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008 涙は痛みと悔しさと共に

 女性用控室では、サファイアが両手をあげて、満面の笑顔でピョンピョン跳ねて大喜びしていた。優勝候補、しかも貴族であるラディオネルに勝ち、見事初めてのトーナメント進出を果たしたからだ。レアナとユリーカ、ミコリルの三人は、サファイアのはしゃぎっぷりに若干引きながらも、快挙を素直に祝福した。


「ファナ、私やったよー!!」


 サファイアがたまらずファナに抱きつくと、ファナは晴れのような笑顔で頭を撫でてくれた。ファナは一度も勝てずリーグ敗退という相変わらずの戦果だったが、サファイアの勝利を自分の事のように喜んでいた。新参のもう一人の女の子はそのやり取りをばかばかしそうに眺めていた。


 サファイアが放った下民パンチは不発に終わり、ラディオネルの顎を掠めただけだった。しかしその衝撃でラディオネルは脳震盪を起こし、10カウント以内にタツいことができなかったのだ。偶然が重なったラッキーパンチであったが、この際勝利は勝利だと、しっかり噛み締めることにして、ファナの柔らかい頬を堪能する。


「はいはい、おめでとうおめでとう。ファナ、アルフが私たちの事呼んでるらしいから付いといで」


 突然ティリーナが控室に入ってきて、ファナをサファイアから引き離すように腕を掴んで引っ張る。ティリーナは心なしか気が立っているようにも見えた。ファナはサファイアの事を見ながら、ティリーナに連れられて手を振りながら控え室を後にする。控え室は男子禁制のため無論アルフもルークも入ってはこれない。ティリーナを使って呼び出したのだろう。またあとでね、とサファイアは二人を見送った。


「何かあったのかしら?」

「ふむふむ……これは事件の予感?」

「こらこら……」

「……?」


 普段とは違う雰囲気に、女性控室は少しざわついた。



......



 リーグ戦は午前中に、トーナメントは午後から開催される。サファイアは普段、体が重くなるので昼食は摂らない。今日は特に、ほどよい緊張でお腹が空いていないので好都合った。トーナメントはリーグ戦のブロックそのままの形で組まれるため、サファイアは16試合目だ。シードなどはなく、前回準優勝だろうが一回戦敗退だろうが、平等に五回戦う必要がある。レアナとユリーカもトーナメントに残っている。彼女たちはと戦うとしたら決勝戦だ。無論サファイアは仲のいい人が相手でも手加減するつもりはない。それは恐らく相手もそうだろう。31ブロックリーグ勝利者……つまりサファイアの対戦相手は、控え室で一人でいた、新参の女の子だった。


「それでは武術部門トーナメント第一回戦、Dブロック最終戦の始まりです! 両者前へ!」


サファイアは自信たっぷり、リングへ上がる。緊張もすごいが、ここまで来ればあとはもう、行けるところまでいくしかない。そう考えたら、かなり気持ちが軽くなった。


「31ブロックからは、ラズリ・フェリス選手!!」


『うおおおおお!!』


 大きく歓声が上がる。ラズリは布をメインにした、身軽さ重視の服装だ。肩から掛かる大きな外套は、内側の何かを隠しているのだろう。油断は禁物だ。


「今回発参加! 風のような早さでリーグを勝ち抜きました! 果たしてトーナメントではどのような戦い方を見せるのか!」


 トーナメントからは紹介が長くなる。サファイアはどんな風に紹介されるのか、少しわくわくしていた。



「続いて32ブロックからは、サファイア選手!!」


『わあああああ!!』


「名門ストルツベルグ家をリーグ戦で打ち倒したダークホース! 出場回数13回! トーナメントはおろかリーグでの勝利自体が今大会初めてです! 果たしてその力は奇跡か、実力か!!」


 なかなか恥ずかしい紹介をされてサファイアは少し顔を赤くする。ルークはリング下で苦笑いしていた。


「さあ、準備はよろしいですか?」


 審判が二人に視線を送る。二人は頷き、構える。ラズリは外套の内側から一本小さなナイフを取り出し、サファイアに見せつける。あれがラズリの武器か……持ち手を警戒しながら、どのような攻撃が来るかイメージを浮かべつつ、剣の向きを変える。


「それでは……始め!!」


 サファイアはラズリの出方を伺う。いくら速度に自信があろうと、避けるくらいなら余裕だと踏んだためだ。ラズリは軽く右にステップして若干間合いを開ける。刹那、サファイアの視界が眩く真っ白になった。


「!?」


 突然のことにサファイアは顔を少し外へ背ける。ラズリのナイフが太陽光を反射してサファイアの目に入ったのだ。サファイアはすぐに後ろへ下がり、目を開けてラズリを追う。目に光の跡が残り視界が遮られる。サファイアの視界の一部を奪った事を確認したラズリはナイフを後ろへ大きく振りかぶる。アルフの言葉を思い出す。目線は相手の狙う場所だ。ラズリを見ると目が合った。……目線は顔に向いている! ナイフが飛んでくる―――反射的にサファイアは身構え目を護る。


「甘ちゃんは寝てなさい」

「……!!」


 声は下から聞こえた。下を向いた目線のすぐ先にラズリの外套。刺すような痛みが腹に響き、次第に熱く感じて―――



......



 目が覚めた。12回の出場のなかで、気が付けば何度か見たことのある天井……自分の部屋。

 覚めきらない頭のなかで、腹を撫でると感じる鈍い痛みと痺れ。サファイアは次第に状況を理解していく。横を見ると日は沈み、ルークは隣の椅子でベッドに突っ伏して寝ていた。家まで運んで寝かせた後、ずっと横にいてくれたのだろう。身じろぐと鎧も服も脱がされ下着姿になっていることが分かったが、頭が冴えないせいか、特に恥ずかしさは浮かばなかった。


 サファイアは負けた。ラズリのナイフに込められた雷の魔法がサファイアの腹の中で放たれ、その場で一瞬で気絶した。救護班がすぐに処置をしてくれたため傷はいえたが、痺れが若干残っている。サファイアの秋は、トーナメント進出で幕を閉じた。


「……」


 じんわり、自然と涙がにじみ、鼻の奥が熱くなってくる。


「……っぅ、……っく……」


 サファイアは、声を圧し殺して泣いた。寝返りをうって、ルークに背を向けた。その日の夜は、とても短かく、暑かった。

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