第13話 欲しいもの
自分の部屋に戻ってくると、朱美がテーブルを端にどかして布団を敷いているところだった。
ホテルではないので、当然雑魚寝だ。
まぁ、自宅でもこんな感じなので別にいつもと変わりはない。
「祐也、寝るぞー。こい、歯磨いてやる」
恭介が布団の上で胡座をかきながら、手招きをしてきた。
「歯ぐらい自分で磨けるけど」
「そうよ。祐也はもうそのぐらいひとりで大丈夫よ」
朱美からの援護射撃もあり、恭介撃沈。
「子供が優秀すぎて、パパ寂しい………。次の子に期待するか」
「ん?」
恭介の最後の言葉にひっかかりを覚えた。
言葉の意味的には、次があればみたいな言い方に取れるが、口調や表情に違和感を感じる。
そして、その疑問は確信に変わった。
「あっ」と小さく呟いてから、自分の口元を抑えたのだ。
分かりやすすぎる。
横を見ると、朱美がため息をついていた。
「どういうこと?」
俺の問いに返答はなく、朱美は恭介に非難の眼差しを向ける。
「いくらなんでもバレるの早すぎるわよ。祐也は勘が鋭いんだから」
「あ、あぁ。すまん。まさか、今のでバレるとは思わなくて」
「せっかく祐也がどのタイミングで気付くか楽しみだったのに……つまんないわ」
「ほんと面目ないです」
俺をそっちのけで、ふたりで話している。
その内容から察するに、やはり"できた"ってことだろう。
まさか、今朝に想像していたものが既に現実になっていたとは思わなかった。
「パパ。ちゃんと報告して」
俺がそう言うと、言い合っていたふたりがこっちに向き直る。
そして、朱美に肩を小突かれた恭介は、少し居住まいを正してから口を開いた。
「祐也。黙ってて悪かった。お前がいつ気付くか試してたんだ。まさか、わかってからひとつきもしないうちにバレるとは思わなかったけどな。………実は、お前に弟か妹ができたんだ」
「わーい。やったー」
「……棒読みすぎないか?」
「だって想像通りだったんだもん」
「グッ………」
恭介がふらふらと後頭部から布団にダイブした。
拗ねたらしい。ほっとこう。
「それにしても、兄貴か」
俺は祐也で三度目の"生"だが、兄弟がいたことはなかった。
最初の"生"では、俺が産まれてすぐ両親が離婚し、女手ひとつで育ててくれた母親は、中学生のときに事故で死んだ。
行方不明だった実父に代わり、叔母に引き取られたが、その人は完全放任主義で俺の心は思春期ということもあってかなり荒んでいた。
だから、あまりよろしくない奴等ともつるんでいた。
結果的には俺の不注意で事故死したんだが、兄弟でもいれば違う人生になっていたんじゃないかと思うこともある。
そして、"アークス"では普通の村人として生を受けた。
なぜそこから勇者なんてものになれたのか自分でもよくわからなかったが、そこは転生特典だと無理矢理納得させたのを覚えている。
5歳のときに村が魔物に襲われ、両親は俺を必死に庇ってあっけなく死んだ。
それからなんやかんやあって勇者に祭り上げられ、なんとなくの反抗で国に縛られないように腕を上げて好き勝手生きてきた。
ここでも兄弟がいたらどうなっていたんだろうと思う。
僅か数秒でふたりの自分を思い出し、感慨に耽る。
兄弟とは、どういうものだろうか。
弟でも妹でもどっちでもいいが、楽しみだな。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
翌朝。
朝食をとってから、宿を出た。
残念ながら、あっしーたちは既にいなかった。
挨拶ぐらいくれてもいいのにと柄にもなく拗ねていたところへ宿の女将さんから、「またね」と言付かれたと聞いた。
またねって……そうそう会わないと思うけど、とこのときの俺は思った。
まさか、家の電話番号を教えてるとは思ってもみなかったのだ。
今日の目的地は、宿から少し離れたところにある巨大複合施設だ。
メインはショッピングモールで、その傍にボーリング場やテニスコート、バッティングセンター等を配置している。
と、俺が持ってるパンフレットには書かれている。
なんでも、できたばかりで特大セールをやっているらしい。
これは人ゴミがうざそうだ。
「こんなときに特大セールって……」
ポツリと呟いた俺の独り言を、後部座席で隣に座っている朱美が拾った。
「なに言ってるの。特大セールだからこの旅行を決めたのよ。色々と爆買いするチャンスなんだから。祐也の服もすぐ着れなくなっちゃうと思うし」
うぇ~。
今のところ金には余裕があるって言ってたのに………。
そして、俺のやる気の無さを感じ取ったのだろう。
朱美は少し慌てた感じで付け加えた。
「祐也の欲しいものも買ってあげるわよ?普段はダメなものも今日だけ特別よ」
欲しいものか。
こっちに転生してから、驚く程ぐーたらしてて特に考えてなかったな。
あまりにも平和すぎて。
ダメだ、思い付かない。
朱美のお腹の中に新しい命が無ければ兄弟って答えたんだが、それ以外だと………。
あっ、あれにしよう!
「じゃあ、バスケットボールがいい」
「バスケットボール?」
朱美にとって、その答えは予想外だったのだろう。
おうむ返しに聞いてきた。顔になぜ?と出ている。
「バスケやってみたくて」
「あら。野球じゃなくて?いつも一生懸命素振りしてるし、パパと楽しそうにキャッチボールもしてるのに?」
素振りは、魔法訓練のカモフラージュで。
キャッチボールは、ただ単純に親とやったことがなくて憧れだっただけだ。
実際やってみると、めっちゃ楽しかったが。
「野球もいいけど、バスケやってみたいな。こないだテレビ見て格好良かったから」
朱美に言う理由は適当だ。
本当の理由は、前々世で中学のときに母親が死んだショックで辞めたバスケを再びやりたくなったからだ。
「いいじゃないか、バスケ。パパが子供の頃は丁度◯◯のバスケって漫画が流行っててな。よく遊んだものだ」
運転中の恭介が前を見ながら、会話に入ってくる。
漫画か。
欲しいもの、それもありだな。
ここ20年分の漫画をありったけ読むというのも悪くない。
「それ面白いの?」
そう聞いた自分の顔は見えないが、恐らくわくわくしているのが顔に出ているはずだ。
朱美は隣で苦笑いしている。
「あぁ、面白いぞ。そういえば、祐也はパパの実家に来たことはなかったな。今度行くか?漫画部屋があるぞ」
「いく!」
人混みで萎えていた気持ちを横に置いて、その後の俺は上機嫌だった。
まもなくして、巨大複合施設『レインボーモール』へ到着した。