されてるからな……ん?7号ってのは中学生以上みたいだぞ?」
商品棚に貼ってあるサイズ表を見ていた恭介が、そんなことを言ってきた。
は?
中学は6号だろ?
……あ、ほんとだ。変わってたのか。
「本当だ。テレビが間違ってたんだね」
なんとなくテレビのせいにしておく。
現代では通じない古い知識がまだ色々あるかもしれない。
この3年で、本当の子供のようにできるだけ吸収してきたけどまだ足りないらしい。
(バスケットボール、中学生も7号になったのか?)
【是。平成25年に変更になりました。競技の国際化に伴い、早い段階から7号球に慣れさせるという意図があるようです】
なるほどなぁ。
ま、とりあえず今は5号でいいや。
今すぐにボールを突きたい衝動を抑えて、朱美にそれを渡した時だった。
──ピリッ──
俺の肌を、柔らかい突起物が刺さったような感覚がやってきた。
常時発動型のスキル、危機感知に反応があったということだ。
しかし、今すぐどうこうなる感じではなかった。
たとえば、狙撃で俺の命を狙ってる等の場合は、結構差し迫った大きな反応があるが、今のは微弱なものだった。
俺にとっては然したる脅威ではないが、無防備であれば実害を与える可能性はあるということである。
こっちの世界にやってきてからは初めてのことで、少しテンションが上がる。
なにせ平和すぎて、「アークス」では日常的に感じていた危機感知にこの3年全然反応が無かったのだから。
ようやく訪れた面白そうなことだ。
いくら危機感知の反応が弱くても、放っておくという選択肢はなかった。
それに、俺にとっては脅威とはなりえないことでも、周囲の人間に影響を及ぼす可能性は否定できない。
俺は内心ウズウズしながら、感知した危機の元を探るために周波探知スキルを使用した。
(これは…………爆弾かッ)
さすがの俺もこれには慌てる。
もし爆発しても、防御系のスキルもあるので俺は無傷だろうが、周りが大変なことになる。
俺はトイレに行くと言ってショップを飛び出し、目的の場所へ目立たない程度に急いだ。