プロローグ
生きろ。強く、強く、生き続けろ。
親父の願い、親父の最期の言葉。
そして、今でも鮮明に覚えてる、あの凄惨な景色を。
まだ、俺が物心ついてすぐのことだった。他のことなんかなんにも覚えちゃいない。でもあの日のことだけは嫌なくらい脳にこびりついて離れない。
親父とお袋と一緒に朝のヒーローものの特撮を見ていて、日曜なのにやけに静かだなあって幼心に思ってた気がする。今思えば、いわゆる嵐の前の静けさってやつだったんだと思う。でも、当時の俺はただのガキで、当時の俺らはただの平和ボケした日本人に過ぎなくて、そんな前触れになんて気づくはずもなかった。
昼になって、飯を食って、昼寝して、そんな当たり前でそして幸せな休日のひと時を過ごしてた。
だけど…。
陽も落ちてきたころ、急に外が騒がしくなってきた。
鳴り止まないパトカーと救急車のサイレン、そして人々の喧騒。
何か大きな事件でもあったのかなって、親父がテレビをつけたら、それこそ朝の特撮の続きでも見てるのかなってくらい非現実的な、なのになぜかリアルな光景が映し出されていた。
人よりひと回りもふた回りも大きいカマキリみたいなバケモノが次々に人を切り裂いては捕食していた。
親父が、なんてモン放送してるんだって言って、他の番組に変えても、どの局も同じような映像が流れているか、ニュースキャスターが血相変えて、家から絶対に出ないでください、外出中の方は頑丈な建物に今すぐ避難してください、と呼びかけしているかのどちらかだった。
そんなバカなとベランダに飛び出した俺らだったけど、眼に映る外の景色が否が応でもそれを事実だって認識させてきた。
母さんが危ない。助けに行かなくては。
親父がそう考えるのは当たり前なことだった。
というのも、こんな異常に満ちた世界に変わり果てる10分ほど前にお袋は買い物に行ってしまっていたからだ。
「いいか、衛。父さんは母さんを探してくるから、衛はここで待ってろ。絶対に家から出るなよ、いいな?」
親父のいつになく険しく真剣な表情に、俺は圧倒され、頷くことしかできなかった。
それからどれだけ経ったのか、10分くらいかもしれないし、1時間くらいだったのかもしれない。
時間感覚がなくなるくらいには怖かった。とにかくどれくらいかして、やっと家のドアが開いた。
あの時の光景は今でも特に鮮明に覚えている。左腕は既になくなり、全身から血を流しながらも、意識を失っているお袋を右腕でしっかりと支えた親父の姿。
ボロ雑巾のようになっているのに、その姿は勇ましくて何よりも立派で偉大に見えた。
そのあと家に入った親父は、糸が切れたみたいに倒れ込んだ。
「母さんのことは頼んだぞ。これからきっととんでもなく苦労するだろう。でも、母さんと支え合え、いいな?そして、生きろ。強く、強く、生き続けろ。」
そう遺して親父は永遠に眠った。
家族を文字通り身を呈して守った親父、その親父の最期の願い、反故にできるわけがない。
強く生きてやる、どんなに醜くとも生き延びてやる。そして、親父が命をかけて助けたお袋を何が何でも守ってやる。俺はあの日幼心にそう誓った。
あの日の事件は後に大災害と呼ばれ、あのバケモノたちはクリーチャーと呼ばれた。
あの日突然現れたクリーチャーたちは、その日のうちに忽然と姿を消した。そして、以来15年間一度も姿を見せることなく、時間は過ぎた。
大災害は過去のものとなりつつある。人々の中で大災害はもはや記憶記録思い出と化していっている。
それでも俺は忘れない、あの日の胸の痛みを、家族を守った英雄を。
2度と同じ痛みは味わいたくない。かかってこいよバケモノども、次痛い目を見るのはお前達だ。




