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009 自ら差し出す心と体

「当たり前だ。そんな簡単に優勝できるはずないだろ」


 寄宿舎に戻ってきたアルフに、泣き腫らした顔でどうしてと食って掛かったサファイアは、アルフの一言に絶句する。


「明らかに実戦不足だからな。どんなに正確に剣を振れても長時間動けるスタミナがついても、戦いに慣れてなきゃ勝つのは無理だ。相手も悪かったしな。戦いの中で生き抜いてきた戦士相手じゃ、武道の選手が勝つなんて笑い話だよ」

「実戦……」


 確かにサファイアは実戦……スパーリングは全くしたことがない。強いて言えば本番に当たる大会の中で、3か月に一度、数回戦う程度。一応戦える相手としてはファナが候補となるが、周囲に回復魔法を使える人間がいないことや、手当てに必要な薬品類の調達も資金の都合で難しいことから、模擬戦の類はしたことがなかった。ファナ自身も何かと都合が悪く、ここ数年はめっきりと勝負する機会もなくなっていた。


「……私たちのこと騙したの?」

「勝てるって点ではそうなるな」

「……」

「そんなムキになるなよ。怒る気持ちもわからんでもないがな」

「……最低」


 サファイアはアルフに心底幻滅した。半年あれば優勝できると信じさせられて、トーナメントは一回戦も勝てなかったのだから。自信の力不足が大きな問題ではあるが、それならそうと先に言っておいて欲しいという気持ちはあった。


「悔しいだろ。俺に騙されて、勝てなくて」

「……」

「騙されるような実力ってことだよ、今のお前はな。いっぱしの訓練ができる環境の人間がこの半年のお前の行動見たらすぐわかるんだぜ。基礎訓練しかしてないってな。それに気付けないお前も視野が狭いし、視野が狭くなってるのは今までの環境のせいでもある。……つーことでだ」

「?」

「今日からアムニスがお前のスパーリング相手だ」


 アルフに頭をぽんぽんされながらアムニスはサファイアに微笑みかける。


「ん、アムニスが……?」

「よろしくお願いしますね、サファイア。このアムニスが次の試合まであなたをみっちり鍛えます」

「え……アルフじゃないの?」

「俺はこれから少しやることがある。暫くここには戻れん。俺ほどじゃないがアムニスも強いから、きっちり鍛えてもらえ。今日の優勝者よりは遥かに強い。今日からは、お前とルークとアムニスの3人でがんばれ。冬大会には戻ってきてやるから、弱い姿見せるなよ」


 じゃあな、と言い残してアルフはどこかに行ってしまった。寄宿舎の入り口にはアムニスとサファイアだけが残った。


「……いっちゃった。ねえ、アムニスは知ってたの?」

「何をですか?」

「……私は勝てないだろうって」

「……この気持ちも、強くなるスパイスなんですって。負けた悔しさが大きければ、その分もっともっと強くなれる。アルフはそう言ってました」

「……」


 再び泣きそうになるサファイアを、アムニスは優しくぎゅっと抱きしめる。ふかふかで、優しい気持ちになれた。


「ねえ、アムニスは強いの?」

「アルフには勝てませんけどね。1か月以内に私に攻撃当てることができたら、褒めてあげますよ」

「……ちょっとムカついた。二週間以内にクリアしてやるから」

「それは頼もしいですね、ふふっ」


 半年の訓練で自信がついていたサファイアは、アムニスの発言にちょっとムッとする。年上とはいえ同じ女性、アルフの使い魔より弱いと言われるのは思いのほか屈辱だったからだ。しかし自分が弱いのは事実なので、ぎゅっと両手で抱き返して、柔らかな胸に顔を埋め、少し泣いた。

 夕飯は、いつものようにアムニスが作った。サファイアが元気をつけるようにと一層腕によりをかけた。アムニスの特製料理は本当においしくて、少し元気になった。3人で食事した後、それぞれ部屋に戻っていった。サファイアはファナと一緒に寝たいと思ったが、ファナは部屋には来なかった。



......



 翌朝、サファイアは目を覚まして廊下に出ると、ティリーナが自身の部屋から大きな荷物を抱えて出てくるのを見た。


「ティリ、おはよ」

「…………」


 ティリーナは怯えるような、困ったような目でサファイアを一瞥した後、何も喋らずにいそいそと寄宿舎から出て行った。ファナは昨日の夕方から見かけていない。


「……何かあったのか、あいつ」

「……わかんない」


 リビングから出てきたルークも、ティリーナの様子に不思議そうにしていた。アムニスは、少し暗い表情で、皿を洗っていた。

 今日からはアルフの言った通り、アムニスとサファイア、ルークの3人で訓練することになる。朝はいつも通りランニングをして、軽く休憩をしてから、昼までアムニスとスパーリングする。昼食の後は、夕方の少し前までスパーリングする。内容は簡単だ。サファイアが鞘付の剣でアムニスに挑む。アムニスに見事一撃を与えられれば、次のステップに進められる。次のステップではアムニスも攻撃を仕掛けてくる。アムニスの攻撃を躱しつつ、一撃を与えられれば勝利となる。アムニスが言うには三ヶ月以内にそこまでが終わるのは奇跡だと言う。


「よーし、それじゃ行くぞ。サファイアが疲れるか一撃あたるまで……はじめ!」

「行くよアムニス!」


 得意の瞬発力で間合いに飛び込み、棒立ちのアムニスの横腹に向けて剣を凪ぐ。アムニスは微動だにしない。しかし。


「……!?」


 アムニスの体に触れるギリギリで、剣は止まっていた。いや、切っ先がアムニスの指で摘ままれている。


「ん……あれっ……」


 サファイアが剣を引き抜こうとしても一向にアムニスの指から離れない。アムニスは涼しい顔で剣をつまんだままだ。


「……振りの速さも重さも足りません。もっと力をいれて」


 アムニスが剣を押し返すと、勢い余ってサファイアは尻餅をつく。


「あってて……もーなにそれ! ずるしてるんじゃないの!!」

「してませんよ。さあもっと攻撃しないと私の体を動かせすらしませんよ?」

「むっきぃぃぃ! 見てなさい、やあああああっ!!」


 小馬鹿にされ、憤怒の表情でサファイアはアムニスに突っかかる。振りは乱れ、形になってない。ルークがもっと落ち着けと注意するが、逆にうるさいと怒られてしまった。



......



「はい、午前の部は終了ですね。お疲れ様でした」


 大の字で芝生に寝転がり大きく肩で息をするサファイアを尻目に、バスケットからお弁当を広げるアムニス。1時間ほどサファイアはアムニスに斬りかかっていたが、結局アムニスの事を一歩動かすことすらできなかった。


「はぁー……はぁー……っ……な、なんなの……まったく……」


 汗の滲む額を、秋風が過ぎて行く。ひんやりした心地よさが、熱い体を冷ましていった。ルークに命令し、サンドイッチを口に運んでもらう。激しい運動のあとに外で食べるご飯はとても美味しく感じられて、格別だった。


「サファイア、手加減してませんか?」

「ひへないよっ」


 ふいに訪ねたアムニスに、サファイアは乱暴に切り返す。


「そうですか。……うーん、でも念のために明日からは私も鎧をつけておきますね」

「気を使わなくたっていいよ。鎧があってもなくても変わらないって」

「実践に近くないと本番で本領発揮できませんよ?」

「……」


 本番であんな風に剣を摘ままれたらショックだろうなぁなどと考えつつ、アムニスのお手製サンドイッチをもくもくと食べるサファイア。詰まらないようにとお茶をコップに注ぐアムニスの手が止まる。


「……あ」

「どうしたの?」

「夕飯の仕込みを忘れてました……お買い物に行かないと」

「ん……手伝うよ。なんかもー今日はいいや。もうやめにする。明日から頑張る」

「ダ~メですよ、アルフに怒られます」

「やる気のないときに訓練したってなんも身に付かないよ。アムニスは攻撃してこないんだし。夕飯お手伝いするからさ、ねね、いいでしょ?」

「……はあ……わかりました。もう、今日だけですよ?」


 ふう、と困ったようにアムニスは折れた。


「それでは私は街の方にお買い物へ向かうので、サファイアはすみませんが南門の外に生えてるハーブをとってきてください。見た目と数とハーブの名前はこのメモを見てくださいね」

「普段から野草も使ってるの?」

「もちろんですよ。その方が美味しいものが作れますから」


 わかった、とサファイアはアムニスのメモを手に取り、南門へ駆けていった。


「さあ、それじゃ私たちも市場にいきましょうか」

「えっ、俺も?」

「当然です。重いものはよろしくお願いしますね?」

「まあいっか。うまいの期待しちゃおっと」



 三者三様、笑顔で夕食の支度を始める。今日も美味しい夕食になりそうだった。

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